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006 殺害の動機

 ――私は物心ついた頃から父親が嫌いだった。


 両親は幼い頃に離婚し、私は母方の性を名乗り生きていくことになった。

 母とは仲が良いわけでも悪いわけでもない。

 いわば普通の関係――。相談もするし喧嘩に至っては一度もしたことがなかった。


 父親が嫌いな理由は一つだ。


 あの男は私が幼少期の頃から、『性的虐待』をし続けてきたのだから――。





 『男』というものを知ったのは小学校六年生の頃だ。

 父親は仕事の関係で帰りが遅く、また共働きであったために母も帰りが遅い毎日が続いた。

 性的虐待が始まったのは小学校四年生の頃。

 深夜に疲れて帰ってきた父はすでに泥酔し、玄関で私に水を持ってくるように命令した。

 いつもと違う様子の父に驚いた私は慌てて水を用意したものの、玄関でそれをこぼしてしまい、あろうことか父に水を掛けてしまったのだ。

 これに激怒した父は私を殴った。

 私は泣きながら謝ったが父は許してくれなかった。


 その時の父の表情は今でも忘れない。

 父は怯える私に向かってゆっくりと手を伸ばした。

 

 そして私のまだ小さな胸の膨らみを弄び始めたのだ――。



 父と母は私が中学二年に上がったばかりの頃に離婚をした。

 私に対する日常的な性的虐待がついに表沙汰になり、県の職員が母に通報したのが原因だろう。

 父は私が通報者だと疑ったが、父に対する恐怖に支配されていた私がそんな行動を起こせるはずもない。

 間もなくして弁護士を通じて離婚が成立し、晴れて私は父の束縛から解放されて自由の身となった。

 周囲の人間にも私の事を知られることはなく、無事に中学を卒業した私は都内有数の名門校である城聖学園に入学することになった。


 品行方正な学園で、私は平穏な二年間を無事に過ごすことができた。

 友達はあまりできなかったが、それでもこれまでの地獄に比べたら遥かにましだった。

 しかし、高校三年に進学した頃、再び私に『不幸』が訪れることとなった。



 『大友輝明』と出会ったのはクラス分けが発表された三年生となった登校日の初日だ。

 かねてからプレイボーイとして有名で、これまで多数の女子が泣かされてきたと噂のある男だった。

 私とは縁の無い人間であり、これまでの学園生活でも特段気にしたことがない存在だった。

 そんな彼と同じクラスになり、ある日の放課後に二人きりになることがあった。

 彼は言った。

 『春日部さんっていつも大人しいけど、趣味とかあるの?』。

 私は答えた。

 『趣味は特にないけれど……最近テレビに出てる〇〇っていう俳優は気になる、かな』。

 

 普段話すことのないクラスメイトの男子に、私は精一杯背伸びして返答した。

 しかし、それが『本当の地獄』の始まりとなってしまった。


 大友は城聖学園に通う傍ら、あるモデル事務所にスカウトされ学生モデルとして仕事をこなしていた。

 その事務所は誰もが知る大手事務所で、数ある有名芸能人を何人も輩出していた。

 芸能界というものに興味など無かったが、自身の目の前にいる男子学生がモデル事務所に所属しているという事実に私は少しだけ有頂天になっていたのだと思う。

 色々と彼に質問をしていくうちに話が弾み、そのまま私は彼の家に招かれることになった。

 そしてその後も何度か彼の家で会うようになり、その頃にはお互いに親しい仲になっていた。


 しかし周囲の女子は口を揃えて皆こう言った。

 『大友君はやめておいたほうがいいよ。女癖が悪いって有名だし』、と。

 でも私は彼が噂されているような男には見えなかった。

 確かに女子に人気はあるが、家にまで招かれているのはきっと私だけ――。


 その頃はずっとそうだと信じ込んでいた。





 彼と出会ってから二ヶ月。

 私たちは付き合うことになった。

 そして彼と初めての夜を迎えた後――私は彼に『過去』を告白したのだ。

 父親に性的虐待を受けていたこと。

 それが理由で両親が離婚したこと。

 黙って聞いていた彼だが、最後には私を強く抱きしめてくれた。

 彼に過去を話してよかった――。

 そう思ったのも束の間、その日以降彼はまるで人が変わってしまった。

 父と同じように暴力を振るい。

 父と同じように私を物扱いするようになった。

 

 ある日、学校帰りにいつものように彼の家に行くと、そこには彼の友人がいた。

 一人は私達と同じ城聖学園に通う新藤幸次郎しんどうこうじろうという男子学生。

 そしてもう一人はフリーターの角谷誠二かどやせいじという男だった。

 二人とも彼と同じモデル事務所に所属しており、人気学生モデルである彼の口利きでファッション雑誌の仕事などもある程度与えてもらえるという立場だった。

 珍しく上機嫌な彼は二人に私を紹介し、そしてその日は深夜まで四人でゲームなどをして遊ぶことになった。

 朝方まで仕事で帰りの遅い母に偽りのメールを送った後、私は急激な眩暈に襲われた。

 立ち上がろうとした際に足元を掬われ、咄嗟に手を伸ばしてくれたのは角谷だった。

 ぼやける視界のまま周囲を見回すが、彼の姿は見えない。

 記憶の片隅でコンビニに出掛けると言ったまま彼がしばらく帰ってきていないことに今更ながら気付いた。


 そのまま私は角谷に手を取られ、ベッドに横たわる。

 視界の隅には新藤の姿も確認できた。

 だがその表情は先ほどまで一緒にゲームを楽しんでいた者の顔ではなかった。

 恐怖を感じ角谷の手を振り払おうとするも、その手に力が入らない。

 

 そしてそのまま私は気を失ってしまったのだ。





 目覚めたのは次の日の午後だった。

 痛む頭を押さえてスマホを確認すると母からのメールが三通ほど来ていた。

 すぐに返信し、友達の家にいるから大丈夫。心配しないでとだけ連絡した。

 記憶を遡り周囲を見回すが、そこには彼も、角谷達の姿も無い。

 しかしすぐに身体の異常を感じた。

 そして記憶の断片が蘇り、私は戦慄する。

 慌てて立ち上がり洗面所で吐き戻す。

 服を脱ぎ、浴室に駆け込み、熱いシャワーを頭から浴びた。

 震える手で全身を抱え、裸のままその場に蹲った。

 

 あの時と同じ・・・・・・――。

 

 私は睡眠薬のようなものを盛られ、角谷と新藤に犯されたのだと理解した。



 その日のうちに彼を問い詰めた。

 しかし彼は逆に激高し、私に別れの言葉を口にする。

 『お前が二人を誘ったんじゃないのか』。

 『父親からレイプされていたんだから大したことじゃないだろ』。

 彼の口から次々と発せられる言葉を聞くたびに、私の中の何かが壊れていった。

 もう終わりにしよう――。

 憔悴しきった私は昔お世話になった弁護士に相談することに決めた。


 だがそれも叶うことがなかった。



 次の日の朝、授業中にスマホに一通のメールが届いた。

 そこには画像が添付されていて、それを開いた私は驚愕する。

 スマホを持ち、慌てて教室から走り去る。

 教師に止められたが私の耳には何も入らなかった。

 差出人は不明だが、文章は一言だけ簡潔に添えられていた。

 『警察や弁護士に言ったらネットに動画と画像を拡散する』。

 中庭のベンチに倒れ込み、私は何度も画像の削除ボタンを押した。

 

 ――あの日の夜、私は動画まで撮られていたのだ。


 もう誰にも相談できない。

 母にも弁護士にも、誰にも――。


 涙が頬を伝っていく。

 しかしすぐにスマホの着信音で我に返った。

 心にぽっかりと穴が開いたまま電話に出る。

 通話口から聞こえてきたのは抑えた様子で笑う角谷の声だった。


 それから再び私に地獄のような日々が訪れることとなった。

 レイプ動画で脅された私は角谷と新藤と何度も関係を持ち、そのたびに動画や画像を撮られていった。

 何度も、死のうと思った。

 でも、死ぬ勇気が無かった。

 

 しかしある日、いつものようにホテルに連れ込まれた私に新藤が口を滑らせたのだ。

 『動画を撮るように指示を出したのは輝明だ』、と。

 それを聞いた私は絶望と共に、また別の感情が芽生えていった。


 そして、本当に全て・・を終わらせようと決意したのだ。



 『大友輝明を殺す・・・・・・・』――。



 ありとあらゆる残酷な手段を使ってでも、絶対に、彼を――。




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