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欠陥魔術師見習いの育て方  作者: すいぃ
旧版
26/112

魔術大学1

「先行きが不安だなぁ」


 大学のホール状の小規模な講義室の最後方に座っていた雪はテーブルに肘をついてそう呟いた。

 少しだらしのない恰好ではあったが、昨日のことを思うと仕方がない。

 師匠である修によって行われた実践練習の結果は本当に散々だった。

 結局、ケガこそしなかったが、魔術の一つもまともに使えず、修の助けをもらう結果となった。


 修はこれが実践とそうでない時の違いを知ってもらうためだから気にするなと、満足した様子で言っていたが、雪としてはそう簡単に割り切れるものでない。


「一週間の徹夜の結果があれかぁ……」


 雪はそう呟くとだらしなく机の上にうつぶせになる。

 結局、随分と成長した思いきや実際の所はそれほど変わっていなかったのだから、そのショックは小さくない。

 ただ、調子に乗らずに済んだと思う気持ちもあるので、何とも言えない気分ではあった。


「そろそろみんな来るかな?」


 そんな風に机の上でうつぶせになっていた雪だが、講義室に来る人も増えてきたことから、その姿勢を正す。

 今日は魔術大学の出席日で、徒弟制度を受けている生徒のための共通クラスの初日であった。

 共通クラスは徒弟制度を利用している学生に単位取得をしてもらうための特別クラスだ。

 通常の講義とは違い、週に二回程度ある講義に出席さえすれば、その年の必要単位を全て取得できる仕組みとなっている。

 内容も優秀な魔術師による実践的なものであるため、無駄な時間にはならないようになっている。


 魔術を専門とした大学は日本には六校しかないものの、どの大学であっても徒弟制度への対応はしっかりしたものである。

 しかし、それより前の義務教育過程の場合そうはいかず、多少の融通は効くが、土日祝を除くほぼ毎日学校にも通わないといけない。そのため、合格者に義務教育が終えた年齢層が多いのはある意味自然な流れだった。


 当然、雪の優秀な友人たちもこの共通クラスを受けることになっているが、未だに姿は見えなかった。

 昨日は疲れてしまったこともあって、携帯端末も見ずにそのまま寝てしまい、気がつけばいい時間だったので雪はそのまま急いで家を出ることになった。

 四人の友人達は事前に待ち合わせてくるようだったが、その連絡を見たときにはすでに雪は電車の中で、一人で通学することになった。


「ごめん。隣いいかな?」


 そうして一人で友人を待っていた雪に、ふいに声が掛けられた。

 聞き覚えの無い声だったため、誰かと顔をあげるが、そこにいたのは見知らぬ男性であった。


「すみません。友人四人が後から来るので……」


 一応講義室ということもあって、断るのもどうかと思ったが、ナンパの可能性もあるし、友人達にはすでに席を取っていると連絡している以上、雪には選択肢は一つしかなかった。


「いや、それまでで大丈夫だよ。葛西雪さんだよね?」


 と、名前を知られていたことに驚き、改めてその彼の顔をしっかり見る。

 ミディアムの茶髪に少し垂れた目が特徴的の男子生徒だ。

 顔立ちまで優男言った感じで、その上に人の良さそうな笑みの浮かべており、とてもナンパをするようには見えなかったが、残念ながら雪はその男性に心当たりは無かった。


「えぇっと、失礼ですが、以前どこかでお会いしましたか?」


 そんな雪の言葉に彼は首をかしげると、あぁ、そうか、と言った。


「自己紹介がまだだったね。僕は上條優馬(かみじょうゆうま)。一方的にだけど、魔術師の夜会で度々葛西さんのことは見かけてたんだ」


「あぁ、夜会で」


 雪は納得する。

 上條と言えば、それなりに名の通った魔術一家である。

 とあれば、魔術師界隈で度々行われるパーティーである「夜会やかい」ですれ違っていてもおかしくない。

 魔術師にとって、特に名家の人々にとっては横の繋がりは重要であり、夜会も重要な交流の場ではあるのだが、様々な面で雪にとっては進んで参加したい物ではなかった。


「同年代だし、頭脳明晰だって聞いてたから、前々から話したいなとは思っていたんだけど……。夜会だと、ご家族、ご友人と常に一緒だから、話しかけるタイミングがなくてね」


 そう言われると、夜会ではたしかに常に友人か家族と一緒にいたという記憶はある。

 雪としては壁の花に徹したかったのだが、周りが一人にしてくれずそれは毎回叶わなかったのだ。

 それを雪は過保護だと感じているだが、周りの人間からするとそうではない。

 雪は元々の性格と自己評価が低いこともあって、名家の娘にしては自身に対しての危機管理能力が低い面がある。

 実際の所、両者共に正しくあり、かつ間違っている。

 雪は一般的な基準であれば普通の感覚であるし、名家の娘という基準であればズレているというだけの話だ。


 ただ、本人に自覚があろうかなかろうが、彼女はれっきとした名家のご令嬢であり、雪以外はその認識でいる。

 雪としては魔術の実力が皆無であるため、「魔術師としての葛西家」としては失格と考えているから自己評価が低い訳だが、実際はそうではない。

 周囲からすると、ある程度優秀であれば十分であり、全国でも屈指の学力を持っている雪はそれだけで葛西家の娘としては十分なのだ。

 もし雪が嫡子であれば魔術の実力も重視されるのだが、末っ子であり女の子である雪にそんなことは求められていない。


 それに加えて、雪の容姿は相当整っているのに、雪がそれを全く気にしていない、というのも周囲が雪に過保護な理由だ。

 実際、知名度的な問題で友人たちの陰には隠れがちであるが、彼ら並び歩いても全く引けを取らないレベルだ。

 大きなクリッとした目に、綺麗に鼻筋の通った鼻と小ぶりな口と可愛さがある一方で、女性としては身長も高い方で、小顔で足も長くスタイルも非常に良い。

 可愛いと綺麗が同居しているそんな容姿は親しみやすく、癖のない整い方をしているのだ。


 実際、学生時代の男子人気という面では凛や雫を超えていたといっても過言ではない。

 しかし、友人達の存在や、特に女性陣のガードが非常に硬いこと、そして家の格も相まって、告白までたどり着いた者はいなかった。

 それに雪の自己評価が低い性格と魔術のことに必死で恋愛どころでは無かったため、雪自身も好意を持たれていたことすら気が付いておらず、好意を持っていた幾多の男子がお近づきにさえなれず散っていったのだった。


「えっと……、すみません」


 何と返せばいいのか、雪は悩んだ挙句がそんな謝罪の言葉だ。


「いやいや、責めてるわけじゃなから謝罪はいらないよ。ところで、葛西さんはどんな師匠についたの?」


 そんな雪の謝罪に上條は笑顔のままそう返すと、流れるように雪の隣の席に腰掛ける。

 気がつくと、雪の隣にちゃっかり座った上條に、二人のことを密かに見ていた周りのクラスメイト達はその手腕に驚愕していたり、歯噛みしていたりしたが、雪は特段きにした様子もなく上條を受け入れていた。

というより、表面上には見えないが、師匠の話が出たことで、割と乗り気になっていた。


「私の師匠ですか?」


「そう。僕は魔術オタクっていうより魔術師オタクなところがあるから、情報共有的なこともできるかなって」


「ほんとですか!?」


 その言葉に雪は一気に目を輝かせ、体を乗り出す。

上條は物理的に距離を詰めてきた雪に驚き少し体を退く。


「ま、まぁ落ち着いて」


僅かに香る柑橘系の甘い香りに少し高まった鼓動を落ち着かせながら、上條は興奮した様子の雪にそう告げる。


「あ、すみません。つい」


 雪もそんな距離感に気が付き、少し恥じらった様子で椅子に座りなおす。

 上條からすれば、何が「つい」なのかも分からないが、雪からすれば修の正体というのは重要事項の一つだ。

 なにせ、家族に聞いても、友人に聞いても、ネットで調べても、師匠の情報はほとんど出てこないからだ。


「それで、師匠の名前は?」


 上條は少し惜しいことをしたと感じながらも、ひとつ咳払いをして話を戻した。


「日比谷修さんって言うんですけど」


「日比谷修さんか……」


 その名前を聞いて上條は顎に手をあてて顔をしかめる。

そんな上條の様子に雪は不安そうな表情を浮かべる。


「何か問題があったとか?」


「いや……。不思議なことに、名前を聞いたことが無いんだよ。葛西さんの師匠となるとそれなりに名の知れた魔術師しかダメだと思うんだけど」


「いや、そんなことはないと思いますが」


上條の言葉を雪は否定するが、上條の言葉が事実である。

それほどにまで、葛西の名は大きいのだ。


「ただ、どこかで名前を聞いたことがあるんだよね……」


「雪!こっちこっち!席取ったからこっちにおいで!」


上條が記憶を探り始めたところで、ちょうど雪達の居た反対側から大きな声が聞こえてくる。

 その声に聞き覚えがある雪は少しげんなりした様子で声がした方向を見ると、予想通り凛が大きく手を振りながらアピールしていた。

 隣にいる男性陣二人は苦笑と呆れ顔で、雫は非常に迷惑そうな表情を浮かべている。


「上條さん、ごめんなさい。呼ばれちゃったから行ってくるね」


「あ、葛西さ……行っちゃったか」


 ちょうど修の名前に思い当たった上條が雪を呼び止めようとするも、それは間に合わなかった。


「まぁ、また機会はあるか。それにしても、何でまたそんな組み合わせなんだ?」


 上條は修と葛西家のご令嬢の組み合わせに首を傾げるのだった。

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