かくれんぼ
ねえ、知ってる?
夕方にかくれんぼをすると、時々、本物の鬼が紛れ込むんだって。
それでね、その本物の鬼に見つかっちゃうと……。
自分も本物の鬼にされて、どこかに連れていかれちゃうんだって。
「ねえ、かくれんぼしようよ」
最初にそう言ったのは、誰だっただろうか。
とにかく、その一言がきっかけで、私達は学校でかくれんぼをして遊ぶ事になった。
学校でのかくれんぼは、何だかちょっとワクワクする。何せ広いし、隠れる場所だっていっぱいある。
鬼になった時は大変だけど、隠れる時は、どれだけ長く隠れていられるか楽しみなんだ。
さて、今回はどこに隠れようか。
これでも私は、かくれんぼは得意な方だ。そのプライドに懸けて、一番最初に見つかるなんてドジは踏めない。
そうだ、跳び箱の中なんてどうだろう。私は小柄な方だから、きっとイケるはずだ。
私はそう決めると、すぐに体育館に向かった。
体育館には、運良く誰もいなかった。これなら私が来たかどうか、聞かれる心配はない。
すぐに体育倉庫の中に忍び込み、跳び箱の中に入る。うん、ちょっと狭いしホコリっぽいけど、ちゃんと隠れられるみたい。
しかも隙間から、外の様子を見る事も出来る。ちょっと、これって完璧な隠れ場所なんじゃない?
そう自画自賛していると、扉を開けて誰かが体育倉庫に入ってきた。あれは……良かった、鬼じゃないね。
私がいる事には、全然気付いてないみたい。倉庫の中をうろうろしながら、隠れられそうな場所を探してる。
そして結局、跳び箱の向かい側にある、ボールの入ったカゴの陰に隠れた。あーあ、あんなんじゃすぐ見つかっちゃうよ。
跳び箱に私、カゴの陰にもう一人。二人が隠れて、しばらくの時間が経つ。
聞こえるのは、自分の息の音だけ。まだかな、まだかな……。
――ガラッ。
……来た! きっと、今度こそ鬼だ!
静かな体育倉庫内に、足音が響く。やがて足音の主が、跳び箱から見える位置までやってきた。
(……!)
瞬間――私は息を飲んだ。
その子の肌は、真っ赤だった。どんなに日焼けしたって、あんな色になったりしない。
爪も、ものすごく伸びていた。あんなに爪が長かったら、先生に注意されるはずだ。
そして、何よりも――頭の上に、二本の角が生えていた。
――鬼。真っ先に、そんな単語が浮かんだ。
そういえば、聞いた事がある。夕方にかくれんぼをすると、本物の鬼が紛れ込むって。
でも、まさか、そんな。あんなの、ただの噂だって思ってたのに。
私が動けないでいる間にも、鬼はどんどん倉庫の奥に向かっていく。そして、もう一人の子が隠れている、カゴの前で立ち止まった。
「みーつけた」
「ひっ……!」
嫌な声がした。ガラスを引っ掻いた時の音によく似ていて、なのに、何を言っているかは解る。
「な、何……やだ、来ないで!」
怯えた声が上がる。私の位置からじゃ、二人が何をしてるか見えない。
ガタン。隠れていた子が、カゴにぶつかった。それから。
――急に、シンと静かになった。
(な……に、何があったの……)
静けさが怖くて、気付けば、体が震えていた。駄目だ。動いたら、私まで見つかる……!
「――さあ、いこう」
必死に体を抑え込んでいると、また、あの嫌な声がした。すると鬼が、カゴの前からゆっくりと離れていく。
(!!)
驚いて、声が出そうになった。隠れていた子の頭には――さっきまではなかったはずの、二本の角があった。
角を生やした二人は、そのまま一緒に扉の方へ歩いていき。やがて、ガラガラと扉の閉まる音がした。
倉庫の中は、またシンと静かになる。鬼が戻って来ないのが解ると、一気に涙が溢れてきた。
「何っ……なになになに何アレっ……!?」
歯がガチガチと音を立てる。震える自分の体を、痛いくらい強く抱き締めた。
鬼になった。人間だったのに。友達だったのに。鬼に見つかったら、鬼になった。
本当なんだ。あの噂、全部本当なんだ。
あの鬼に見つかった人は、本物の鬼にされて、連れてかれちゃうんだ……!
「……逃げなきゃ……」
そうだ、逃げなきゃ。かくれんぼなんて、もうどうでもいい。
鬼に見つかる前に、早く、この学校から逃げなきゃ……!
なるべく音を立てないように、慎重に、慎重に跳び箱から出る。
そっと扉を開けると、外にはやっぱり誰もいなかった。その事に、少し安心する。
ランドセルを取りに行ったり、靴に履き替えたりしてる余裕はない。もしかしたら、教室や下駄箱で待ち伏せしてるかもしれない。
お母さんにはきっと怒られるけど、このまま家に帰ろう。もう、それしかない。
私は体育館を出ると、全速力で校門まで走った。校門を越え、通学路に出ても、走って走って走り続けた。
そうして、やっと家まで辿り着いた時。安心のあまり、私はまた思い切り泣いてしまったのだった。
(……明日、学校どうしよう)
自分の部屋に飛び込んで、少しずつ気持ちも落ち着いてきて。最初に思ったのは、それだった。
きっと、皆、もう鬼にされちゃったんだろうな。友達みんないなくなったら、先生に色々聞かれるかな。
何より、あんな事があった後で、学校なんて行きたくないな……。
「……あれ?」
その時、玄関のチャイムが鳴った。お母さんはまだ帰ってきてないから、私が出ないといけない。
本当は、部屋から出たくないけど……。もし宅配便とかだったら、後で怒られちゃうから。
憂鬱な気分で、玄関に向かう。そして、ドアノブに手をかけた瞬間。
「――あけてよ」
「っ!?」
聞こえた声に、全身が固まる。この声……このガラスを引っ掻いたような声は……!
「な、何で……!」
「ねえ、あけてよ」
またあの声がした。チャイムの音が、何度も何度も響く。逃げ出したいのに、ガクガク震える足は一歩も動こうとしない。
何で。何で何で何で。何で鬼が家まで来るの!?
もう、かくれんぼしてないのに。途中で止めて帰ったのに……!
「あけて。あけて」
チャイムの音が止まない。ドアをドンドン叩く音もする。耐え切れなくなって、私は耳を塞いでその場にしゃがみ込んだ。
「かくれんぼ、まだ、おわってないよ」
塞いだ手の隙間から、そんな声が聞こえた。
鬼から逃げるには、どうしたらいいかって?
かくれんぼが終われば、帰ってくれるって話だよ。
え? どうすれば、かくれんぼは終わるのかって?
どうすればって、そりゃあ……。
全員、鬼に見つかるしかないんじゃない?
fin