顔合わせの日
誤字脱字はそこそこに修正していきます。
結局、蓋を開けてみれば、修が予想した通り非常にタイトなスケジュールであった。
魔術師見習いとの初の顔合わせが電話の翌々日に行われるというのだから、兵吾のいう「緊急」がどれほど急な話なのか修には想像もつかない。
とは言え、この程度のスケジュール感であれば修は大して気にならなくなってきていた。
染まりつつあるともいうが。
今回の会場は最近国が力を上げて開発しているエリアにある建物で、今年新設されたばかりだ。
国が力を入れていることもあり、シルバーを基調とした近未来的な色合いのその建物は様々な最新の技術などが導入されている。
内部は様々なイベントに対応するためか、天井も高く、ほとんどのスポーツを問題なく出来るほどの広大なスペースがあった。
今回はそんな最新技術を使う場面もないようで、だだっ広い空間には番号がついた簡易ブースがずらりと並んでいるだけであった。
その中の会場の入り口から見て最奥が修のブースであった。
師匠陣は簡単な説明を受けた後、各々のブースへと移動して待機しているが、主役の見習い達は様々な事務手続きや説明を受けているらしくまだ姿を現していない。
ちなみに、師匠陣にしっかりとした説明が無いのはとっくの昔に説明会が終了しているからだ。
もちろん、修は参加できていない。
まだもう暫く顔合わせまでには時間がありそうだったため、修は事前に送られてきていた魔術師見習いのデータをタブレット端末で開いた。
こちらもあの電話の直後に修に送られてきていたものだったが、何分時間がなかったため、性別と苗字、年齢程度しか把握できていなかった。
最初のページには顔写真と名前を始めとした簡単なプロフィールが乗っている。
今回、修が担当する見習いは葛西雪という名前の女学生だ。
年齢は徒弟制度は平均的な年齢の十九歳で、今年大学一年生と言うことだった。
「国立魔術大学か……」
この苗字に、この学歴とくれば、修の頭の中には一つ嫌な予想が立ってしまう。
その一方で、プロフィール用の写真に写る表情は随分と固まった笑顔になっているあたり、修が思うようなお家の人物らしさはなかった。
証明写真を撮るだけで何を緊張しているのか修にとっても非常に謎であったが、写真も人となりを知ることのできる大事な情報源の一つだ。
「それにしても、この子も気の毒なことだ」
今や徒弟制度は魔術師見習いの将来のキャリアを考える上で重要な要素の一つである。
その正確な倍率は不明だが、巷ではおおよそ二十倍と言われている一方で、真っ当な魔術師であれば受かって当たり前という評価でもあり、魔術師の経歴における重要な要素の一つである。
試験内容はシンプルに実技と筆記だ。
試験の範囲は基本的に変わらないが、実技も筆記も基礎部分に関してはしっかり深く、かつ広い範囲の技術、知識力を求められる内容となっている。
とは言え、二十四歳という年齢上限に到達するまでは何度も受験が可能である点から、選ばれたエリートでなくとも、しっかりと努力が出来る魔術師見習いであれば大体合格できる。
つまり、徒弟制度の試験を特別な理由なく合格出来ていないと言うことは、魔術師としての適正に乏しいと国から言われているに等しいのだ。
そんな理由から徒弟制度において、魔術師見習い達に最も重視されているのは試験ではない。
殆どの魔術師見習い達が一番重要視しているのは、自身の師匠が誰になるか、という事だ。
何せ、徒弟制度に限っては二年間と言う期限はあるものの、その後もある程度は師弟関係が継続されることも少なくない。
つまり、徒弟制度の師匠に選ばれるような魔術師の弟子として学び、またその弟子であると名乗れることは、卒業した大学の名前よりよっぽど価値があるものだ。
とは言え、当然ながら、誰もが希望の師匠の元で学べる訳ではない。
一応、最初は見習いが希望の師匠を選べるのだが、最終的には逆になるパターンが殆どだ。
その理由はシンプルで、誰しもが弟子になるからには、有名な師匠の元で学びたいと思うからだ。
しかし、一人の師匠につき一人の弟子という決まりがある以上、人気のある魔術師の場合は多数の希望者の中から一人を選ばざるを得ず、そうなると選ぶ立場が逆転する。それだけのことだ。
師匠が自身の弟子を選ぶにあたって、その基準や方法は師匠に一任される。
つまりどのような理由で弟子を選んでも問題がないわけで、言ってしまえば、ここからは魔術の実力だけが全てではなくなるのだ。
そのため、ここから魔術師見習い達は希望の師匠の弟子となるため、より一層の努力や、師匠に関する情報収集を行うこととなる。
そして、晴れて師匠に選ばれた者はその弟子になり、それ以外の選ばれなかった師匠と弟子は再度同じ流れを繰り返すことになる。
最終的に二回目にも漏れた師匠と見習い達は徒弟制度の試験の点数で順位付けされ、同じく順位付けされている師匠に上から順に振り分けられていくこととなる。
このように結局、師匠にしろ見習いにしろ、成績が下の者は相手を選ぶ権利はほとんど無い、実力重視のシステムになっている。
修の弟子のことに話を戻せば、このような流れの果てにようやく師匠が決まったかと思いきや、突然の師匠変更で、徒弟制度を利用できるのは一生に一度だけだ。
修は彼女の元の担当が誰だったのかを聞いていないが、仮に彼女の希望の魔術師だったとしたら悔やんでも悔やみきれないだろうと少し同情の気持ちも湧く。
どちらにせよ、修としては仕事を受けたからには全力で取り組むつもりではいたのでやることに変わりはないが。
「それにしても……」
と画面をフリックして現れた二ページ目を見て修は呟く。
「ある意味、ダイヤの原石だよな。これは」
二ページ目には彼女の学生時代の成績や今回の試験の点数など、いわば魔術師としての実力が記載されている。そして、その内容はかなり癖の強い物だった。
その中で修の目を一番引いたのは彼女の持つ保有魔力量だ。何故なら、彼女は見習いでありながら既に平均的なプロの魔術師の二倍もあったからだ。
保有魔力量には成長限界があるとはいえども、その天井にぶつかるまでは使えば使う程その量は増えると言われている。つまり、魔力量に限っては、彼女は将来歴代の高名な魔術師と並ぶ可能性も十分にあるということだ。
そして、学業にも真面目に取り組んでいるようで、成績は非常に良く、徒弟制度の筆記試験の点数に関しては一位を取っている。というか満点であった。
修の周りにも優秀な魔術師は多くいるが、流石に満点を取った者はいない。
ここまでなら、非常に優秀な魔術師見習いと言えるが、問題はそれ以外にあった。
そんな才能を持ちながら、彼女の実技の成績は軒並み酷いものだった。というか普通に赤点だった。
実技が筆記かのどちらか一方でも平均点を大幅に下回る点数をとった場合、不合格になるはずなのだが、筆記が満点だったからか、それとも別の要因か、何故だか彼女は合格できている。
修には合格の理由がだいたい想像ついたが、魔術師界隈に限らず、よくあることなので気にしない事にした。
ともかく、どうやらその癖の強さは学生時代の担当教員も手を焼いていた様で、彼女の評価欄には、非常に高い魔力を持ち、まじめで学業優秀だが、実技は平均以下であり、とりわけ魔力を扱う精度が著しく低いと書いてある。
「魔力を扱う精度?」
今さらながら、修はその表現に疑問を持った。
魔術を扱う精度なら分かるが魔力となると力そのもののことである。言い換えれば力の加減が出来ないと書かれているようなものだ。
不思議に思いながら修が続きに目をやったところ、そこには「※過去に暴発事故起こしています」と書いてあり修は全てを悟った。
「放出は得意ってあるけど、それって魔力ぶっ放してるだけじゃねーか……」
恐らく彼女は殆どまともに魔術を使うことができないのであろうと修は予想した。
簡単に言うと、口がとんでもなく大きく水量の調整できない蛇口だ。しかも、恐らくだが水圧も凄まじい。
「蛇口というよりダムか……」
とんでもなく癖の強い弟子を取ることになったことを把握した所で、静かな会場にアナウンスが流れた。
「お待たせ致しました。只今より、魔術師見習いが各ブースに向かいます。師匠の皆様は準備の程よろしくお願い致します」
修は思考を打ち切り、ブースから少し顔を出した。
幸い入り口が見える位置だ。アナウンスのとおり、遠くに見える入り口からは続々と魔術師見習いが入場し始めていた。
「おー。やっぱり目立ってんなぁ。なんか垢抜けた感じがするわ」
そんなバリトンボイスが隣から聞こえ、修は少し顔を向ける。
その言葉を発したのは、隣のブースから同じく顔を出していた四十代前後と言った見た目の男性だ。
彼は随分と彫りの深い顔立ちで、はっきりとした目鼻立ちをしていて、その訛りとは似合わない顔立ちをしている。所謂、外国人の容姿だ。
その濃い顔と碧眼も合わさって、ウィスキーとか葉巻が似合いそうな、修から見ても渋いカッコいい男ではあるのだが。
「ん?」
と、そこで男性が修の方に振り向き、思わず目が合ってしまう。
身も知らない他人をじっと観察していたことから、修は気まずさを感じ、すみませんの意のスマイルと会釈で乗り切ろうとしたところで、その彼は意外にも口を開いた。
「兄さん見たか?あの美人美男四人衆。例の彼ら。アイドルみたいなオーラ出てんで?生では初めて見たけど、ありゃすごいなぁ」
非常にナチュラルに会話に入るその技術に圧倒されつつも、修はその四人衆に視線を向ける。
兵吾がいっていた例の彼らだ。確かに芸能人の様なオーラは出ていたが、そもそも、既に彼らは世間からアイドル扱いされているため、不思議なことではない。
「確かに、出てますね。オーラが」
「あれは後ろの子可哀想やわ。なんか飲まれてるしなオーラに」
容姿端麗、実力も抜群、そしてお家柄もよろしい、とは世界も残酷である。天は人に二物を与えず、という格言がこの場で間違いだと証明された。なにしろ、この場だけで既に四人もいるのだから。
「あれの師匠にはなりたくないな。なんか、そのうち持って生まれたスペックの差に悲しくなって心が折れそうやし」
そんな男性の言葉に修は頷きながら二人して、彼等がブースに入るまでその光景を眺めつつ軽く雑談を交わす。
彼等がブースに入った所で、男性は改めてこちらに向き直った。
「それにしても、兄さん若いなぁ。その年でこれに選ばれるとは、中々の実力者と見た。俺はアルハンド・リンネルや。ここであったのも何かの縁やし、また会うこともあるやろう。その時はよろしく頼むで」
そう言うとアルハンドはブースの脇から手を伸ばした。
「日比谷修です。こちらこそ」
修も名乗り、握手を交わす。
渋いダンディな容姿に反して、中々どうして気さくな男性だった。
実際に、既に修はアルハンドに親しみやすさを感じていた。
ただ、バリトンボイスと容姿があまりにもマッチしている中で、あのコテコテの関西弁の違和感だけは拭えないが。
そうしてお互いブースに引っ込んですぐ、控えめなノックの音がブース内に響いた。
「どうぞ」
「し、失礼します。こちらは日比谷修さんのブースでよろ、よろしいでしょうか」
ブースの入り口に立っていたのは、言うまでもなく修の弟子になる予定の魔術師見習いである。
艶のある黒い長髪や立ち振る舞い、その装いからはやはり育ちの良さがあふれ出て居た。
プロフィールと同じような緊張で固まった笑顔が浮かべている彼女を見て、修はまず彼女の緊張をほぐすとこが最初の仕事だなと、と苦笑いを浮かべ、雪をブースに招き入れた。