11話
「ここって、そんな簡単に来られる場所でしたっけ?」
雪は窓の外を見つめたまま、立ち尽くしていた。
そこに広がるのは、人類が滅んだ後のような荒れ果てた光景だ。
崩れかけた住居は草木に覆われ、遠くの高層ビルも半壊している。
当然、人の営みを感じさせる音はなく、耳に入るのは聞いたこともない獣の鳴き声だけだ。
空を飛ぶ鳥も奇妙な色をしているか、常識では考えられないほど巨大だったりと、現実ではあり得ない状況だ。
なにより雪を驚かせたのは——修の家の中で扉を二つくぐっただけで、この場所に辿り着いてしまったことだった。
「ここって……外界ですよね」
「その通りだ。来るのは初めてじゃないだろ?」
「……はい。ただ、私の記憶が正しければ、転移門を通らないと来られないはずですが……」
「基本的にはそれで間違いないよ。これはちょっとした裏技のようなものだから」
「そ、そうなんですね……」
雪は自分の常識を次々と覆される一方で、修はまるで当たり前のように答えていく。
自分の認識が間違っているのか、プロの魔術師とはこういうものなのか、それとも修が異常なのか——雪には判断できなかった。
(……うん。とりあえず後で考えよう)
雪はあっさりと思考を放棄した。
良くも悪くも規格外な友人たちに囲まれてきたせいか、順応力だけは鍛えられていたのだ。
「ちなみに、このやり方は外界に慣れてからの方がオススメだ」
「私にとってはまだまだ先の話になりそうです」
今の雪にとっては、魔術師としての次元が違いすぎて役に立たないアドバイスではあったが、親友たちから聞いたある話が関係するのではないかと、雪は思っていた。
(外界での領土争いが関係するのかな?)
——外界には大きな夢が詰まっている。
そう考える者は非常に多い。そして、事実そうである。
この世界と似ているようで、全く別物である外界では、未知の素材やエネルギー、そして生物が無数に存在する。
本来であれば、国、企業、個人問わず、人々が群がりあっという間に荒らされ尽くしてしまう筈だったのだが、実際はそうはいかなかった。
その理由は二つだろう。
一番は外界があまりにも危険すぎることだ。
外界は銃弾を弾き、爆撃の中を涼しい顔をして生き残るような生物がウヨウヨしているのに加えて、地球とは異なる法則が働いている。
既存の装備や兵器が作動しないこともザラであり、大型兵器は漏れなく不具合を起こす。
黎明期には紆余曲折あったが、結局、国が管理した上で、民間が外界を探索するという形に落ち着いたのが日本だ。
もう一つは、外界に行くのが簡単ではないことだ。
別次元に存在するとされている外界に行くには、転移門と呼ばれる専用の出入口を使う必要がある。
国によって様々ではあるが、基本的に転移門の利用には、外界の秩序維持のためとして、身分証明や細かい手続き、もしくは利用資格が求められる。
ここまでが表向きの話である。
実際には、外界に行くこと自体は自由であり——規則が設けられているのは「転移門の使用」についてだけ。
これが魔術師界隈特有の、いわば“抜け道”だった。
もっとも、修が言う通り、裏技があったとしても、駆け出しや見習いは転移門を使うべきだ。
安全な転移先を保証してくれるうえ、出入りを管理しているので、行方不明になればパトロール隊による捜索の対象にもなる。
「あ、そうだ。葛西さん、ここのことは内緒にしておいてくれないか?」
「はい。勿論です」
神妙に頷く雪。
魔術師の厄介なところは、何が重要なのか一見して分からない点だ。だからこそ情報の扱いには常に注意が必要になる。
だから雪は、修の大きな秘密を託されたのだと感じていたが、実際のところ修にとってはそこまで大したことはない。
「ありがとう。——それじゃあ、移動しようか」
「はい」
修が向かったのは、地下へ続く階段だ。
家の中にあるにしては随分と長い階段を降りた先、重厚な扉を開けると——その先に広がっていたのは雪の想像を超える光景だった。
「……すごい。これって、闘技場ですよね」
何があっても驚かないよう身構えていた雪だったが、これにはさすがに動揺を隠せなかった。
大学にある体育施設の比ではない、本物の闘技場がそこにあったのだ。
「すごいだろ? ま、ここは俺だけのものじゃないけどな」
手前にはテーブルや椅子、モニターが設置された休憩スペース。
奥には簡易ブースと各種の機器類。
そしてガラスで仕切られた先に広がるのは、バスケットコート二面分はありそうな広大な土のフィールド。
魔術師や傭兵たちが己の技と力を競うために用意された——闘技場だった。
「ここで、葛西さんの魔術を見せてもらおうと思う」