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039 麻薬と死神

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 ――『G2』。

 正式名称は『Gift of the fallen god』。直訳で『落ちた神の贈り物』。隠語は『死神』。

 令和の時代に入り急速に国内で広まっている麻薬。

 主成分の三割は乾燥させた芥子の実の果汁が含有されている。他七割の成分は不明。

 最初にこの麻薬が発見されたのは、1999年、県警による大規模な全国麻薬捜査の一環で暴力団から押収。

 芥子の実から抽出され合成されたオピオイドは鎮痛作用や陶酔作用があるが、G2はそれとは別に中枢神経へ異常なプリオン蛋白質が沈着し、クロイツフェルト・ヤコブ病に似た症状を発することが分かっている。

 2006年4月、このG2を摂取した若い男女二人が錯乱症状を起こし互いに殺し合うという事件が起きた。

 事件の目撃者の情報によると、レストランで突然錯乱した二人の男女が互いにフォークとナイフを構え、お互いの身体を刺し合い、終いには生きたままの互いの肉を貪りあうという奇妙な事件である。

 県警は生き残った男性を確保したが、直後に発作症状により死亡。

 検視の結果、二人の男女共に中枢神経系に無数の穴が開いており、伝達性海綿状脳症と診断。

 突如起きた人格変化や人肉嗜好などはこれに当たるものとして捜査は終了した。

 現時点(令和四年)によるG2の生産量は国内だけでおよそ200tと推定されており、警視庁はその出所を調べるとともに、成分の研究解明を推し進めている。

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「……人肉嗜好……」


 俺は遥風から届いたメールのリンク先の情報を調べ、スマホの画面を閉じた。

 彼女が得たこの情報は、間違いなく天神村の『闇』に直結する情報だろう。

 恐らく出所は、あの工場――『尾長製薬工業天神村工場』でほぼ確定だろう。


「一気にこの村がキナ臭くなってきたがったぜ……。いや、元々ヤバい村なのは知っていたが」


 首の骨を鳴らし、俺は大きく肩を回す。

 相変わらず今日子は古い民家や神社などをフィルムに収めるのに躍起になっている。

 あと十五分もしないうちに遥風は宿に戻ってくるだろうから、そろそろこちらも切り上げてもらわないと待ち合わせの時間に遅れてしまいそうだ。


「あわわ……! 『この先立ち入り禁止区域』……! このおぞましい、プンプンと臭う事件の香りに私は誘われてゆく……!」


「あ、おい! その民家は勝手に入ったら駄目だろう! もうそろそろ時間だから帰るぞ、今日子!」


「えー? もうちょっとだけ、ここだけちょこーーっと写真撮らせてもらうだけだから。ね?」


「『ね?』……じゃねぇ! こんな人気の無い場所で女が一人で写真構えてうろついてたら、怪しまれるに決まってんだろうが!」


 さすがに堪忍袋の緒が切れた俺は、今日子の襟首を持ち上げて強制送還の準備に入った。

 ただでさえ遥風のことが気になるというのに、この女二人は警戒心というものが無いのだろうか。


「あー、もう離してよー。ここで最後だからー。……て、あれ? ねえ翔太君、あそこ……」


「ああ? もう騙されねぇぞ。帰るっつったら帰る――」


 そこで俺の言葉は止まってしまう。

 何故なら今日子が指差した先にある荒れた民家の玄関前にある表札に『八神』という擦れた文字が見えたからだ。


「ここって……もしかして?」


「……ああ。その『もしかして』、かもな」


 今日子を降ろし、俺は周囲に視線を凝らす。

 念のために『死神の目』を発動するが、どうやら目視できる範囲に人はいないようだ。


「八神祐介さんの家というよりも、八神唯さんの実家……ってことだよね。きっと」


 今日子からゴクリと生唾を飲む音が聞こえてくる。

 民家の周囲は立ち入り禁止のテープで雑に巻かれており、もう何年も人の出入りが無いことを窺わせた。


「お前はここにいろ。誰か来たら観光客のふりをしてろよ」


「あ、ずるーい~! 私も入りたーいー!」


「駄目だ。絶対に、駄目」


「ううぅ……。ここまで来てお預けなんて……。でもなんかちょっと、ドキドキしちゃう……」



 何故か頬を高揚させた今日子を無視し、俺は立ち入り禁止の札をすり抜けて民家の敷地へと入って行った。

 




 草木が茂り、家の屋根まで覆ってしまった廃墟となった民家。

 辛うじて『八神』の表札が残っているが、雨風に晒されたまま窓ガラスも全て割れ、ここからでも家の中が荒れ放題となっているのが分かる。

 俺はゆっくりと玄関をすり抜け家の中へと進む。


 床は腐食しており、予想通り何年も人が入った形跡は無い。

 玄関の廊下をまっすぐに進むと、突き当りで左右に廊下が分かれた。

 俺は右の廊下を進み、その途中にある各部屋の様子を調べる。


「何もない……か。まあ念のために調べてるだけだから、別に何も見つからなくても……ん?」


 一番奥の部屋に到着すると、そこだけは何故か綺麗に片づけられた書庫が現れた。

 俺は部屋の中に入り本を手に取ってパラパラと捲る。

 並べられた本のほとんどがこの村の歴史に関するもので、その他は経済の本や遺伝子の研究に関する本など様々だ。

 八神唯の父である八神幸三は歴史学者か大学の教員でもしていたのだろうか。

 一家全員で蓮常寺家の執事をやっていたことを考えると、仕事を辞め蓮常寺家に仕えるまでの間に、何らかの経緯があったのだろうと推察できる。


 膨大な書物が置かれた書庫をぐるりと回ると、一際異彩を放つ一冊の書物を発見した。

 その本はかなり分厚く、そして何故か背表紙は黒塗りされていて何の本なのかは分からない。

 俺はそれを書棚引き抜き、近くにあった机の上に置いた。


「……『人喰いの呪い』?」


 分厚いページを捲っていくと、そこにはカニバリズムに関する記事や人肉嗜好に関する内容。

 そして脳に与える影響や遺伝子変異に関しての様々な記事が切り抜かれ、綺麗にファイリングされていた。

 一番最初のページには八神幸三の直筆なのだろう、『人喰いの呪い』というタイトルが筆で書かれているのが特徴的だった。


 ――ここでも『人肉嗜好』だ。

 死神の中には人の肉を好む者も多くいるが、現代の人間界ではあまりこういうキーワードは聞いたことが無い。

 あるとすれば異常犯罪者や、宗教に纏わる儀式くらいなものだろうか。


「……いや、待てよ。『落ち神』……。『落ちた神の贈り物』……。七割が成分が不明……。突然の人格変化、人肉嗜好……」


 俺の脳裏に一つの仮説が浮上する。

 

 もしもその仮説が・・・・・・・・正しかったとしたら・・・・・・・・・八神が自身の・・・・・・家族の殺害を・・・・・・死神に依頼した・・・・・・・理由とは・・・・――。



『あ、ちょっと! 翔太君、こっちに来て!!』


「!!」



 家の外から今日子の声が聞こえ、俺は慌てて民家を飛び出して行った。




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