師匠達の予行演習3
「最近の学生は随分とレベルが高いんだな……」
相手がいくらゴブリンだとはいえ、熟練度の高い技で、いとも簡単に敵を殲滅して見せた二人の男子生徒に修は喉を唸らせる。
あの大柄な男子生徒は魔力によって身体能力が向上されている体をしっかりと使いこなせていた。
プロなら当たり前とは言えども、学生に完璧を求めるのは酷だ。
なぜなら、身体能力を上げれば上げるほど元の体の動きとのギャップが生まれるからだ。
そのギャップのせいで、元の体の動かし方も身体能力が向上した後の体の動かし方も忘れてしまう障害なんてのもある位には習得に手間のかかる技術だ。
そして、風の魔術を作った男子生徒に至ってはプロとほぼ遜色ない程の精度であの魔術を使っていた。
ゴブリンが相手だからか、低い等級の魔術のみの使用だったが、恐らくあの腕前ならもっと上の魔術も使えることだろう。
この二人に例の天才四人のうちの一人、天野雫がいるのだから、雪の班に過剰な心配は不要だと修は確信できた。
となると、問題は師匠側だけだった。
「…………」
演習が始まってからというものの、二人の間で交わされた会話はゼロだ。それどころか目すら合っていないし、向き合ってすらいない。
響子は響子で修の目に見える範囲に潜んではいるが、離れた位置をキープし続け、修もわざわざあからさまに距離を取っている響子に近付こうとは思わない。
一向に見えない改善の兆しに、ごめんなさい佐伯さん、と既に修は何度も心の中で謝っていた。
仮に兵吾がこの二人を見ていたなら、響子も修を意識しているからこんな反応なんだろう、とすぐさま気が付いていただろうが、当事者である修は当然気が付かない。
そして、同じく当事者である響子も自分の本心に気が付いていないふりをしている為その距離は縮まらないままだった。
とりあえず響子のことは置いておいて、修は四班の目標について思い返す。
「一角竜でこのエリアか……。誰か一人でも気が付いているといいけど」
今回、四班に指定された目標とその場所の組み合わせ、そして情報の与え方は随分と意地が悪いとしか修は思えなかった。
まず、目標である一角竜の知名度は低い。
それもそのはずで、狩るのに割と手間がかかる割には得られる報酬が低く、プロの傭兵達や魔術師達からの人気が低いからだ。
よって、見習いでこの外獣について詳しく知っている者は僅かだろう。
手間がかかると理由は二つで、そのうち一つは生息地が微妙に遠いことだ。そして、もう一つ理由である、一角竜の縄張り意識と集団意識の高さは今回の肝だ。
一角竜は非常に縄張り意識が強い。そして、その範囲は多いと数十頭にもなる群れの縄張りであるため、他の外界生物と比較しても随分広い。
そして、その縄張り内で一角竜を刺激しようものなら、群れの全てが襲ってくることとなる。そのため、一角竜が複数頭いる場合、一角竜を刺激することは基本的には御法度だ。
では、どのように狩るのかというと、一角竜のもう一つの習性を利用する。
その習性とは、一角竜は群れを作るが、平気で個体ごとに、距離も時間も関係なしで好き勝手移動する、というものだ。しかも、日を跨いでも帰らないことも多々ある。
つまり、そのようなはぐれの一角竜を狩るのが普通のやり方だ。
とは言え、万が一でも逃してしまえば、群れで復讐に来たりするので要注意ではある。
以上のような点を踏まえていれば、今回の演習に危険はほぼない。しかし、四班で一角竜の細かい生態を調べている者はいないだろうと修は踏んでいた。
理由は二つある。
一つ目は今回の演習の目的地のエリアが非常に狭い範囲で指定されている事だ。そのエリア内で普通に適当に歩いていれば一角竜の群れに出会える程には絞り込んだ範囲だ。
もう一つは、今日の朝、場所や目標などの演習の詳細が見習い達に伝えられたことだ。
もちろん、演習が始まってからでも外街で様々な入手することは簡単だ。外界の情報の売買が商売として成り立っている、と言うことは魔術師の中では常識であり、見習いであっても知らない者の方が少ないだろう。
とは言え、ここまで御膳立てされた情報を渡されても尚、情報を実費で買おうなんて者はいないだろう。いたとしても、それはプロとしての外界探索に相当慣れている者だ。そんな者は魔術師見習いとは言えない。
「当然、あそこの一帯で一角竜の大きな群れが見つかった事も知らないだろうなぁ……」
今回の一連の外界実習で大変なのはどちらかと言うと師匠側であることをもうこの時点で修は実感してしまった。
それに加えて修は人間関係修復というさらに高難易度のミッションも抱えている。
修は何やら少しキリキリとしたものを胃に感じながら、今日何度めかわからないため息をついた。
そうして、そんな修のストレスを横目に、見習い達は何の障害もなく目的地に辿り着いた。
本来であればもう少し戦闘があっても良いところなのだが、運がいいのか悪いのか、魔獣も外獣もその影すら見えなかった。
「まぁ、そうなるよな」
修は一度立ち止まって話し合っていた四班が進んだ方角を見てそう言葉をこぼす。
学生と全く同じGPSを修も持っているが、四班が止まった位置がルートの最終地点だ。そしてその正面にはその存在を主張するかのように聳え立つ廃墟と化したショッピングモールがあった。
この辺りは開けていてあまり建物がないエリアだ、仮に一角竜の正体を知らないとしても、探索するのであれば間違いなく大きな建物である例のショッピングモールも候補に入るだろう。
しかもルートの最終地点から一番近い目立つ建物となるとショッピングモールの一択だ。
大学側の見習い達に失敗をさせて実体験から学んでもらうと言う意図が明け透けだった。
「にしてもちょっとリスキーすぎる気がするけどな」
最新の情報では三十匹程の群れと報告されていたが、見習いにとっては十分危険な数だ。
「まぁ、そのための俺たちか」
そのカバーを見つからずにやれと言うのも随分無茶苦茶な話ではある。見習い達に見つかった時の言い訳を、果たして大学がどうするのか、修は気になるところではあったが、プロの魔術師達がまさか見習いに見つかることなんて無い、という前提と言われれば何も言えない。
実際、天才であると言われているあの四人ですら、今の段階でプロに紛れれば、平凡な魔術師になるだろう。
「風音さん。四班はショッピングモールに向かうみたいですから、俺たちは後方から警護しましょう」
いくら大型のショッピングモールとは言え、屋内の広さには限りがある。万が一のことを考えても今まで通り、修と響子が離れ離れで警護するわけにはいかない。
そのために修は仕方なく、随分と開いた距離感で響子に連絡を取る。
「……了解」
腐ってもプロ。
実際に仕事に支障が出ては問題がある。当然そこは響子も重々理解していた。少し間があったものの、修の通信に返答をし、自身の位置取りを修正し始めた。
「まぁ、とりあえず仕事にはなりそうだな」
これで無視されようものならどうしよう、と内心ヒヤヒヤしていた修であったが、とりあえず胸を撫で下ろした。
予想通り、四班はショッピングモールへと足を進めた。
内部はジメジメしていて、かつ地下の方の一部分は水没している様子だ。
なるほど、これであればと、大きな群れが見つかった理由にも修は頷けた。暗がりで、広くて、水辺がある。いかにも一角竜の好みそうな環境だ。
陽の光が入り難いからか内部はうす暗く、そして様々なものが廃棄されていた。そのため、姿を隠したい修達にとって都合は良かったが、それ以上にこの環境は警護する側としてはやりづらい場所であった。
修達が隠れやすいおいうことは同じようにどこに何が潜んでいるのか事前に探りづらい。そのため、暢気に談笑しながら進む学生達と打って変わって修と響子は常に気を張っていた。
昔は肩を並べて戦ったこともあるからか、自然と響子は目視での警戒や自身の安全を修に任せて、魔術によって周囲を探知していた。
その可憐な容姿と反して、裏でイノシシ系魔術師と呼ばれている位には猪突猛進型の戦闘スタイルの響子が探知に秀でていると意外と思う者が多いが、その実は逆だ。
常に辺りを魔術で探知しているからこそ猪突猛進な彼女の戦闘スタイルが成立しているのだ。
修もどちらかと言うと得意な魔術ではあるが、それでも響子には劣る。
そんな響子でも、今回は自身の身の回りではなく、四班の周辺まで探知している関係か、随分と意識を探知魔術へと傾けていた。
現に、修と彼女の弟子達が戦闘になってもチラッと目をやったくらいで、一瞬で意識を探知へと戻していた。
今の所、目視での警戒以外にあまり仕事がない修はお手並み拝見、とばかりに響子の弟子である天野雫に目をやる。
実力の高さからか彼女は随分と余裕を持って、のんびりとケロベロスへの距離を詰めている。
「漣ねぇ。また随分とえげつない魔術を。にしても、響子と戦い方が違いすぎないか?」
彼女の足元から現れた白波を見つつ、修は首を傾げる。
そのゆっくりとした足取りやその魔術の選択を見ると、戦場を駆け回る響子とは随分と違ったタイプに見えた。
響子がアタッカーだとすると、彼女はディフェンダーのような戦い方だ。
「しゅ……日比谷さん。ここは不味いかも」
「へ?どう言うこと?」
今まで会話の一つもかなかった響子から急に話しかけられ、修は驚きながらも続きを促す。
「下にかなりの規模の群れがいる」
「一応聞くけど、何匹くらい居る?」
「五十匹は超えてると思う」
何が三十匹程度の群れだよ、と修は今回の情報を提供していた者からは二度と情報を買わないことを誓った。
「群れは動いてるか?」
「まだ動いてない。でもあの子達が戦ってる近くにも結構いるから気付かれたら挟まれるかも」
「佐伯さんに判断を仰ぐ」
修は耳の通信機を二度タップすると佐伯さんにコールを掛けた。
「はい。日比谷さんですね。何かありましたか?」
「四班が大規模な一角竜の群れの縄張り内で戦っています。四班に退避するように伝えたいのですが」
「ふむ。まだ、接敵したわけでも怪我人がいるわけでもないのですね?」
「いや、まぁそうですが……」
修の視線の先では雫と雪以外のもう一人の女生徒が華麗な蹴りでケロベロスを倒したところだ。そして、その手前にはバカみたいな魔力を体に循環させている雪がいた。
「ねぇ、修の弟子がなんか凄いことしようとしてるって……」
探知を打ち切って、慌てた様子で響子が修に手振り身振りも合わせてそのヤバさを修に伝えるが、そんなことは修もとっくに承知済みだ。
そして、内心焦る修の耳に入った佐伯の答えは無情だった。
「結論から申し上げると、現段階での助言や手助けは行わないで下さい。事前に説明した通り、大きな怪我や死亡に直接つながる危険がある場合にのみ許可します」
「いや、既にその域だとおも……」
「私の弟子であったなら何も問題なくこなせると思いますので引き続きよろしくお願いいたします。あぁそれと、言うまでもないかとは思いますが、見つかってはいけませんからね。通信終了」
「佐伯さん?佐伯さん!?」
佐伯に必死で呼びかける、その修の言葉を聞いた響子は修が交渉に失敗したことを悟った。
響子は肩落とし、手をだらりと下げ、力を無くしたように立ち尽くすと、死んだような笑顔を浮かべ呟いた。
「この年になって佐伯さんのシゴキを受けると思わなかった……」
そして、先程四班が戦っていた方で、おそらく爆発系魔術師である弟子が起こしたであろう爆音を聴きながら、同じように修もガックリと肩を落とした。




