魔術クラブ3
二人は数十メートルほどの距離をもって向かい合う。
ただし、向かい合うとは言ってもいくつか障害物があるのと、スタート地点にあたる部分には全身を隠せるほどの大きさの薄い衝立があるため、雪から柊の姿は見えない。
また、残りの二人、如月や西宮も含め、ほかのクラブ生たちも手合わせをしているはずだが、周囲を取り囲むようにして設置された障害物によってその姿はほとんど見えない。
(なるほど。このためにこれだけつくってたんだ)
作っている障害物の数が随分と多いなと雪は感じていたのだが、どうやらこれでエリア毎の区切りも行っているのだとわかった。
「燈さん、私の準備は終わりましたので、いつでも始められます」
「私も大丈夫です」
その柊の言葉に、雪は手に持った片手剣サイズに作られた木剣の感触を確かめる。
燈から貸し出されたもので、錘をはめ込んで適度な重さにしているらしい。
とは言っても手にはあまり馴染まないが、それは言い訳にはならない。
雪は深呼吸を一つして、そう答える。
「それじゃあはじめようか。葛西ちゃんがはじめてだからルールだけおさらいしよう。魔術は一等級まで。相手の結界を先に壊した方の勝利だ。勝敗はブザーでわかるようになっているから、その後に攻撃し続けたら負けだ。いいかな?」
「「はい」」
「よろしい。それでは3《スリー》カウントで開始だ。3……2……1、はじめ」
燈の合図とともに雪はすぐさま、目の前の障害物の裏に姿を隠す。
今回のルール設定と戦闘エリアの広さは魔術が苦手な雪にとってはありがたいものだ。
広さはバスケットボールのコートほどだろうか、その中にランダムにサイズが様々な障害物が設置されている。
ちょうど中心部だけ障害物がなく、まるでそこで近接戦闘をやれと言わんばかりに、ぽっかりとスペースが開いている。
雪が戦いながら使える魔術はサポート系ばかりで、攻撃に向いた魔術はほぼない。
「『雪礫』」
雪がどう打って出るか悩んでいるところで、若さもあってか柊の判断は早かった。
耳に届いたその詠唱に雪はとっさに反応すると、自分の背を預けていた薄い衝立から退避する。
雪が衝立から離れた瞬間、薄い板が割れるような音が響く。
「……あぶなかった」
雪の心臓は大きく高鳴っている。
もし動けていなかったらあの一撃で雪の負けになり、中学生相手になんとも情けない姿を見せるところだっただろう。
「今度はこっちから……」
幸いにも柊からの追撃はない。
攻勢に回るため雪は魔法陣を構築する。
あらかじめ準備さえしていれば、雪でもいくつか一等級の攻撃魔術を使えるし、有り余る魔力はそれを多少待機状態にさせるくらいは訳ない。
雪は魔法陣の構築を終わらせるなり、自分の隠れている遮蔽物から一瞬だけ体を出すと、柊が最初に陣取っていた衝立に向って手を向けると、そのまま周囲の索敵をおこなう。
雪が準備している魔法は衝立を貫けるほどの威力は無いため、直接当てる必要があるのだ。
雪が警戒しながら、柊の様子をうかがっているところで、僅かな物音を雪の耳が捉える。
そして、その直後に体を遮蔽物から出した柊に向けて雪はすぐさま魔術を放つ。
「『雷光』」
雪の手のひらに浮かんだ魔法陣から一本の雷光が柊に向って伸びる。
柊は僅かに驚いた様子を見せたが、その雷に向って咄嗟に剣をかざすことで魔術を散らす。
(散らされた!?)
予想外
そして、無理な体勢で魔術を散らした柊は、そのまま隣の遮蔽物へと転がり込み、雪はその隙を逃がすまいと距離を詰める。
そんな雪の動きを読んでいた柊はすぐさま魔術を構築するとすぐさま遮蔽物から顔をだすと、雪に魔術を打ち込む。
「『氷弾』!!」
「『結界』」
だが、流石の雪もそのくらい想定済みだ。
予め構築を初めていた『結界』を目の前に展開してその攻撃を防ぐとさらに一歩前に踏み込む。
魔術では間に合わないそんな距離、柊も魔術を使うことを諦めて、右手に持った細身の木剣を構える。
その姿を認めると、雪はもう一歩大きく踏み込んで、剣を振りかぶった。