表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
欠陥魔術師見習いの育て方  作者: すいぃ
旧版
23/112

初日

そろそろちゃんと物語を動かしたいです

 修が雪に指輪を渡してから早くも一週間が経ち、いよいよ本格的に師弟制度が始まる日を迎えた。

 とは言っても、顔合わせの翌日から弟子に乗り込まれた修にとっては初日という感覚は皆無に等しい。

 しかし、雪にとってはそうでないだろう。

 あの性格とあれだけの熱意だ。この一週間で修から与えられた宿題に必死で取り組んでいるだろう事は想像に難くない。


 そんな必死の取り組みがあったとしても、修は雪が宿題として与えられた課題をクリアしているとは思っていない。

 例え雪が膨大な魔力を持っていたとしても、その身に宿す魔力は有限であり、時間も限られている。

 とてもじゃないが一週間程度でどうにかなるような悪癖ではない。


 そんな意地悪な宿題を修が与えた理由は、指導開始前から毎日の様に雪が駆け込んで来るのを防ぐのと雪の根気を見るためだった。

 宿題の内容は地味で根気のいるものであるし、元々出来ていた魔法陣の構築すら出来なくなっていることは精神的にキツいはずだ。

 修の見込みでは毎日数時間程度の取り組みで魔法陣程度は構築できる様になっている筈だが、仮にそうでなくとも仕方ないと思えるほどには辛い宿題であった。


 そんなわけで、修はどのような優しいフォローをするか考えながら家の扉を開けて雪を迎えたのだが、その姿を見て修は愕然とした。


「葛西さん……最近寝たのはいつ?」


「昨夜は一、二時間ほどは寝ました!!あれ……?数十分だったかな」


 目の下に大きな隈を作った顔色の悪い雪がハイテンションで答える。

 目はぎらついているし、声のトーンもテンションも高いが、顔色は悪く、時折ふらついている。


「えっと……、葛西さん体調は大丈夫か」


 修は額を片手で多いながら、ふらふらと揺れながら笑顔を浮かべている雪に問いかける。


「ばんぜんです!!」


 その返答に修はガクッと気落ちする。

 ギラついた目、ハイテンション、寝不足や体調不良を実感していない、という四つの条件が揃った時点で、修は雪の症状と原因に見当がついたからだ。


「はぁ……。ここまでやるとはな」


 雪は呆れた様子の修に全く気が付いていない。


「し……ししょ!わたし……できるようになりました!」


 会話すらおぼつかない状態の雪に、修は仕方ないなと呟く。


「ししょう。みててください!」


 そう言って、雪が魔術を行使しようとした瞬間、それより早く修が魔術を行使する。


「『子守唄』」


 修は問答無用で雪を睡眠魔術によって強制的に眠らせた。


「おっと」


 魔術の効果は覿面で、まるで電池が切れたロボットの様に修へと倒れ込んだ雪を修は優しく受け止める。


「魔力欠乏症と魔力補給薬か。最悪な組み合わせだな。本当にタチが悪い」


 魔力欠乏症とは自身の保有魔力を使い切った状態に起こる症状のことだ。

 若い頃は魔力の増幅を促す効果があるのだが、魔力の増加が落ち着く成人の場合は、体の負担が大きいだけであり、可能であれば避けたい症状の一つだ。


 魔術師は保有魔力の中の基幹魔力というもので体の様々な機能を無意識に補助している。

 魔力欠乏症はその基幹魔力まで使い切って、体に負担をかけている状態ではあるが、基幹魔力はあくまで機能を補助しているだけなので、それだけで死ぬようなことは無いが、体の不調は生じてしまう。

 本来、魔力欠乏症に陥れば強い睡魔に襲われすぐに寝てしまうのだが、そこで問題となるのが魔力補給薬だ。

 魔力補給薬とはその名の通り、外部から魔力を補充するための薬なのだが、これには強い興奮作用があり、更には基幹魔力を回復してくれない。

 そのため、魔力欠乏症に陥った状態で魔力補給薬を使うと、体の不調の原因である基幹魔力は回復していないのに、強い興奮作用と体が魔力が回復したと錯覚することによって睡魔が薄れ、体の不調を感じられなくなるのだ。

 特に最近ではドリンクタイプの物で味や効果も強めたものが流行っていることもあり、魔術師界隈のみならず問題が起こっているのだが、今の所規制される気配は見えない。


「この子の場合魔力が多いからよりタチが悪いな」


 魔力の回復力は、持っている魔力量に比例する。

 魔力があればあるほど回復量は上がり、無くなればなくなるほど回復量も落ちる。

 つまり、無理すればするほど復帰までの時間は長引くし、その容量が多ければ多い程、復調までの時間はかかるのが定説だ。


「とりあえずベッド……は不味いからソファにでも寝かすか」


 修はそう呟くと雪の体を抱き抱える。

 所謂お姫様抱っこというやつだ。

 これを雪本人や葛西家や友人達が見ようものなら大騒ぎになること必至だが、幸いにもこの家には修と雪しかいない。

 何の問題も起こり得なかった。


「よいっしょ」


 まだ二十台半ばと言うのにやけにおっさんくさい掛け声と共に雪をソファーに寝かせると、ブランケットをかけてやる。

 そして、修はその雪の顔を見て顔を顰めた。


「ひどい隈だな……」


 それは非常に整った雪の容姿も陰るほどだ。

 まるで特殊メイクでもしたかの様なその隈は、修の見通しの甘さと雪の執念を表しているようだった。

 ただ、幸いな事に雪はスヤスヤと穏やかな表情で寝ている。この調子なら、今日の指導はお流れになるが、体調は多少なりともましになるだろう。

 本来、魔術師相手であれば簡単に利くような魔術ではないのだが、それほど雪の状態は悪かったということだ。


「昔の俺もそうだったしなぁ」


 修も昔は無茶な訓練をよくしていたため、こうなることも想像出来たはずだ。

 修は生まれや育ちではなく、その子の人となりと熱意を汲んで指導を行うと決めていたが、どうやら心のどこかで名家の子供という思い込みがあったのだろう。ここまで無茶をするとは思ってもいなかった。


「とりあえずプランの組み直し……と説教もだな」


 修は自身の見込みの甘さを反省しつつ、頭を回す。

 雪の話では魔術を使える様になったという事は、予定よりも早く進んでいる事になる。

 まだ一、二週間先に教えるつもりだったことを最悪今日から教えないといけない可能性がある。


「まぁ、頑張りは認めよう」


 修はソファーの上で丸まって眠る雪をちらりと見るとそう呟いて、部屋を後にした。




 ======




「……悪い。葛西さんとの師弟関係はここで終わりだ」


 手が届かないほど、しかし遠くはない距離。

 雪と向かい合って立っている修が言った。


「師匠……。どうして……」


 雪はその言葉に動揺を隠せない。

 俯き加減であるため修の表情はよく見えないが、その声色からは冗談の気配は感じ取れなかった。


「悪い……」


 そう言うと修は雪に背を向けて歩き出す。

 雪は慌てて修の背中を追うように駆け出し、その背中に手を伸ばす。


「……まっ。待ってくださ……い!?」


 気が付くと雪は上体だけ起こした状態で手を伸ばしていた。


「夢……。あれ、私……」


 雪の横顔を照らす窓からの光は赤みが差していた。

 雪はかすかに残る悪夢の残滓に顔を顰めながら、辺りを見回す。

 お洒落な色使いに小物や家具が揃えられた部屋には見覚えがある。


「やっちゃった……」


 そして、寝起きの頭がようやく現状を過不足なく理解すると同時、とんだ醜態を晒してしまったと血の気が引く。

 気合が入って空回ったにしろ、よりにもよって初日からこんな最悪なスタートになるとは想像もしていなかった。


「と、とりあえず師匠探さなきゃ……」


 雪はボサボサになったその長い黒髪を寝癖を手櫛で整えながら、慌ててソファーから跳ね起きる。

 初日から体調不良で倒れる弟子なんて聞いたことが無いし、自分が師匠側の立場だったら、どう思うだろうと考えて、不安が胸をよぎる。

 見捨てられる恐怖と申し訳なさと様々な感情が胸中を渦巻くが、まずは早く会って謝らなければならない。


 雪は心をなるべく落ち着かせるように深く呼吸をすると、先ほど落としてしまったのであろう床のブランケットに気が付いた。

 それをゆっくりと拾いあげ、丁寧に畳もうとしたところで、ソファーの前のローテーブルに置かれた一枚の紙に気が付く。


「なんだろう……」


 雪はブランケットを丁寧にブランケットを畳むとソファーに置き、ローテーブルの紙を手に取った。


「師匠からだ……」



 所謂置手紙というやつだ。

 置手紙には質の良さそうな用紙が使われていて、そこには非常に整った読みやすい字で、雪を気遣う言葉と、落ち着いたら工房に来てほしいとのこと、そして工房への行き方が書いてあった。

 とりあえず、最悪の事態を免れたことに雪は胸をなでおろす。


「見捨てられなくてよかった……。それにしても、こっちにも工房をもってるんだ」


 魔術師にとって工房を持つことは一つのステータスではあるが、少なくとも二十台半ばで簡単に持てるようなものではない。

 たった三回会っただけで深まる自身の師匠の謎に、雪の興味は高まる。


 何せ、初見では普通の魔術師のようにしか見えなかったし、外見や雰囲気という部分で言えばその印象はいまだに変わらない。

 外界に工房を作ったり、高額な魔道具を貸し出したりと、やっていることは高位の魔術師と遜色ないのに、高位の魔術師にありがちな外見の特徴、例えば、独特のオーラや思わず目を惹くような非常に整った容姿という特徴は修にはなかった。

 事実、修の外見を説明すると、黒髪短髪で、顔は薄めだがそこそこ整っていて、身長がそこそこ高い青年、というありふれたものにしかならない。

 雪も有名な四人組と常に一緒にいるだけあって、容姿をはじめ多少基準がおかしくなっているとしても、修に関しては普通という範疇からは出ないだろう。


「っと……考え事してる場合じゃ無かった。師匠のところに行かなきゃ」


 雪はそう呟くと、もう一度髪を梳いて、寝癖がないことを確認すると部屋を出た。

 紙に書かれた説明によると、この置手紙にはカギとしての機能が付与されているようで、廊下を出てすぐの正面の扉に置手紙を押し当てれば、工房に入れるようだ。


「この扉かな?」


 該当の扉は、何も特徴のありふれた木製の扉だ。この先に工房が広がっているようには到底思えないほど普通である。

 雪はこの置手紙がどのように動作するのか、すこしワクワクしながら扉に紙を押し当てる。

 すると、置手紙に魔法陣が浮かび上がり周囲には虹色の燐光が漂う、そして雪の()()に魔法陣が浮かび上がった。


「え?これって……」


 雪がその言葉を言い切る前に、その姿は一瞬でかき消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ