師匠の実力
そんなこんなで外界にある修の工房から外に出た二人はまたしても街をぶらぶらと歩いていた。
今回は前回とは違い、修が戦い、雪に自身の戦いっぷりを見せる立場だ。
とは言っても修は微塵も気負った様子はない。
それもそのはず。この辺りは自身の工房があることもあって、修の庭の様な場所だ。
しかも、幸運なことに外界の中では特に危険度が低いエリアでもある。
外界特有の原因不明な異常現象も起きず、危険な外界生物も生息していない。
今回の様に外界での戦闘のデモンストレーションをする上では随分と都合のいいエリアだ。
とは言え、ここも外界だ。一晩の間に地獄の様な環境になっていることも十分あり得るし、あくまでプロの魔術師である修にとって比較的安全と言うだけだ。
雪の様な見習いにとってはいつ命を落としてもおかしく無い様な場所であるのには変わらない。
「それにしても、一切人の姿がみえませんね」
「このあたりはな。その点で言うと、学校で学んできたことと随分と違うだろ?」
「そうですね……。外界では素行の悪い者も多くいるから、同業者達にも注意を払う様にと、と何度も注意されてきましたから」
今でこそ、人っ子一人見えないが、雪が学校で学んだ事も事実だ。
外界は夢とロマン、そして富に満ち溢れた場所であり、多くの人々が様々な目的を持って足を踏み入れている。
その中でも半数以上を占めるのが外界における仕事屋である探索者と呼ばれている者達だ。
魔術師や傭兵を中心に構成される彼らは一般人を遥かに凌ぐ確かな武を持っている。
それは外界で活動する上で必要なものではあるが、国も法も秩序も実質的に存在しない外界では悪い方に働くこともある。
同じ人間にも警戒をしないといけないのが外界という場所であり、外界で活動する誰もが持っている共通認識だ。
そんな訳で、雪もそんな人々に注意を払わなければと警戒はしていたのだが、いくら歩こうともその姿は見えない。
「ここは主要ゲートや拠点からの距離も遠いし、各拠点や主要エリアとの位置関係も微妙だからな。それに、ここを目的とした依頼もないとあれば、探索者もわざわざ足を運ばないって訳だ」
今の所この場所で採れるような希少な物質は無いし、めぼしい依頼も出ていない。
それにしても危険な外界に仕事以外の用で入り込む物好きはごく少数だ。
「そんな場所もあるものなんですね……。あ、師匠、あれは……」
と話で聞いたことと現実は往々にして違うことがあるということを実感したところで、ゴツゴツした黒い肌を持ったサイのような生物が道の先を歩いているのが雪の目に入った。
「へー珍しいな。ロックホーンだ」
修はこの辺りでは見たことのない魔獣を見て興味深そうに声をあげる。
ロックホーンの説明を一言ですれば、黒い岩石で表皮が出来ている外界産のサイだ。
サイとは言っても外界生物だけあって、その攻撃性と警戒心は非常に高く、人の姿が目に入るなり攻撃してくることも少なくない。
それに、並の魔術ではほぼダメージを与えられないほどの強固な表皮を持ち、通常のサイとは比較にならない速度の突進をしてくることから、探索者からは厄介者扱いされている。
厄介とはいっても、高位の魔術師といっても過言ではない修からすると大したことのない魔獣ではあるが、当然、雪のような魔術師見習いにとっては難敵と言える。
「まぁ、あれが相手ならちょうどいいか。あとはどうするかだが……」
この相手とこの周辺であれば割りと自由に余裕をもって戦える。
それこそ、修の本気を見せるというのもありではあるが、それでは瞬く間に戦闘が終わってしまう。
師匠の戦いを見たいというお願いは、修の実力を知るという目的よりも、雪が戦いから学びを得たいという気持ちが強いから出たものだと修は考えている。
となれば、一瞬で倒してしまっては得るものが少なすぎるし、何よりも面白くない。どうせ戦いを見せるなら、学びと同時にそれなりに面白いものを見せたいと思うのが師匠心だろう。
「よし。あれにするか……。葛西さんに面白いものを見せてあげるよ」
「ありがとうございます!でも面白いっていうのは……」
「ま、そこは見てのお楽しみだ。じゃあ、俺がいいという場所まで一緒に来てくれるか?」
「はい」
修はそういうと、何らかの魔術を構築した後、何も臆した様子は見せずその魔獣との距離を歩いて詰めていく。
「よし、このくらいかな。葛西さんはここで見てて」
そして、修の魔術の効果なのか、本来であればロックホーンにとうに気が付かれているような距離まで来たところで修は雪にそう告げる。
それに雪は首肯で返し、それを確認した修は右手を軽く伸ばして、手のひらを上に向けるとそこに魔法陣を構築した。
「これから使う魔術は「雷鳴」という二等級魔術だが、魔術には色々な使い方があるってのを見せてあげよう」
「雷鳴」は低級魔術の中ではそれなりに知名度があり、雷撃を与えるという少し派手な魔術であるため、雪も知っているものであった。
の知る限りでは、岩石は電気を通さないため、「雷鳴」はロックホーンと相性が最悪に悪い魔術であるはずだ。
ただ、プロの魔術師である修がそれを知らないとは思えず、あえて相性の悪い魔術を使って、いったい何をするつもりなのか、雪の期待感は高まるばかりだ。
「『雷鳴』」
そんな期待感を背負っているとは考えもせず、修は手のひらをロックホーンへ向ける。
そして、魔術を行使すべく、静かに詠唱した。
修の詠唱と共に、魔法陣から七色の燐光が浮かび、バチッという弾けるような少し重い音と共に一筋の雷がロックホーンへと直撃する。
「やっぱり……」
その結果をみて雪のつぶやきが漏れる。
修の魔術は確かにロックホーンに直撃はしたが、大したダメージを負った様子はない。
それどころかいきなり攻撃に随分とお怒りのようで、唸りながら大きく体を震わせている。
「師匠……あまり効いていないように見えますけど……」
そんな言葉に修は狙い通りと言わんばかりに笑みを浮かべた。
「これだけだとそうだな。でも、ここからが本番だ。よく見ておくように」
そういうと修は魔法陣を空中に三つ展開した。
「三つ!?」
雪は驚きの声を挙げる。
魔術の多重行使は非常に難易度が高い。
それにしても複雑な魔法陣を同時に、複数個構築するのだから、その難易度は跳ね上がる。
二つまでであればある程度の実力を持つ魔術師であれば使うことができるが、三つとなると使える者は限られる。
「それじゃあ『雷鳴』」
修の詠唱と共に、三つの魔法陣からは三本の雷が飛び出し、まさに今、修に向って突進しようとしていたロックホーンはその体勢を大きく崩し、倒れた。
そして先程とは違い、そのダメージも大きく、所々皮膚が剥がれていた。
だが、修の攻撃はそれだけで終わりではない。
「『雷鳴』」
その魔術はレベルが違った。
さっきとは比べ物にならない程の轟音と共に、本物かと錯覚するほど雷が魔法陣から打ち出され、倒れ藻掻いているロックホーンに直撃すると、一瞬で粒子となり姿を消した。
「……」
雪は困惑するどころか若干引き気味であった。
その威力は勿論のこと、一瞬たりとも見逃さないと目を凝らしていたのにも関わらず、雪には魔法陣が構築された様子は一切見えなかった。
ただ立ち尽くす雪をよそに、ロックホーンがいた場所まで修は歩みを進め、地面に落ちていた親指ほどの魔石を拾い上げ、雪へ投げて渡す。
「わっわっ……」
ポカンとしていた雪ではあったが、何とかそれを落とさず受け取った。
「実は魔法陣を完璧に構築できる魔術師ってのはいないんだ」
「へ?でも私たちは魔術を使えてますよ」
困惑する様子の雪を見て修は笑う。
「それは、魔法陣がそういう仕組みになっているからだな。ただ、さっきのを見てわかると思うが、不完全な魔法陣は、不完全な結果しか生み出せない。その多くが効果の減少だな。つまり、俺達のほとんどが、魔術生み出す現象の一部しか再現できていない訳だな」
「では、さっきのが「雷鳴」の本来の威力ということですか……」
修は首を振る。
「いいや。さっきので八割くらいだな。最初の雷鳴が一般的なもので、五割位の精度で構築したものだ。だいたいどの魔術も五割の精度で構築出来れば、一応その魔術を使えると言っていいはずだ」
「そんな話聞いたこともなかったですけど……」
「そりゃ、これを知っているのはほんの僅かな人だけだからな。あ、一応他言無用だぞ。まぁ、言っても信じてくれる人はいないとは思うが」
「はい。誓って。それに私が言ったところで信じてもらえないと思いますけど」
ハハハと笑いながら雪はそういったのち、真面目な表情を浮かべる。
「ちなみに師匠。お聞きしていいのかわかりませんが、師匠はいったいどうやってそれを知ったんでか」
「そうだな……。それはまだ秘密だな。まぁ、ちょっとした裏技を使って、とだけ伝えておこう」
「さすがにそうですよね」
修の言葉に雪は納得したように頷く。
それにしても貴重な情報を教えて貰ったのだ。
魔術師にとって知識、情報は命であるし、商売道具だ。そう安売りできるようなモノではないのは当然、雪も理解している。
「まぁ、これを見せて何を伝えたいかというと、葛西さんの「灯火」が使えた理由、実はあれは魔法陣の精度が大きく向上していたのが大きな理由だ、さっきの魔法陣構築精度は八割に達していた」
「え!?そうなんですか!?」
てっきり魔力の制御がよくなったからばかりだと雪は考えていた。
「もちろん魔力の制御も良くはなっていたが、そんな短期間で矯正できるほど葛西さんの悪癖は甘くない。ただ、これはいい意味でも予想外だったんだが、魔力の制御の甘さを魔法陣の構築がカバーできてしまっていたみたいだ」
「それは喜んでいいことなんでしょうか?」
「喜んでいいと思うぞ。これなら想像より早く魔術を使えるようになるだろうしな。懸念点があるとすると、構築精度ばかりがよくなって、魔力制御が疎かになるかもしれない点だな」
「あまり否定できない自分が怖いです……」
魔術を使えることだけに満足していそうな自分の姿が頭に浮かんだ雪は苦笑いを浮かべる。
「まぁ、とは言っても、等級が上がるにつれてそんなごり押しも通用しなくなるから、恐らくそうはならないだろうけどな。ただ、一等級に関して言うと、八割の精度が一つの目安だし、そこは魔力の制御と併せて、目標にしていいと思う」
「八割というとどのくらいのレベルなんですか?」
「まぁ、そうだな。俺くらいかな」
「それかなり難しくないですか!?」
雪のは二つの意味で驚愕する。
底辺レベルの魔術師見習いが、プロの魔術師の中でも上位層の修のレベルで魔法陣を構築しろと言われているのと、そこまでしないと一等級魔術すら雪は使えない状況ということなのだから。
「まぁ、葛西さんの魔法陣構築の才能があれば、一等級位は問題なさそうだけどな」
「それだといいんですが……」
雪も修の言葉を疑いたい訳ではないが、それほどに自分の魔術に自信がないのだ。
修も魔力制御の悪癖に加えて、そういったメンタル面の矯正にも手こずることになりそうだと既に予感している。
「まぁ、あとは現場でもしっかりとそれができるようになることだな」
「そこは頑張ります!」
そんな修の言葉に、雪は修をまっすぐ見据えて力強く頷いた。
「ということだから、じゃ、早速実践開始してみようか」
「へっ?」
そんな訳のわからない事を突然言ってのけた修は気がつくと雪の手首に金属製の無骨な腕輪を嵌めていてた。
「え?し、師匠なんですかこれ!?」
「一応の保険だ。他にもいくつか使える魔術もあるんだろ?」
「いくつか有りますけど、使えると言っていいか分からないレベルですけど……」
「それなら問題ないな。ホラあれ」
流されるようにとんとん拍子で進む話に頭が追いつかない雪が修が指差す先に目をやると、いつの間にやら数匹のケロベロスが雪と修のことをじっと見ていた。
「とりあえず、一等級の魔術を駆使して生き残る事を目標としようか。強化の魔術も使えるだろうし、危なくなったらしっかり止めるから」
「え?し、師匠本気ですか!?師匠!?」
「それじゃ、俺は隠れてみてるから。がんばれ」
それだけ言うと、修は雪をおいてさっと後方へ引いていき、隠蔽魔術を使ったのかその姿がかき消えた。
「まともに使える魔術「灯火」だけなんですが……」
そんな泣き言を漏らす雪の視線の先では、ケロベロス達がそのグロテスクな口を丁度大きく開いた所だった。
11/3 改稿




