004 死神契約書
「……あー、クソ。やっちまった」
深夜一時をとうに過ぎているというのに都会の夜は人通りが減る気配はない。
俺は懐中時計を服に仕舞い込み悪態を吐く。
「久しぶりの召喚だったらすっかり『契約』のことを忘れてたぜ……」
人気の少ない神社の鳥居の上に降り立ち、俺は深く溜息を吐く。
そして懐から死神契約書のマニュアルを取り出し、分厚い冊子に書かれた規約を確認する。
『死神は召喚者から提示された契約内容を実行・完了するまでは魔界に戻ることはできない』。
『死神は何時、いかなる時も、契約者から半径1km以上離れることはできない』。
つまり俺はあのクソガキの願いを叶えるまでは魔界に戻ることも、あのガキから一定距離以上離れることもできないわけだ。
『自殺ほう助』の件は契約内容に含まれていないため契約実行には至らないが、『殺人依頼』の件は召喚者が依頼をした時点で契約が成立する。
いくら俺が断ったところで意味など無い。
すでに俺とあのクソガキとで主従関係は成立しているというわけだ。
「はぁ……。面倒くせぇな……。何で俺があんな小便クセェ女なんかに……」
思えば昔から女子高生という生き物に対して良い思い出など皆無だった。
高校時代はまるで生ゴミのような扱いを受けていたし、酷いときは女子グループからイジメを受けるときもあった。
その頃から俺は女性恐怖症に陥り、以後一切女とは関わらないように生きてきたくらいだ。
そんな俺が現役女子高生から死神として召喚される――。
本当にこの世もあの世も、どこもかしこも地獄だらけだ。
「一週間以内に指定の相手を殺さねぇと、また地獄の独房に入れられちまう……。クソ、やるしかねぇか……」
俺は懐から一枚の写真を取り出した。
先ほどあのクソガキから受け取った『標的』の写真だ。
咄嗟にあの部屋の窓から飛び出してきたから返しそびれていただけなのだが――。
「《詳細探索》」
『死神の目』を発動し、写真に写る男子学生に関する簡易的な情報を空間に浮かび上がらせる。
まずは相手がどういう人物かを知り、殺すに足る人物かを吟味しなくてはならない。
……こんなことをやっているから、俺はいつまで経っても最下級死神から抜け出せないのだが。
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【本名】大友輝明
【国籍】日本
【年齢】18歳
【性別】男
【身長】178cm
【体重】61kg
【血液型】AB型
【概要】モデル事務所『AKATSUKI』に所属する男子高校生。
両親は共に経営者として海外で仕事をしている。
業界の友人も多く、卒業後は芸能界への道が約束されている。
女癖が悪く、常に別の女性を傍らに連れている。
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「あー……」
浮かび上がった詳細を確認した俺はそのままボサボサの髪を掻きむしった。
あのクソガキの殺害動機はつまり『痴情のもつれ』ということなのだろう。
この大友という男に弄ばれたか、振られたか。
そんなことで死神を召喚し、自分を殺してくれだの男を殺せだのと命令する。
「ホントにクソだな……。見るんじゃなかったぜ……」
気分が悪くなった俺は『死神の目』を解除し、空に飛び立つ。
あのクソガキの元に戻り説教の一つでもしてやろうかと思ったが、俺の脳裏に先ほどのあのガキの涙が浮かび上がり、それを止める。
俺はイライラが積もり積もったまま、明け方まで空を徘徊し続けた。