努力の成果
次話は修が暴れます
「……転移魔術!?」
驚きの表情と大きな声と共に外界にある修の工房へと転移してきたのは雪だった
随分と良いリアクションをした雪と真正面で向き合うこととなった修は控えめに声をかける。
「えっと……体調はどう?」
置手紙を扉に押し当てた体勢のままの雪は修と目が合うと、そのまま顔を真っ赤にしたまま、ゆっくりと体制を整えた。
「……体調は大丈夫……です」
「いや、ごめんごめんそうなるよな」
「い、いえ……」
雪は顔を真っ赤にしたまま、俯きがちでそう答える。
その場には微妙な空気が漂っており、修も微妙な笑みを浮かべるしかできなかった。
今回、雪に残した手紙型の転移魔術は修が色々と弄ったものだ。
そのため、魔術師見習いである雪は当然として、普通の魔術師であってもよほどの実力者でなければ、何かわからないだろう代物であった。
それを残した時は見たらわかるだろうという感覚で置いてきたが、今更ながらそんな訳は無いと修は自覚する。
これはたまに出る修の悪い癖だ。
何故だか修の周りには常に高位の魔術師がいたため、魔術師の常識という感覚が他人とは随分とズレていた。
しかも、常に高い基準に合っているならまだマシなのだが、一般的な魔術師の常識と高位の魔術師の常識がごちゃごちゃになっているため、時々こうやってポカをする。
顔の熱と赤さが収まった雪は深呼吸を一つすると、顔を上げて修を見つめる。
まずは何より雪にはしなくてはならないことがあった。
「師匠。ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
雪は曖昧な笑みを浮かべている修に姿勢良く頭をスッと下げて謝罪をした。
修はその謝罪の意味に思い当たり、優しい笑みを浮かべる。
「俺も若い時には良くやったから構わないよ。頭を上げて」
その言葉に雪は安心したのか、肩の力を抜いてゆっくりと頭を上げた。
「ただ、今後は無理はしない様に。特に魔力欠乏症の時の魔力補充剤は禁止だ」
「はい……」
使った目的が魔術の練習であるとは言え、雪はなんとも情けない気分だった。
まるで、お酒でハメを外してしまった所を見られた様な気分だ。
「よし、説教はここまで。切り替えだ」
修はパンパンと手を叩くと、落ち込んでいる様子の雪に明るい声でそう言う。
「はい。頑張ります!」
雪は気持ちを切り替える為に表情を引き締める。
完全復活とは言えないが、先程までの情けない表情は薄らいでいた。
「まず確認なんだが、魔力はどのくらい回復した?」
魔力を自然に回復させる一番の方法は睡眠など、体を休ませることだ。大体、一晩しっかり寝れば魔力は回復する。
ただし、魔力欠乏症の場合は別だ。
魔力の回復力は魔力の残量に比例している。残量が多ければすぐ回復するし、少なければ時間がかかる。それが雪くらい馬鹿げた魔力保有量の人間だと尚更悪化する。
「そうですね……。体感では七割位でしょうか……」
「七割!?」
その雪の返答に修は思わず声をあげる。
雪はその魔力の量だけでもなく、回復速度に関しても修の予想をはるかに上回る才能を持っている可能性が出てきた。
「あの、おかしいですよね……」
「そうだな……。ちょっと早すぎる」
今回の雪の例でいうと、魔力欠乏症の中でも随分と酷い状況であったはずだ。
先程の昼寝で十分な睡眠時間をとることが出来たとはいえ、半分程度しか回復していないだろうというのが修の見込であった。
「あの実は、昔から魔力欠乏症にはよくなっていたんです。あの……師匠はご存知の通り、魔術が下手くそなのと魔力の残量の感覚が鈍くて……」
「そのおかげで魔力の回復が早くなったのかってことか」
「思い当たる理由というとそのくらいですね」
若い頃であれば、魔力は使えば使うほどその保有量が上がることは常識とされている。走り込んで体力増大、と同じような理論だ。
しかし、魔力の回復量に関しては修も聞いたことがなかった。
「まぁ……とりあえずその話は置いておいて、魔力の量は問題ないんだな?」
修の問いかけに雪は頷く。
魔力回復量の話題は修にとっても大いに気になるものではあるが、今の本題はそこではないのだ。
「それじゃあ、宿題の結果を見せてもらえるか?」
「はい」
雪は少し緊張した面持ちで答える。
「よし。じゃあそこの魔法陣の上に立って、練習してきた魔術を見せてくれるか?一応聞いとくけど、危険なやつじゃないよな?」
「『灯火』ですので大丈夫です」
成績表の表記通りなら、雪は灯火ですら攻撃魔法に変えてしまいそうではあるが、そこを心配してはキリがない。
「よし、じゃあ準備ができたら始めてくれ」
雪は修の指示に答えると、部屋の片隅にある魔法陣が刻まれた黒い床の上に移動する。
頭上や周囲にはカメラが数台設置されており、何かを計測するものであることが分かった。
「では、行きます」
雪は精神を魔術に集中させる。
雪は指先を中心に徐々に魔法陣が形作られていき、数秒程で魔法陣を構築した。
ここで、雪は大きく息を吐きだす。集中のあまり、無意識のうちに呼吸が止まっていたのだ。
そして改めて心を落ち着かせ、次の工程へと移る。
次が雪にとっての最大の関門である、魔力の注入作業だ。
雪は構築が終わった魔法陣へと丁寧に魔力を注ぎ込む。ゆっくりと、そして穏やかに、決して過剰にならないように細心の注意を払う。
そして、注入を始めて直ぐに雪の感覚がここが適量だと告げ、それと同時に魔術の行使の準備が終わる。
雪は意を決して魔術を行使する。
「『灯火』」
雪は願うように呟くように魔術名を詠唱した。
雪の詠唱と同時に虹色の燐光が魔法陣の周囲に現れ、舞う。
そして、魔法陣の幾何学模様と文字に光が走りったかと思うと、魔法陣は光を散らして消滅し、代わりに雪の指先には小さな炎が灯っていた。
「やった……。できた……」
雪は噛みしめるようにそう呟く。まるで成功したのが奇跡であるかのようなリアクションだ。
魔術の行使を成功させた雪に修は驚いた表情を浮かべながらも、拍手を送る。
「驚いたな。本当に成功させるとは」
「ありがとうございます!」
雪は満面の笑みを浮かべて、小さくガッツポーズをする。
「うん。数値的にもしっかり使えているな」
修は装置で計測した数値と映像を確認しながらそう雪に伝える。
「良かったぁ……。一週間ほぼ寝ずに練習した結果が出て良かったです……」
雪はその修の評価を聞いて安心したように胸を撫で下ろす。
ほっとした気持ちと成功したうれしさを嚙みしめている雪を横目に、修は今後の育成方針を考えていた。
今回の一件でよく分かったが、雪の魔術への熱意と根気は本物だ。それこそ、今回の徒弟制度を利用している見習いの中でも上位にいると確信できる程のものだ。
これだけの気持ちで臨んでいるなら、厳しい課題を出しても必ず雪は付いてくるだろう。
しかし、逆を返すと厳しい課題を出せば出すほど、雪は無理をしてしまうはずだ。
現に今回の宿題だけで一週間もほぼ寝ずに、魔力補給薬を使って取り組んでしまうほどなのだから。
とはいっても、甘い課題を与えた所で、物足りなくなって勝手に無理をしそうな予感はあった。
別の意味でバランスを取るのが難しい子だなと修は感じている。
とりあえずは、このまま浮かれて無理をしそうな雪を一旦落ち着かせることからだ、と修は雪に釘を刺す。
「葛西さん。成功したとは言っても、その魔術は一等級で初級中の初級だ。葛西さんはようやくスタート地点に立ったところだからな。気を引き締めていこう」
そんな修の言葉に雪は表情を引き締めて頷いた。
「そうですね。まだ一等級の魔術を使えただけですもんね」
「あと、念のため言っとくけど、今回みたいな無理は厳禁だからな」
分かりやすいくらいギクっとした反応と表情を浮かべた雪に修はあきれた表情を浮かべる。
「もう一度言うけど、無理は禁止だ」
「ははは。はい……」
釘を再度刺された雪は乾いた笑い声を上げた。
とはいえ、難題の宿題を終わらせたのは事実で、そこに対する見返りがないのは修の考え方とも合わない。
「無理をしたのはダメだったとはいえ、宿題は終わらせたわけだし、ご褒美が必要だな。何か俺のできる範囲であればご褒美を出そうと思うけど何がいい?」
「ご褒美ですか?」
「そうだ。出来る範囲でだがな」
さて、何が来るだろうと、修は予想する。
若い女の子と言うこともあるし、スイーツや甘いものか。もしくは魔道具などを求めるかも知れない。
今回の宿題はそれを出した修としても鬼畜といえる内容だったため、多少の出費は覚悟の上だ。
「えーと、それじゃあ……」
何か言いづらそうにモジモジしている雪に修は財布が軽くなることを改めて覚悟する。
それにしても名家のお嬢様だ。一般人とはそもそもの金銭感覚が違うのだろうから仕方ない。
「師匠の戦っているところが見たいです」
「へっ」
あまりの斜め上のご褒美に修はずっこけそうになった。
「いや、ほらもっとスイーツとかあるだろ?」
修としては財布が軽くなることを予想して覚悟していただけに、なんとも気が抜けた感じだ。
あまりの落差に自ら財布が痛くなるような提案をしてしまうも、雪は首を横に振る。
「いえ、師匠の戦いを見たいです」
見ることは勉強になる、ということは魔術師においても変わらない。魔術の使い方から、立ち回りなど、学べるところは多くある。
それに、技術や実力をあまり表に出さないという魔術師特有の文化もいまだに残っているため、貴重な経験といえば貴重ではある。
「まぁ、いいか。葛西さんも魔術師ってことだな」
そんな呟きに雪は意味がよくわからず首を傾げるも、修はその意味を説明することなく話を続ける。
「じゃあ、ちょうど外界にいるし小遣い稼ぎも兼ねて魔獣を狩りにでも行こう」
今の段階で修が雪と戦っても仕方ない。そうなると、魔獣と戦う以外に戦う姿を見せる方法はない。
「ありがとうございます。お願いします!」
師匠の戦いを見るのがご褒美とは随分安上がりな子だと修は思いながらも出かける準備に取り掛かる。
だが修には一つ見落としていた事があった。
それは、雪が徐々に修の信者となり始めている事だった。
後にこれが騒動のキッカケになるのだが、当然のことながら修も雪もそれを知る術はない。




