弟子達の予行演習2
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かつては多くの人々が訪れ、賑わいを見せていたであろうこの施設は、今や無惨に朽ちていた。
壁はところどころ腐り、蔦が蔓延っている。壁に留まらず、床などはヒビが入り、崩れている場所さえあった。
「この感じだと一角竜はこの建物にいそうだな」
「そうだね。それにしても何がどうしたらこんなに水浸しになるんだか」
ところどころ苔の生えた施設を警戒しながら五人は進む。
「ここは随分と薄暗いね」
「照明が壊れてるのか。この通路付近はいいけど、奥に行くときは明かりが必要なるね」
「だったら私がやるね。その位の魔術しか使えないし」
「魔力の節約と考えると、そうだね。葛西さん、お願いするよ」
ここは幸いアーケードの様になっていて、割れた天井のガラスから、上にある二階の通路と一階の通路中央部分には光が差し込んでいる。しかし、少しでも奥に入ると光が届かず、先の見えない暗闇が広がっている。
「ここってどう見てもショッピングモールですよね」
茜の言葉に雪も辺りを軽く見廻す。
「そうだね。マネキンとかあるし、南とか北とかの文字もあるし」
「何かこの外界の正体に繋がるものでも落ちてるんじゃねぇか?見つけたら大金になるだろ」
「大樹、この辺りのエリアはあらかた研究チームとか探索者達が探索済みだよ。特にこういう大きい施設は荒らされる傾向にあるね」
「んだよなぁ。そううまくはいかないか」
探索者と言うと、魔術師をイメージする者が多いが、実際に探索者の多くを占めているのは傭兵と言われる魔術師では無い者達だ。
ただし、外界における傭兵は戦争屋では無く、傭兵管理局でライセンスを取得した探索者のことを言う。
つまり、魔術を使えていてもプロの魔術師としての資格がなく、傭兵管理局で登録して外界で活動する者は傭兵と呼ばれる訳である。
「森本さんはそう言った仕事がしたいんですか?」
「どうだろうな。国立魔術大学まで行って探索者か、とは思われるかもしれんが、企業勤めや国勤めが合うとは思えないしな」
「探索者かぁ」
「一夜にして一攫千金と名声を手に入れられる仕事ですから、夢はありますよね」
「それはごく僅かな人だけだよ。現実はもっと厳しい」
「ん。全部自前だから、成果が出ないと赤字になる」
雫と上條に現実を教えられた三人は情けない顔を浮かべる。
とそこで、前を歩いていた上條と雫の足が止まった。
上條は後ろの三人が前に出ない様に、横に手を伸ばして、止まれの合図を出している。
「どうやら雑談タイムは終わりみたいだよ」
五人の前にはケロベロスの群れがいた。
その数は十匹程で、この班にとっては大した障害にはなり得ない。
「こう、口さえ開かなければ少し大きい普通の犬みたいに見えるんですけどね……」
各々が武器を召喚している中、茜がボソリといった。
「それじゃあ、予定通り女性陣にも戦って貰おうかな」
「ん。任せて」
「が、頑張ります」
上條のその言葉に、茜は少し緊張した面持ちだ。雫は全く気負った様子を見せず、余裕そうにのんびりと応えた。
一方で雪は硬い表情で小さく頷くと、召喚した愛用のロングソードを強く握りしめていた。
雪がただ一つ真っ先に思ったのが「うまくやらなきゃない」と言うことだけだった。この想いがどこから来るものなのかは雪自身も分かっていない。
ここで雪が見落としていることは、ある程度正確な実力をメンバーに見せないと、余計な危険を招く可能性があると言うことだ。
この演習が実施されている目的は、現地で実際にある程度メンバーの実力や戦い方を共有し、本番でのリスクを低下させることにある。
決して、自分をよく見せると言う目的ではないのだ。
「じゃあ私から行く」
そんな雪を横目で見ていた雫は、そう一言言うと無防備にもケロベロスたちに向かって歩き出した。
足音も気配も消しておらず堂々と歩く様に、感知能力が弱いケロベロスでさえもその姿を認め、臨戦体制をとる。
しかし、そうなっても尚、雫はその余裕を崩さなかった。
「お、おい……」
「大丈夫だ、大樹。天野さんは本当に俺たちとは桁が違うからよく見とくといいよ」
そのあまりの無防備さに、思わず大樹が声をかけようとするも、上條がそれを制したことで大樹は言葉を飲み込んだ。
「『漣』」
囁きのような小さな声で、雫が詠唱する。
突き出した手の平の魔法陣から、その名の通り、足のくるぶしくらいの高さの穏やかな淡い白波のようなものが雫の周りから広がり、ケロベロスへと徐々に向かう。
「うわ。えげついよあれは」
そんな一見穏やかな波のような魔術を見て、上條が声を上げると、横にいた大樹が首を傾げた。
「どこがだよ」
「見てればわかるよ。あれを作った魔術師は相当いい性格をしている」
大樹が思った感想と同じように、穏やかな魔術を気にもせずケロベロスの数匹がその魔術へと足を踏み入れた。
その瞬間、足を踏み入れた突如ケロベロスが体制を崩し波の下へと消えていった。そして、先頭のケロベロスに続き、止まりきれなかった数匹のケロベロスも同じように波に飲まれていった。
「お、おい。あれ何があったんだよ……」
「あれ普通の水のように見えるでしょ。それは表面上だけであの中は超高圧の水が刃物のように飛び交ってるんだ。表面の小波はそれ同士がぶつかった反動で出来てるだけなんだよ。えげつないよね」
「……いい性格って言った意味がよく分かった」
大樹からすればそれを初手で選んだ雫の方がえげつないと思ったが、なんとか口にせずに済んだ。
白波が消えると同時に、たたらを踏んだ後続のケロベロスの一匹が突如吹き飛ばされ、魔石となり消えた。
先程までケロベロスがいた場所にはいつの間にやら何やらサイケデリックな色をしたグローブを着けている茜が立っていた。
茜はそのまま直ぐに隣にいたケロベロスへと体を翻すと、非常に洗練された動きでケロベロスの顔へと刈り蹴りを見舞う。
その流れるような一連の動きにケロベロスはなす術もなく魔石になる。
「そう言えば、平さんの武器見てないなと思ったら……。武闘派だったんだね」
「というかうちの女性陣おっかないな……」
茜の意外な戦闘スタイルに上條は呆気に取られる。
それは大樹も同じだ。
「次は雪がいくよ」
いつの間にやら後ろまで下がってきていた雫の一言で上條と大樹は視線を茜から雪へと移す。
雪はちょうどロングソードを片手に持って残り三匹のケロベロスへと対峙している所だった。
当然その動きにケロベロス達は身構えており、上手くやらないと、一斉に攻撃を受けるだけの状態になることは明白だった。
「普通に突っ込んでるけど、大丈夫なのかあれ?」
「多分。あまり雪は戦いたがらないから、最近の雪の戦い方は知らない」
暗にカバーに入らなくて大丈夫なのか、と言う大樹の言葉に雫はそう返すも、サポートに入るような動きは見せず、その場に突っ立ってる。
「いや、本当に大丈夫なの?」
「下手に近づくと逆効果になるかもしれないからこれでいい。それに、ここからでも私は動ける」
雫の言葉に首を傾げる二人だが、一番付き合いが長い雫が言うのだから、と静観することにした。
雪が動く。
先ほどの雫や茜のこともあり、警戒心が高まったケロベロスは数的優位にあっても動かなかったからだ。
雪は肉体に魔力を通わせ、常人では出せないスピードでケロベロスに肉薄する。
そうして、ほぼ横並びになっているケロベロスに対して、雪は一切の小細工なしに真正面から突っ込み、そのスピードに乗ったまま、剣を振り下ろした。
「おい、それじゃ届かな・・・!」
大樹の警告通り、雪の剣はケロベロスには剣一本分、届いていない。ケロベロスもそれを見越してか、既に雪へも飛び掛かっている。
危険を察知して、茜と上條は雪の元へと駆け出していたが、カバーが間に合う距離にはいなかった。
雪の剣は飛び込んできているケロベロスにはやはり当たらず、その刃は無情にも空を切る。
この攻撃を外してしまっては雪にケロベロスの攻撃を対処する術はなく、このままケロベロスに体を食いちぎられる結末しかない。
しかし、その結末は訪れなかった。
剣が地面を叩いた瞬間、剣先から凄まじい爆発が起こる。
既に刃を通り越していたケロベロスすらも巻き込んで、ケロベロス達を一掃した。
「ほら。近付かない方がいいって言った」
「いや、そう言う問題じゃ……」
大樹は絶句している。
なんて魔力の無駄遣いで、何という危険な戦い方なのか、とツッコミどころをあげれば枚挙にいとまがない。
爆発系魔術師である雪の戦い方を見るのは初めてではないが、雫はその進化に少し驚いていた。
以前に比べて、随分爆発の範囲が狭まっていたのだ。つまり、使う魔力をある程度制御できる様になっていた、ということだ。
それに、魔石を回収してこちらに軽やかに戻ってきている雪を見れば、その変化は明白だ。以前はかなり怠そうにしていたのだから。
「えぇっと。やっぱ変だよねこの戦い方……」
雪は戻ってくるなり、呆気に取られている大樹と上條の顔を見て、苦笑いを浮かべた。
「変というか、別次元……といった方がいいかもしれません」
同じく帰ってきていた茜もフォローになっているかなっていないのか分からない様なことを言う。
「ま、まぁ、全員の戦い方もわかったことだし、今回の演習の目的はほぼ達成したね」
「お、そうだな。とりあえずしっかり一角竜を倒して……」
そこまで大樹が言ったところで、大樹の顔が真っ青になり後ずさる。そして、正面、つまり雪の後側、先程雪達が戦っていた場所を指差した。
「ヒッ……」
雪はその指の方向を見て、思わず声をあげそうになったが、その口を雫が抑える。
その視線の先にはのっそりと五人の元へと歩いて来ている一角竜たちの姿があった。そう、一角竜が見えているだけでも二十匹はいたのだ。
「これ下とかに相当いますよ……。あと多分この辺りは一角竜の縄張りです」
外獣に深い興味がある茜でも流石にこの状況で、外獣の生態を調べてやろうなんて好奇心はかけらも湧かない。
「みんな、絶対走ったり大きな声出したりするんじゃないよ。ゆっくり少しずつ下がるんだ」
「私が殲滅しようか」
「いや、後のことを考えるとリスクが高い。ここは下がろう」
小さな声で上條が言う。
雫もいて、他のメンバーもそれなりの実力はある。恐らくこの数であれば、無傷とは言わずとも殲滅することは可能だろう。しかし、これだけで終わらなかった場合は間違いなく地獄を見る。
五人はなるべく一角竜達を刺激しないようにゆっくりとあたりを警戒しながら、その距離を離す。
果たして縄張りを抜けたのかどうか、一角竜達は舌を鳴らすような独特の唸り声をあげながら、五人へと徐々に詰め寄ってくるが、幸いにもそのスピードをあげることはない。
そして、十分に距離を取ったところで、上條も安堵の息をついた。
「ふぅ……。この距離なら逃げ切れるね。っとごめん」
と、後方の一角竜達を警戒し、後ろを向いていたせいか、誰かの背中に上條はぶつかった。
そのぶつかった相手、自分よりも随分と体の大きい大樹に上條は一言謝るも、その大樹から反応がない。
「どうしたの大樹?まだ安全とはいえないから少しでも移動しないと……」
微動だにしない大樹にそう言って、上條は彼の顔を覗き込む。
その大樹の表情は随分引き攣っていた。そして、その大樹はゆっくりと、捻り出すよう、その一言を言った。
「……あのさ、俺達、囲まれてないか?」
引き攣った表情で言う視線の先に映るのは、続々と地下からの通路を這い進んでくる一角竜たちの姿だった。
正面が切られれば、逃げ道は一つの方角しかなく、そこもモタモタしていれば、直に塞がれるだろうことが予想できた。
そうなる前に取れる行動は一つだった。
「みんな……走れぇぇぇぇ!」
上條の声を合図に班員四人と今までジリジリ詰め寄っていた一角竜達はその巨体に合わないスピードで駆け出した。




