005 異常な殺意
日が昇り、俺は再びあのクソガキの家の屋根に降り立った。
気が乗らないが、どちらにせよ契約を完了させない限りはあのガキの半径1km以上の距離を離れることすらできない。
当然、『標的』に俺が近づき殺すためには、契約者自らが標的の半径1km以内にまで接近しなければ不可能だ。
『大友輝明』はあのガキと同じ学園の高校生。
だったら彼女が起き出し、学園に登校したらその場ですぐに殺せばいい。
しばらく屋根で待ち、懐の懐中時計を確認する。
時計の針はちょうど8時を指していた。
そろそろあのガキが家を出発する時間だろう。
「……行ってきます」
「行ってらっしゃいハルちゃん。今夜もお母さん遅いから、夕飯は冷蔵庫にあるお惣菜を温めて食べるのよ?」
母親に見送られ、家を出るクソガキ。
……そういえばあのガキは俺の『召喚者』なのに、名前すら知らないことに今頃気付く。
俺はそのまま屋根の上で『死神の目』を発動した。
「《詳細探索》」
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【本名】春日部遥風
【国籍】日本
【年齢】17歳
【性別】女
【身長】161cm
【体重】47kg
【血液型】A型
【概要】東京都立城聖学園に通う高校二年生。
両親は離婚しており、現在は母と共に暮らしている。
友人はほぼおらず、一人で過ごすことが多い。
一目惚れしやすい性格であり、一旦恋に落ちると周りが見えなくなる性質がある。
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「あー……やっぱり」
深く溜息を吐いた俺は屋根から羽ばたき、クソガキーー遥風の後を追う。
死神は他の者に姿は見えないが、召喚者にだけはその存在を知られてしまう。
俺はできるだけ遥風と距離を保ったまま、彼女の通う学園まで後をつけて行った。
◇
四十分ほど経過し、遥風は城聖学園に到着した。
生徒の男女比率は五分五分。教師も若い者が多い印象を受ける。
俺は遥風を確認できそうな場所を探し、一度高く飛び立った。
学園全体の敷地面積は都内にしては広い方だろう。
遥風が入っていた校舎から少し離れた場所に野球部のグラウンドがある。
そこの物置小屋に降り立ち校舎に視線を凝らすと、窓から遥風の姿が確認できた。
ここならば彼女に見つからず、監視することも可能だろう。
「……? あいつは……?」
窓辺に一瞬だけ映った男子学生。
他にもニ、三人引き連れていたため一瞬だったが、あれは間違いなく『標的』である大友輝明だろう。
遥風と同じクラスとは好都合だ。
これならば二人同時に監視することができる。
「……なーるほど」
大友が友人と一緒に現れると明らかに遥風の表情が強張った。
……いや、『強張る』という表現は正確ではない。
あれは完全なる『殺意』だ。
遥風はぐっと拳を握り締めて衝動を抑えようと必死になっているのが分かる。
しかし周囲の人間は誰もその殺意に気付きもしない。
教師も平然とした顔で朝のホームルームを開始し、生徒らは次々と席に着く。
「おいおい……。急にナイフとか取り出したりしないだろうな……」
遥風の、あの異常なまでの殺意の理由が俺には分からなかった。
もはやただの『痴情のもつれ』とは到底思えない。
一体、彼女と大友の間で何があったのだろう。
俺はその後もずっと彼女を監視した。