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欠陥魔術師見習いの育て方  作者: すいぃ
旧版
102/111

対抗戦に向けて

「ということで、あと二ヶ月しかありません」


「確かに対抗戦のことは俺も忘れていたな。あと二ヶ月かぁ」


 外界演習の件でバタバタしていたのと、そもそも初めから準備時間が足りていなかったこともあって、特に大学側のイベントは修も把握出来ていなかった。


「それにしても対抗戦ねぇ……。関わることはないと思っていたけどこんな形で関わるとはなぁ」


「え、そうなんですか?師匠の実力ならてっきり出られていたものだと」


「そもそも俺は魔術大学に行ってないから、出る出ない以前の問題だな」


 目を丸くする雪に修は笑う。

 相変わらず雪の修に対するイメージや評価は高い。それを嬉しく思う気持ちもあるが、知らない所で自分の評判が過剰になっていないか、修は少し心配でもあった。


「雫の師匠……風音さんが対抗戦に出られていたって聞いたのでてっきり師匠も一緒に出られていたのかと思っていました」


「ま、俺と違って風音さんはお家柄的にもエリートだからな。こっちは普通の庶民だ。ただ、競技そのものは知っているし、魔術師戦闘もやってきているからそこは教えられるはずだ」


「はい。よろしくお願いします」


 修のその言葉に雪は安心した様子を見せた。


「それで、対戦カードとかはまだ決まっていないんだろ?」


「それですが、今年は直前にしか分からないようです」


「へぇ。それはまた随分と変わったことを」


「今年からの試みだそうです。何が狙いなんでしょうか?」


 その雪の問いかけに修はうーんと唸る。

 夏の一大イベントでやるには随分と思い切った変更だ。


「狙いか……。事前の対策を取るのが難しくなることと観客の動員や視聴数が分散するって事くらいは予想できるが」


 各校の落ち着き具合を考えると、この変更はしっかりとした計画と説明の上になされたことが考えられる。そうなると魔術省あたりが絡んでいてもおかしくないし、変更の目的にも何となく見当がついた。


「となると実践志向関連か……」


「実践志向?」


 修の呟きに雪が首を傾げる。

 雪にはあまり聞きなれない言葉であり、そもそも、その言葉と今回の対抗戦の繋がりも見えなかった。


「あぁ。プロになってから実践経験を積むのではなくて、それまでの教育期間の間に実践経験を積ませるって教育方針だ」


 それにしても魔術師が活躍する現場は危険が多い。ある程度の経験値を積んでおくのとそうでないのでは、生還率が大きく変わるのだ。

 そして、国力にも直結するような重要な戦力である魔術師の早死には大きな問題として扱われている。


「それなら聞いたことがあります。外界演習も徒弟制度もその一環でしたよね。でもそれがどう関係するんですか?」


「対抗戦をより実戦に近づけるなら、いつ、どこで、誰と戦うのかが分からない環境を作る必要がある。今回の変更はそれに近い環境を作ったんじゃないか、と思うわけだ」


「なるほど。それなら納得ですね」


 映画じゃあるまいし、わざわざ事前に敵に情報をくれてやるマヌケは現実には存在しない。

 仮にいたとしても、それはあまり関わりたくない部類の色々な意味でぶっ飛んでいる者達だけだ。


「戦いの中で相手を分析して対応する力ってのは経験がものを言うことが多いからな。その訓練と考えれば、悪くない機会だな。中には経験無しのセンスだけでもどうにかできる人もいるけど」


「私の周りにもいますね。そう言う人達が……」


 雪の脳裏にはセンスだけでも何とかできそうな友人二人の顔が浮かび上がる。具体的には浩也と凛だ。彼らは特にそう言ったことに優れた魔術師だ。


「ま、前年のデータもあるだろうし、名が売れている子達は対策されるだろうけどな」


「雫もそうですよね」


「ま、そうだな。あの子の知名度なら対策まではされないとしても、ある程度の情報は知られていると思っていいだろうな」


「雫もいい成績残していますからね……」


 対抗戦の目玉競技である「TSR(チームソーサリーラウンズ)」と「SR(ソーサリーラウンズ)」は魔術競技の中でもダントツの人気を誇り、高校年代から公式大会がある。

 今回雪と雫達が出場するのはチーム戦である「TSR」であるが、雫は一対一の戦いである「SR」で優秀な成績を残している。

 高校年代のそれは大学対抗戦に比べれば人気は随分と落ちるが、それでも雫ほどの好成績を残していると話は変わる。


「そうなるとだ、重要になってくるのはそれ以外のメンバーな訳だ。天野さんと言うキーマンを軸に据えるのか、それともそれ以外の軸を置くのかは知らないが、少なくとも葛西さんを置物にしておく余裕はないだろう」


「そうですよね……」


 雪は分かりやすく苦い表情をする。

 雫は見習いの中では随一の実力を誇るが、それでも敵なしという訳ではない。

 五人チームで行われるTSRは連携や戦略も重要であり、選手の質も高い大学対抗戦では雫一人だけでどうにかなるものでもない。

 つまり、雪が置物では常に人数不利で戦うことになるわけだ。


「ま、チーム戦なんだから、葛西さん一人でどうこうする必要はないし、そんなに気負う必要はないぞ」


「そうですが、逆に何が出来るかと言われると出来ることは僅かですし、チームに貢献できるかと言うと……」


 不安げな表情を隠せない雪を前に、普段なら前向きに話をする修だが、今回はどこか悩む素振りを見せながら話を続ける。


「念の為の確認なんだが、葛西さんの班は前衛と後衛一人ずつが確定で、後の二人は割とどこでも大丈夫な感じだったよな?」


「はい。一応そのはずです」


「なら都合はいいな……」


 修の呟きを拾った雪は顔を上げる。

 今の雪は修に全幅の信頼を置いている。その修の策なら乗って後悔は無いと確信していた。


「師匠何か手があるんですか!?」


「手はあるが、結構大変だぞ?」


「大変なだけで済むなら、何も出来ないより全然マシです」


 先程まで浮かべていた不安な表情は何処へやら。

 すぐに前向きに取り組もうとする雪に、修は小さな事で悩んでいた自分に情けなさを感じて、息を吐いた。


「……ま、足踏みしていても仕方ないな。それじゃあ、まずは、葛西さんの役割をフレックス枠に変えるところからだな。そこは大丈夫か?」


「多分問題ないと思いますが、フレックス枠というと具体的にはどんな役割なんでしょう?」


「何でも屋だな。時には前衛に入るし、チームの指揮もするし、敵を揺動したり隙をついた動きも必要だ。ま、サポートの亜種みたいなものだと思えばいい」


「……それって私に務まりますか」


 大変さは気にはならないが、実力面でそれが自分に務まるかという方が雪には問題だった。

 修の説明通りの動きをするなら、全体を見て的確に行動し、状況に応じて様々な役割を担える程の実力が必要になる。

 たった数個の魔術しか使えず、競技初心者である雪には全く向いていない役割の様に雪には思えた。


「この役割に必要なのは試合のコントロールだ。だから、極論を言えば、自分が戦わなくてもチームを勝たせることができる。だから魔術師としての実力は中途半端でも構わない」


「師匠、それって……」


 雪はそこまで聞いて、修がこの役割を雪に教える事に前向きで無かったのかを察することができた。

 何故なら、これから雪が学ぶのは日比谷修という魔術師の戦い方そのものだからだ。


「気付いたみたいだな。だから、あまり乗り気では無かったんだが」


「……良いんですか?」


 雪がそう控えめに尋ねる。

 修の様な魔術師になりたい雪としては願ってもいない提案だが、それは修の方針の真逆をいく内容だ。

 修としても、極力そちらに流れる可能性は排除したかったが、それもあくまで自分の好みの話でか無い。

 それは葛西雪という魔術師の今後に大きく関わる対抗戦という舞台の天秤に乗せるには余りにも軽すぎた。


「ま、今回ばかりは仕方ないだろう。それに、自分では気が付いていないかも知れないが、葛西さんのその視野の広さと判断力はこの役割には向いている」


「本当に!?私がですか?」


 雪の内心を知らない修は、思わず敬語が外れる程の喜びを見せる雪に、その理由が分からず目を丸くする。


「あぁ。そこは自信を持って良い。それに、ルールで縛られたTSRという舞台においては、この役割ってのもただの器用貧乏では終わらないしな」


 外界演習での雪の動きを見た修からすれば、上手くいけば雪は本当に四班のキーマンになる可能性があると踏んでいた。

 なにせ、雫や上條などの実力者で固められていた四班だったとは言え、雪の動きが無ければ、全員が無事に生還することは出来なかったはずだ。

 雪のその実力は実戦においてお墨付きなのだ。


「私、師匠のようには出来ないかもしれませんが頑張ります」


「期待しているよ。ただ、それの専門家にだけなろうとはしないでくれよ」


 修はそう言って肩をすくめる。

 結局の所、あれだけ否定していた何でも屋という役割を雪にさせることになってしまった。

 雪には一つのものを極めて欲しいという修の気持ちは変わらないが、背に腹は変えられない。


 何せ、対抗戦はメディアにも大きく取り上げられる。

 雪には雪個人のプライドだけでは無く、葛西家の看板というとてつも無く大きなモノを背負っているのだ。

 ここを乗り越えられるか否かで雪の将来が大きく変わることくらい、修にも簡単に想像できた。


「という事だから、時間少ない。早速指導に移ろうか」


「はい!」


 力強く返事した雪に微笑みながら、修は外界にある工房に向かうための魔術を行使した。

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