師匠達の予行演習1
「佐伯さん!私やっぱり無理です!絶対!」
外界のゲートから少し離れた待合せ場所で修は久々にそのやや高い声を聞いた。そして、これからどうしようかと頭を抱えたくなった。
隣で叫んでるのは、風音響子と言う顔馴染みだった。
さらに正確に言うと、修の妹弟子であり、日本では兵吾に並ぶくらいの期待の若手であり、修がちょっと関係を拗らせてしまった相手なのである。
事の始まりは約二週間前に遡る。
「えっと、実習の間、学生達にバレないように護衛する、ってことですよね?」
修がいるのは昔よく通っていたBARの個室だ。
だいたいこのBARに来る時の相手は決まっていて、その相手は、修の目の前でウィスキーのグラスを傾けていた。
修の目の前にいる人物はもう七、八年前から世話になりっぱなしで、頭の上がらない魔術師である佐伯稔だった。
「その通りです。予定は空いていますか?」
「意地でもあけますよ。佐伯さんからの依頼という事もありますが、なにより自分の弟子が参加するのでちょうど良い機会ですし」
自身の弟子が参加する行事でもあるし、佐伯の頼みである時点で修に断る選択肢はほぼなかった。
「良かった。日比谷君がついてくれれば私も一安心ですから」
今晩久々に会って話をしませんか、と佐伯から電話がかかってきた時は何かと修は思ったが、なるほどこれであれば納得だった。
修としても、彼の魔術の師匠とも呼べる佐伯が雪の教員として就いているのだから頼もしいばかりだ。
「それにしても急ですね。だいたいこの時期から募集をかけるのですか?」
勿論嫌味などではなく、純粋な疑問だ。
魔術師は外界探索などで長期間家を空ける事も多い。そのため、一ヶ月先でも予定が埋まっていることがよくある。
「えぇ、募集をかける相手は生徒達の師匠ですから。弟子のことが気になる方が多く、何よりこの時期に遠征なんてするものも居ないですからな」
「それは確かにそうですね。ところで、護衛と言っても具体的にどのようにするんですか?受ける依頼の内容とか、手助けしていい範囲とかも気になりますし」
あぁ、そうでした、というと佐伯は手慣れた様子でタブレット端末を操作すると、修の携帯端末にメッセージが届いた。
どうぞ、開いてください、という佐伯の言葉に従ぬわて修がメッセージを開くと、そこには実習に関する詳細な情報や報酬について書かれたデータが添付されていた。
「なるほど。実際の依頼を受けさせるなんて無茶をさせると思ったら、魔術省の認可済みなんですね、この行事」
その文章データには魔術省のマークが載っていた。つまり、魔術省による認可が下りている証拠だ。
「この行事だけでなく、魔術師としての力を利用する行事は全て認可済みですよ。そういう決まりですからな」
そりゃそうか、と修は納得する。
魔術省としても勝手に好き勝手されて、魔術師見習い達に何かあったとなると、その対応に困るのは間違いない。
「そして、今回の件で言えば、認可が出る条件の一つが魔術師による護衛です。今回は有名な彼らもいますから、下手な魔術師を付けると彼らにバレかねませんから。それに家の方怖いですからね」
つまり、雪の師匠である、というだけでなく、修の実力も買って護衛役に指名したと言うことである。
「佐伯さんに選んでもらえるなんて努力した甲斐がありました。本当に……」
本当に、あの時の地獄のような日々を考えると結果が出て良かったとしか、修は思えなかった。
そのままデータを読み進めると、気にかかる点があった。
「佐伯さん。これ、死亡や重い後遺症に繋がるような怪我や問題が発生または発生する可能性がある場合のみ、護衛担当は救援に入ることを許可する、って大丈夫なんですかこれ」
「全く問題ありません。多少の怪我、それこそ生活などに支障が残る後遺症とならない骨折や裂傷などであれば無視して構いません。その程度の怪我であれば良い経験になります。日比谷君も気が付いているとは思いますが、若い魔術師を死なせないため、というよりは使える魔術師を育てろ、が国としての本音です。資源戦争も含めて有能な魔術師の有無で国の力は大きく変わりますからな」
スパルタな内容の返答だが、佐伯は柔らかい表情を維持したまま、さらりと答えていた。
実際に優秀な魔術師を育てることは国にとって死活問題で、優秀な魔術師は現在においても一騎当千に値する兵器でもある。
特に国境も領土もない外界における重要性は高く、各国が裏で資源戦争をしているのはもはや周知の事実だ。
「多少の怪我ならすぐ治るとは言え、随分無茶苦茶やりますね……」
「他の大学はもう少し違うアプローチのようですが、ここは国立ですからな。育て方も良く言えば質実剛健ですが、目新しさや革新的な変化は少ないです。その代わり無茶は割と効きますが」
魔術大学は国立二校と私立四校だが、最高学府は雪達が通っている大学のみである。しかし、輩出している魔術師たちの実績という所で言えば方向性は違えど、大きな差は無かったりする。
とは言え、私立四校と国立の二校では入学の倍率や平均的な学力と実力に差があることは間違いない。
「護衛体制はどうなっているのでしょうか?可能であれば自分の弟子の班に付きたいとは思うのですが」
「私もその様に手配するつもりで日比谷君に連絡をしたのでご安心下さい。護衛は一班につき二人付く予定なのですが……」
と、そこで言い淀んだ佐伯に修は嫌な予感を覚えた。
「佐伯さん、もう一人に何か問題が?」
一緒に働きたくない魔術師はいるか、と聞かれれば修にも何人か心当たりのある者がいる。
「私もその組み合わせは、と思ったのですが、まぁ良い機会ですので」
その佐伯の言葉が意味することとは、何かしら修に因縁がある相手ということだ。
「いい機会ってどういう事ですか……」
「そのままの意味ですよ。あと、もう一人の師匠の実力は十分どころか過剰と言っても問題ないほどですので、そこに関しては安心していただきたい」
修は妙に含遠回しな佐伯の言い方にツッコんで良いのかどうか迷ったが、佐伯は追及して欲しくないことは匂わせすらさせないので良いと判断して口を開く。
「ちなみにその師匠の安心出来ないところは何なんですか」
「そうですね……。護衛に向かない、と言うところでしょうか。そもそも性格的にも隠密と言うところからかけ離れた人物ですからな。実力的には姿を隠すことくらい朝飯前と言ったところでしょうが」
「随分と楽しそうに言いますね……。ところで誰なんですかその魔術師は」
修は何となく心当たりのある魔術師の顔が既に浮かんでいるが、もはや半分楽しんでいる佐伯にしびれを切らして単刀直入に尋ねた。
「日比谷君の相方は風音響子さん。あなたの妹弟子ですよ」
修は悪い予感が当たってしまったことに、天を仰いだ。
「さて、ここまで聞いて頂いた所で改めてお伺いします。日比谷修さん、今回の仕事引き受けて貰えますか」
佐伯は真剣な表情でそう言った。
「勿論です。佐伯さんが言う通り、俺も前に進まないと行けませんので」
そうして気がつけば四月の末だ。
生徒達が実習の予行演習を行うのと同じように、同日に師匠達も護衛の予行演習を行う。
学生たちが集まるより前に、この待ち合わせ場所には八人の魔術師達が集まるはずなのだが、流石に集合三十分前に居たのは修と佐伯、そして響子だけだった。
待ち合わせ場所は国が設置した外界へのゲートを通った先だ。外界とはいってもゲートを中心としたその周り、500m四方は高い壁で覆われており、本当の意味で外界と言える場所はその高い壁に二箇所ある厳重な出入り口の先からだ。
ここまで厳重な理由は、ゲートを開くのに膨大な魔力を必要とするため、二十四時間開きっぱしであるためだ。警備やこう言った壁がなければ、外界のヤバい魔獣なども通り放題になってしまう。
結局今では、ゲートを使う魔術師や傭兵や政府管轄の研究者達のために、簡単な商業施設から、宿泊施設など様々な建物ができていって、気が付けば駅前の街並みの様になっていたのである。
そんな発展したゲート前でも、人通りが少ない場所もある。そこに三人はいたのだが、見知った人しかいないこともあって、響子は外面を気にすることなく盛大に本性を曝け出していた。
宥めたいのも山々だが、拗らせてしまったのも修が全面的に悪いし、そもそも関係も悪いままだ。修に言えることは何一つとしてなかった。
そのため、宥めるのは佐伯の役目となる。
修からすれば佐伯を怒らせると怖いのをわかっていてなぜそこまで、と思わなくもないが、それを響子が理解できているのならそもそも駄々を捏ねてすらいないだろう。
「風音さんにとっても丁度いいでしょう。いい加減二人とも前に進むべきです」
「でも……」
流石にしつこかったのか、ニコニコしていた佐伯の目が少し細まり、その僅かな変化に響子はビクッと反応し、固まった。
「風音さん。私は事前に日比谷君が来ると説明しましたし、それに承諾したのもあなたです。別に良いですよ?契約を解除しても」
「あの……。いや……」
「どうしますか?」
傍目で見てる修も昔のことを思い出してゾッとする位だ。さっきまで暴れていた響子はその小さい体をもう一回り小さくしてしまった。
「……頑張ります。すみません、先生……」
簡単に折れた。しかも佐伯の呼び方も昔まで戻っていた。
響子も今年で二十三才。しかも、飛び級で大学も卒業してとっくにプロとして活躍している天才が公の場では絶対見せない姿だ。
公な場やメディアの前ではクールなキャラを気取っているが、修や佐伯を始めとした彼女と昔から付き合いのあるものはそれが作り物だと当然知っている。
「日比谷君もしっかり頼みますよ」
ニコリと佐伯が笑う。
「は、はい……」
飛び火が来た。
元々と言えば修が悪いのだから、何も言えない。
もしかしなくても、佐伯の本当の目的は二人の仲直りなのではないかと修は薄っすら思ったが、未だにこちらをこっそり睨んでいる響子を見て、その佐伯の親切心にはまだ応えられないと思った。
「風音さん……?」
「ごめんなさい!」
ほんと学ばないなと、修は呆れると同時に、少し懐かしい気持ちになった。
暫くの間、ニコニコしつつ何も話さない佐伯と、少し離れた所で腕を組みあからさまに不機嫌な雰囲気を出している響子と共に修は胃が痛くなりながら他の魔術師達を待っていた。
「佐伯さんお久しぶりです。そして、修、やっぱりいると思ったよ。師匠になった気持ちは……」
そして、三人以外で最初に来たのは修もよく見知った顔だった。その魔術師である兵吾は修と佐伯の姿を見つけ、笑顔で雰囲気でこちらに向かって来ていたが、視界に響子の姿が映るやいなや、その表情が固まった。
「あぁ、長崎さん、直接会うのはお久しぶりですね。こちらまでどうぞ」
「俺も巻き込まれんのかよ……」
兵吾は情けない顔でそんなことを言った。




