問題は山積み2
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修の悪い予感はテストを重ねれば重ねるほど否定出来ないものへと変わっていった。
その結果というのは、雪が現場での使用を想定したスピードで魔術の構築を行うと、「攻撃魔術」は暴発し、「支援系魔術」は使い慣れた魔術であれば失敗しないというものだ。
そして、話をややこしくしているのが、指輪を起動したフリをすれば、特に「攻撃魔術」に関しては成功率が上昇することだった。
(これ、どうするか……)
修は雪のデータを色々と見ながら思案する。
今回、繰り返し行ったテストで分かったことは二つ。
まず一つ目に、魔術が失敗もしくは暴発することに対して雪が強い苦手意識を持っているということだ。特に「攻撃魔術」に対して、より強い苦手意識を持っていると考えられた。
そして二つ目に雪が指輪に依存し始めていると言うことがある。
果たして雪が暴発防止機能と指輪そのもののどちらに依存しているのかは不明だが、少なくとも指輪が無ければ、実力通りに魔術を使えない状態にあるのは事実だ。
こうなると、このまま指輪を使い続けさせるか、指輪での矯正を諦めるかの決断をしなければならない。
(どっちも一長一短ではあるが……)
修は休憩中の雪に目を向ける。
雪は壁際のベンチに腰掛けてスポーツ飲料を飲みながら、一息ついている様子だった。
少し疲れも見えるが、その表情は明らかに充実感に満ちているし、それは修の勘違いではないはずだ。
(自分で依存に気が付くはずもないし、魔術の腕もマシになっているからなぁ)
依存問題は別として、以前と比べると雪の魔術のレベルは目に見えて上がっている。
それに、一等級魔術を少し使えるようになっただけとは言え、その成長速度には目を見張るものがある。なにせ、数ヶ月前は魔力による力押しで、暴発しかけの魔術しか使えなかった訳なのだから。
現状の雪の実力は徒弟制度の弟子に求められているレベルより随分と低くはあるが、この短期間での成長と高い意欲があれば、魔術師としての将来も修が想定したものよりも随分と良いものになりそうだと思えた。
「真面目で努力家だし、その結果も出てきてる。指輪なしのトレーニングも交えながらやれば、依存は大丈夫かもな……」
今の雪を見れば、下手に指輪を取り上げる方が悪手なのは明白だろう。
だから、修は雪のやる気とポテンシャルを信じることにした。
勿論、一度依存してしまえば、そこから抜け出すのは大変であるし、魔術に関する劣等感や苦手意識の強い雪にとって、依存とは軽視できない問題である。
しかし、この状態が続くのなら、雪に成功体験を積ませ、自信を付けさせることもできるだろう。そうなれば、指輪への依存問題はおのずと解決できる筈だ。
(その為にもまずは悪癖を治さないとな)
魔術師になるなら少なくとも魔力の制御が出来ないという問題は解決しなくてはならない。
その問題を解決するのにはやはり指輪が最適であり、他の方法を探し、試すのでは二年という期間では足りない。
結局のところ、指輪を使い続けるというプラン以外は現実的ではないのだ。
「やるしかないか」
心配も不安も残るが、そればかりを気にしていても何も始まらない。
それに、師匠という立場である以上、少なくとも指導内容に関しては雪に迷いを見せないようにするのが当然の務めだ。
そんな風にして、なんとか育成方針と決心を固めた修は雪の元へと歩みを進める。
「あ、師匠……」
そんな修の姿に気が付き腰を上げようとした雪を修は手振りで座らせると、雪と一人分程のスペースを空けてベンチに腰掛けた。
「葛西さん。疲れはもう大丈夫そうか?」
「はい。バッチリです」
「なら、今後の話を少ししようか」
「はい」
雪は表情を引き締める。
「まずは、武器の話だ。繰り返しになるけど、今のところ葛西さんには長剣よりも片手剣の方が合っている。ただ、色々な面で急には移行できないから、しばらくは長剣と片手剣の両方を使ってもらうことになる。ここまで何か質問はあるか?」
「ひとつだけいいですか?相性のいい武器は一生変わらない物なんですか?」
「いい質問だな。武器との相性が変わる可能性はある。成長と共に変わるパターンが多いな。特に伸び代の多い見習いから魔術師として一人前になるまではよくあることだ。技術の向上、魔力の質の変化、魔力量の増加、変わる要因を上げればキリが無いしな」
身体的な変化ももちろんであるし、それに伴って技術も上がれば、武器の扱いも、魔力や魔術の扱いも変わってくる。そうなった時に今まで使っていた武器が合わなくなるのも自然な話だ。
「そうなんですね。それを考えると、今の間に色々なことを試すのもマイナスではないですよね?」
「そう……とも考えられるな」
修は僅かに言葉を濁す。
それにしても修のスタイルを真似ようとしている雪だ。
一応、その方向性は避けたものの、雪が頑固なのはなんとなくわかっていて、となると未だにそれを目標にしている可能性もある。
そうなった時、雪が自らそちらの方にぶれていく可能性も十分ある。それにしても無茶をすることに関しては前科があるのだから、放置はできない。
「ただ、全部が中途半端になると良くないから、どちらを主軸に置くかは考えておく必要があるぞ」
「はい。今は、片手剣をメインに扱えるようにしたいと思っています」
修はそんな雪に釘を刺すつもりだったが、雪の反応はあっさりしたものだった。
先ほどの疑念は杞憂だったのかと修は内心首を傾げながらも、次の話へと進む。
「次に魔術についてだが、こちらはやることは変わらない。魔力の制御力を向上させて、使える魔術のバリエーションを増やすことの二点に重点においていこう」
「わかりました。魔術の種類は私が個人的に選んでもいいんですか?」
「もちろんだ。ただし、これも武器の話と一緒で全部中途半端にならないように注意だけはしてくれ」
「はい。あらかじめ相談するようにします」
中途半端、良く言えば器用貧乏でもあるのだが、魔術師の中でも特にその方面に尖がってしまった希少な魔術師である修からすると、雪をその方向に進ませたくないという気持ちは強い。
仮に一人で活動するのであれば、修のスタイルは最適なのだが、現実そんなことはありえない。それぞれの分野のエキスパートを揃えて部隊やチームを作るのが現在の主流だ。
そんな訳だから、特に高位の魔術師になればなるほど、格上を打倒したり、形勢をひっくり返せるような特別な「何か」を求められる。
つまり、修は様々な面で現代で求められている魔術師象から対照的な位置にいるのだ。現状でその道を選ぶのは誤りであると言わざるを得ない。
「最後に、さっきのテストみたいに、たまに指輪の機能を介さず魔術を使う練習をしておこう」
「指輪なしですね……?わかりました」
雪はそう答えたものの、目を丸くして不思議そうな表情を浮かべながら首を傾げている。
正しい魔力の扱い方を身に着けるための器具をわざわざ外して使うメリットが雪にはわからなかった。
修にとっては予想通りの反応だ。
指導内容やその理由に納得していないようではその効率は大幅に落ちるため、しっかりとその理由も準備済みだ。
「なるべく現場に近い形で魔術を使う練習をするためだ。咄嗟に魔術を使うとき、精神的にゆとりが無い時にも魔術を使えるようにするには、指輪で制御されるよりかは失敗という結果が見えた方がいいからな」
「確かに、練習と実践は違いますもんね。その話もよく聞きます」
雪があっさり納得してくれたことに修は少し安心する。
実は別に本来であればわざわざ指輪の機能をオフにする必要はないが、指輪の機能をオフにするだけで実践感覚を養えるなら儲けものではある。
「とりあえず、こんなところか。何か質問はあるか?」
「いえ、今の所はありません」
雪は首を振ってそう答える。
(ここからだな)
とりあえずこれで、本当の意味で指導方針が決まった。
今までは、応急処置であり、ウォーミングアップだ。
ここから、修の指導と雪の頑張り次第で彼女がどこまでいけるかが決まる。
(とりあえず、俺みたいにならない様には仕向けられたが……)
師匠の様になりたい、と言われた時の修は、引き留めなければという気持ちで一杯だった。
ただそれと同時に、方針が決まっていく中で本当にこれで良かったのかという疑念も湧いてきていた。
なぜならそれは、雪の可能性を狭めていることにもなりうるからだ。
修のスタイルは理論上最強だ。
仮にそれを極めれば、どんな相手でも、環境でも、状況でも対応できる。
そして、そうなるために最も重要な物が「魔力」だと修は知っている。
理論上では、魔術を扱う技術の極みとも言える特級魔術であっても、それを上回る魔力を込めた一等級魔術なら打ち破ることができる。
つまり、雪はその境地に至ることの出来る類稀なる素質を持ち合わせているわけだ。
そこに至る確率はかなり低いとはいえ、その可能を捨てて安定を取る、と言う選択が果たして正しいのか。
修は雪の指導に際して「安定」と言う選択肢を選んだものの、結局それが正解だとは言い切れずにいた。
それに、その可能性を否定する事は、今まで彼女の可能性をしてきた人達と同じなのではないかとすら思えていた。
「し……う。師匠!」
そんな思考の海に潜っていた修の意識は雪の呼び声で浮上する。
「あぁ、すまん。少し考え事をしていた。どうした?」
「一つだけ、聞くのを忘れていました」
「自主練ってしても良いですか?」
「もちろん。ただし、やりすぎは禁止な」
「ははは。……気を付けます」
どこまでも魔術にまっすぐな雪を見ると、修は彼女の可能性に賭けたくなる。
この問題の答えはしばらく出そうにもなかった。