魔術大学5
「流石は日本一の大学って感じだな」
第一アリーナのグラウンドスペースの端っこでそんなことを呟いたのは大樹だった。
自身の周りを囲む数千の座席を眺めれば、その感想を持つのも不思議ではないだろう。
「この規模のアリーナが三つ。三万人収容できるスタジアムが一つ。国の最高学府だけあって流石だね」
上條も同様に感心した様子でアリーナを見回している。
現在、雪達は第一アリーナに来ていた。
観客席に囲まれた中央部分には、サッカーコートの半分ほどのサイズがある土の闘技場が設置されている。
一見するとシンプルな競技場のように見えるが、魔術師達の闘技場として設計されているため、座席周りに設置されている不可視の結界を始めとした最新鋭の魔術と化学の技術を惜しみなく導入したハイテク施設だ。
「私達はここで何をすればいいんでしょうか?」
茜は周囲の班の様子を窺いながらそんな疑問を述べる。
アリーナに集合後、佐伯が学生達に出した指示は「自由時間」の一言だった。
実際、その言葉の通り、佐伯はそれ以上の指示は出さず、各々の散った班の様子を見て回っている。
「そうだな……。自己紹介も済んだから、戦い方や得意魔術について話し合う時間じゃないかな」
「戦い方ってことは、前衛とか後衛とかの役割決めをするって感じですか?」
「それも含めてだね。多分、元々そう言う所は考慮して班が組まれているとは思うんだけど」
雪の言葉に上條は頷きながらそう返す。
「それで言うと、俺は前衛しか出来ないんだが、他に誰かやる人はいるか?俺は放出系の魔術が苦手だから、後ろだとあまり役に立てないんだが……」
大樹の反応を窺いながらの質問に、雪がおずおずと手を挙げる。
魔術をまともに使えない雪には大樹以上に前衛以外の適性がないのだ。
「すみません。私も前衛希望です」
「了解した。それじゃあ、平さんと天野さんはどう?」
雪の言葉に頷いた上條が雫と茜に尋ねる。
「私は後衛でお願いします。攻撃よりサポート系の魔術ばかり使っていますので」
「となると、残りは真ん中か。天野さんはそれで大丈夫?僕は問題ないけど」
「ん。その方が私にとっても都合がいい」
「それじゃあ決まりだね」
前衛に大樹と雪。中衛は上條と雫、そして後衛に茜という構成だ。
上條の言葉通り、ある程度そう言った面も考慮されていたのか、四班の役割決めはあっさり終わった。
「役割が決まれば、後は戦い方の共有だね。僕だと……」
上條は掌を上に向けると、その掌に魔法陣を構築する。
「『旋風つむじかぜ』」
上條の詠唱と共に魔術が行使されると、小さな竜巻がその掌の上に渦巻いていた。
可愛らしい手のひらサイズの竜巻であり、その見た目通り一等級の魔術であるが、それをいとも簡単に安定させて維持し続けているあたり、上條に人並み以上の実力があるのは確かだ。
魔術の維持というのは、行使する倍以上の難易度があるといわれているのだから、雪には到底できないことだ。
「こんな感じで、僕は風系統の魔術であれば、三等級までなら大体使える。あとは二等級位までなら、ほかの系統でも基礎的なものは使える」
魔術にいわゆる属性なんてものは存在しないが、一般的には魔術ごとに「系統」という分類分けをする。例えば風が関係する魔術であれば「風系統」というように分類する。
わざわざ魔術を系統ごとに分ける理由はその方が魔術師にとって便利だからだ。
例を挙げれば、マッチ位の火を起こす魔術と特大の火球を打ち出す魔術では、難易度もその威力も随分と違うが、基本的な魔法陣の構成や魔術が持つ癖、そして性質が似ている。
そのため、低級魔術を学ぶだけで、自分の得意な魔術の系統を探ることができるし、それぞれの基礎を身に着けることができるのだ。
「優馬の後はやりづらいが、俺はさっき言ったとおり放出系の魔術が苦手だ。一応、一等級はほぼ使えるが、二、三等級はものによる。ただ、身体能力の強化とか武器への魔力付与に関しては自信がある。……優馬」
「あぁ、あれね」
大樹の呼びかけで上條がおもむろに大樹から距離をとる。おおよそ、キャッチボールをするくらいの距離をあけたところで、上條は手にナイフを召喚した。
「大樹準備は?」
「いつでもこい」
「それじゃあ、遠慮なくっ!」
上條はその言葉とともに、手に持ったナイフを大樹に向って投げつけた。
「へっ!?」「え!?」
茜と雪の驚きの声を置いて、ナイフは綺麗な軌道を描き、大樹の胴体の中心、心臓辺りへと飛ぶ。
「も、森本さん!?回復……を?」
慌てて茜は慌てた様に魔法陣を構築し、魔術を行使しようとしたところで目に映ったのは、ナイフに向って掲げられた手のひらにはじかれて落ちるナイフだった。
「と、まぁこんな感じで、これだけなら俺はプロの魔術師に通用すると思っている」
大樹が落ちたナイフを拾い上げながらそういう。
「色々な意味でびっくりだね」
「ん。あれば簡単な様で難しい」
雪と雫が感心した様子を見せる一方で、茜はホッと息をついていた。
「すまんすまん。驚かせるつもりはなかったんだが、これが手っ取り早くてな」
「いえ、こちらこそ。……すみません、大袈裟に反応してしまって」
「でも、本当にすごいですね。ほとんどの攻撃が効かないんじゃないですか?」
本当に感心した様子の雪に、大樹は少し照れながら頬を搔く。
「いや、実はそうでもない。魔力の制御が簡単な手のひらでしかこの強度はだせないし、攻撃魔術や魔力が込められた武器相手だと流石に厳しいしな」
「平さんは回復魔術が得意?さっきの魔術の構築速度が速かったから」
雫が茜にそう問いかけると、茜ははにかみながらうなずいた。
「あ、ありがとうございます。一応は特異なつもりです。回復魔術も含めて支援系魔術ばかり勉強していたので」
「それは助かるね。後衛タイプの魔術師は貴重だし」
支援系魔術を使える魔術師は多くいても、それを専門としている魔術師は少ない。
理由は簡単で、魔術師になるからには、誰しもがカッコイイ攻撃魔術に憧れるもので、そのため自然と前衛と中衛に必要な魔術を使う人が増えるからだ。人気がある魔術師もその殆どが前衛か中衛の魔術師であるのも理由の一端でもあろう。
一方で後衛の魔術師が使う魔術は、バリエーションが攻撃魔術より少なく、見た目も地味なものが多く、難易度も高い。
しかも、現場では常に仲間の状態を確認しながら適切に魔術を使わなければいけないため、求められる仕事量も多く、難しい。そのため、真の意味で部隊の要となるのが後衛魔術師なのだが、その責任の重さと難易度に反して、見た目が地味すぎるため、見習いからの人気が低いのだ。
とはいえ、プロの魔術師になり、経験を重ねれば重ねるほど、後衛の魔術師の重要性と実力の程を実感できるため、待遇という面で言うと、見習いの頃と逆転する訳ではあるが。
「回復魔術はどんなものが使えるの?」
雪の質問に茜は少し恥ずかしげに答える。
「二等級までなら基本的なものは使えます。あとは少しの三等級と、ひとつだけ四等級のを使えます」
上條の質問に茜は少し恐縮した様子を見せて答えた。
「へえ!見習いで四等級の回復魔術を使えるのはすごいね」
上條が本当に驚いた様子で目を見開く。
そんなリアクションに恐縮しながら、茜はちらっと雫に目をやる。
「ありがとうございます。でも、すごいというと天野さんの方が。三等級までの魔術はほぼ使えるんですよね」
流石ファンというか、しっかり雫の実力を把握している様子の茜がそう聞くと、雫はそれに頷いた。
「ん。全部じゃ無いけど有名なのはほぼ使える。あとは水系統の魔術なら四等級と少しだけ五等級が使える」
「僕も天才とは聞いていたけど……」
「あぁ。ここまでとは」
雪は当然知っているので何とも思わないが、その雫の言葉に他の三人は唖然とした様子を見せた。
天才と呼ばれていることはもちろん皆知っているが、いざどのくらい天才なのかと具体的には知らない。雫自身も饒舌な方ではないため、公の場ではそれほど自分の事を話さない。そのため、雫の本当の実力がここまでであったということは茜であっても知らなかったはずだ。
「それじゃあ葛西さんも……」
茜のその言葉に雪は、少し身を固くした。
普段であればあの四人が目立ち過ぎていたため、雪に注目が集まることは無かったが今はそうはいかない。あの四人と仲がいいことが知られていて、かつあの葛西家の御令嬢なのだ。そして、雫の後となれば期待値も上がって仕方ない。
雫は勿論雪の問題を知ってはいるが、ここで雫が雪をフォローしたり庇っても何の意味もないことを重々理解しているため何も言わずにじっと雪を見つめている。
「あの……私は……」
雪は当然自分が魔術をまともに使えないことをわざわざ言いたくなかった。そういうわけにもいかないのは雪も重々承知してたが中々続きが口からは出なかった。
「あぁ、そういえばこの班の皆さんに伝え忘れていたことがありました」
「うわっ」「おおっ」
突然後ろから響いた声に上條と大樹は飛び上がった。
いつの間にそこにいたのか、佐伯がニコニコした様子で気がつけば大樹と上條の後ろに立っていた。
ここまで気配を消せるのは異様としか言いようがない。雫であっても、佐伯の気配を一切感じることが出来なかった。
色々な意味で固まっている五人を他所に、佐伯は柔和な笑顔のまま話を続ける。
「葛西さんの師匠からの言付けで、今葛西さんは魔術の使用を極度に制限する訓練を課されているため、使えても一等級位までしかまともに魔術を使えないそうです。面倒をかける皆様に謝罪をと申されておりました」
その内容に皆のリアクションは二つに分かれた。
まず、上條と大樹、茜の三人は可哀想な目で雪を見ていた。魔術師なのにその魔術に制限を与える師匠など、どんなスパルタ指導なのかと思われてるわけだ。
しかし、雪の実力を知っていて、かつ魔道具の話を先程したばかりの雫は表情が薄いながらも興味しんしんといった表情で、雪を見ていた。
一方で雪はさりげないフォローをしてくれていた師匠と佐伯に心の中で感謝を述べていた。
「だから前衛なんですね」
茜が納得したように頷く。
「となると、近接戦闘で頑張ってもらう形になるけど、大丈夫?」
上條が心配そうに雪に声をかける。
「一応、身体能力向上とかその辺りは使えますから、大丈夫です。ご迷惑をおかけすみません……」
「気にすんな!出来ることを精一杯やるしかないからな。あとは全員でカバーだ」
「ん」
「支援は私に任せてください!」
「ということだよ。葛西さん、大変だと思うけど前衛をよろしく。自分で言うのもあれだけど、僕と大樹はこれでも中々やるし、平さんだって四等級の治癒魔術が使える。天野さんは言うまでもない。僕らがカバーできるから気にしないでいいよ」
これから自分たちが挑むのは危険な外界探索だ。
雫は別として、他の三人は今日が初対面だ。そのため、迷惑がられたり、責められたりされても仕方ないと雪は思っていた。
しかし、どうやらこの班のメンバーにはお人好しが揃っていたらしい。誰一人として嫌な顔をせずに、フォローを前提として話し合っていることに雪は驚くと同時に心が軽くなった。
「ありがとうございます。私も出来る限り頑張ります」
雪は皆の気遣いに報いるためにも、本番に向けてより一層訓練に励まないとと、心に喝を入れた。
そんな上條を中心とした班の話し合いをこっそり聞いていた佐伯は静かに笑顔浮かべていた。
「時代も変わってきているということですね……」
佐伯はしみじみ呟く。
個人主義思想が強く残る時代の魔術師である佐伯からすれば信じられないような光景だ。
今、佐伯は時代の移り変わりを目の前で見ていることになる。
佐伯は、魔術師として数十年やってきても、まだこうやって新しいモノに出会えるこの仕事に就けたことに大いに満足していた。
だから、少しでも彼らがしっかりと成長できるように、今後のプランを改めて吟味するのだった。




