10話
「それで、話って?」
雪の分の紅茶を用意し、対面に座った修は、緊張で俯いたままの雪に声をかけた。
「突然、すみません――」
雪は座ったまま、頭を深く下げた。しかし、深く下げすぎた結果、ゴンッと大きな音を立てておでこを机にぶつけてしまう。おかげで、その言葉も最後まで言い切れなかった。
「――でした……」
ゆっくりと頭を上げた雪の顔は痛みと恥ずかしさで真っ赤に染まっていた。
その声も蚊の鳴くように小さかった。
「だ、大丈夫……?」
「……はい」
何ともいたたまれない空気が部屋の中に漂う。
修は咳払いを一つして、話をつづけた。
「それで、何か……話があるんだよな?」
あまり威圧感を与えないように言葉を選びながら、修は雪に問いかける。
「はい。あの……指導の開始日を前倒ししていただけませんか?」
最初は口籠ったものの、雪は修の目を真っ直ぐ見ていた。
――なるほど、そう来たか。
彼女のプロフィールを読んだ時、修はこうした申し出があることを予感していた。
ただ、それは昨日の顔合わせの時だと思っていたのだが……どちらにせよ、修の答えは決まっていた。
「申し訳ないけど、その話は受けられない」
「そ……そうですよね」
目に見えて雪の表情は暗く沈む。だがすぐに笑顔を浮かべる。
その笑顔が作りものだと、修にもすぐわかった。
「突然、すみませんでした。こ、これ以上お邪魔になるのも何ですので、ここで失礼いたします」
澱みのない言葉がすらすらと並ぶ。
雪は、この願いを断られることも想定していたのだろう。
そのまま席を立とうとした雪に、修は待ったをかけた。
「葛西さん、少し質問があるんだけど。少し待ってもらっていいかな?」
「質問……ですか?」
修は既に、彼女の問題の原因をいくつか予想しており、その対策まで立てていた。
だが、それはあくまでプロフィールからの推測にすぎない。実際に話を聞き、魔術を使う様子を確認する必要がある。
「単刀直入に聞くが、葛西さんは魔術を使うのが苦手なんだよね?」
「……はい」
「その理由については?」
雪は問いかけに少し考える素振りを見せた。
「……魔力の扱いが苦手だから、と聞いています」
「なるほど、な」
少し含みを持たせた言い方。だがそこに込められた意図を察するのは難しくない。
なぜなら、「魔力の扱いが苦手」程度で魔術が暴発することはないからだ。
一般的には、魔力が足りなければ魔術は行使できない。多すぎれば余剰分はロスするか、魔法陣にほころびが生じて不発になるだけだ。
稀に暴発が起こることもあるが、それは基本的に「魔道具」に対して使われる言葉で、人が行使する魔術に適用されるものではない。
つまり、人が魔術を使う場合に「暴発」に注意しなければならない事例は他になく、魔道具の暴発にありがちな魔力過剰供給を、無理に当てはめた結果「魔力の扱いが苦手」という説明になっているにすぎないのだ。
「まぁ、とりあえず見てみよう。何が原因なのか」
雪は少し緊張した面持ちで頷いた。