009 軽々しい命
「ふーん、それが大友輝明の殺害動機ねぇ」
全てを語り終えた遥風は深く息を吸ってゆっくりと吐き出す。
懐中時計に視線を落とすと時刻は深夜1時半を回っていた。
「これでもう……良いでしょう?」
いくら目の前にいる相手が死神だとはいえ、過去の悲惨な出来事を暴露するには相当な勇気がいるだろう。
途中で何度も嗚咽を漏らしては泣き、話を中断する場面もあったが彼女は全てを俺に話してくれた。
「お前の話を聞いた限りだとお前の父親や新藤幸次郎、角谷誠二も殺害対象にしそうなものなんだが、殺すのはあくまで『大友輝明のみ』で良いってことだよな」
「……ええ。お父さんの件はもう法で裁かれたし、新藤と角谷は大友に利用されていただけってことが分かったもの。大友が死ねばあの二人も、きっともう悪さはできないだろうし」
「動画や画像のほうはどうするんだ? それらを消去させなくてもいいのかよ」
「それは……」
一瞬口を噤む遥風。
彼女の話を聞き腑に落ちない点はまだいくつかある。
「殺す以外の選択肢だっていくつかあると思うぜ。警察に被害届を出して大友を捕まえてもらって、そこから芋蔓式で新藤と角谷も――」
「それは駄目。彼の両親は富豪としても有名な経営者なのよ。芸能界にも精通しているし、噂では警察庁の長官とも知り合いらしいわ」
「んだよ、その漫画みたいな設定はよ……」
つまり遥風は警察に相談しても大友は上からの圧力で逮捕されず、その仲間達も捕えることは不可能と言いたいらしい。
さらにその芸能事務所である『AKATSUKI』にも黒い噂が流れているという。
「彼らが所属している『AKATSUKI』のバックには暴力団が絡んでいるとも聞いたことがあるわ。確かに何度か彼を事務所まで迎えに行ったときに、そういう風貌の人達を見かけたことがあったし」
「あーはいはい、もういいや、その辺の話は。単刀直入に聞くぞ」
「……何がよ」
俺は前のめりになり、飛び出る眼球を遥風の顔の近くに寄せる。
しばらく直視していた彼女だが耐えられなくなったのだろう。
ばつが悪そうに視線を徐々に逸らしていった。
「お前が今日買った『万能ナイフ』――。大友を殺すために買ったんじゃなく、俺に大友を殺させたのを見届けた後に自殺するために買ったナイフだな?」
「……」
顔を逸らしたまま表情を変えない遥風。
もう彼女は最初から計画していたのだろう。
俺が契約を破棄できないことも知ったうえで、『後始末』のこともしっかりと考えていたわけだ。
「動画や画像に執着しないのは、それらがすでにネットで広がっていることを知っているからだ。どうせ暇さえされば、そういうエロサイトをハシゴして探してたんだろう? 年齢を偽って有料サイトに入会して探したのか、それとも無料かは知らねぇけど、すごい執念だよなそれって」
「……」
「契約が完了してもお前に自殺されたら、俺にほぼ報酬が入ってこないのは分かるな?」
威圧するように俺は彼女に語り掛ける。
ここまで女子高生におちょくられたら、さすがに温厚な俺でも怒るに決まっている。
他の死神どもにも俺の赤っ恥な話題を提供する羽目にもなるし、上司である最上級死神から何を言われるか分かったもんじゃない。
「……本気で『死ぬ気だ』っつうんなら止めねぇ。ただし、大友は自分で殺せ。俺は殺らない」
顔を彼女から放し、俺は後ろを振り向いた。
そういえば昨日の夜も同じようなやり取りをした記憶があるが、やはりこのクソガキとは相性が最悪だ。
確かに彼女は悲運な人生を歩んではいるが、やはり『命』を軽んじている節がある。
簡単に殺してと頼み、簡単に死のうとする。
そんな『価値の無い命のやりとり』を死神に頼むなんざ、百年早いっつう話だ。
今回の件は破談にするしかねぇだろう。
このままこのクソガキが勝手に自殺するか、大友を殺すまで、俺は辛抱強く待つことに決めた。