031 思惑の交差
「倒……した、の?」
あまりにも壮絶な最期を遂げた大友を目の当たりにした遥風は脱力し、その場にへたり込んでしまう。
俺も彼女と一緒に地べたに転がり込み、大きく息を吐いた。
「……ああ、そうらしい。これで全部、終わったな」
とにかく俺はもう、休みたかった。
これから先のことはそのときに考えればいい。
今はただ、遥風が無事に生き永らえてくれただけで、それだけで満足だ。
それ以上のことは何も望まない。
「遥風!」
エントランスホールの奥から彼女の名を呼ぶ声が聞こえてくる。
そこには涙を流し駆け寄ってくる木浦今日子の姿があった。
「今日子……!」
「遥風ぁ……遥風ぁぁ……! うわあぁぁぁん!!」
遥風の元に駆け付け、その場で二人は抱き合い泣き崩れてしまう。
すぐ横に死神がいることもお構いなしだ。
……まあ今日子には俺の姿が見えないのだから仕方がないが。
「……グスン。こっちの死神は良い死神で合ってるよね、遥風?」
「え……? あ、うん、そうだけど……。今日子、翔太のことが見えてるの?」
「いや見えてんのかよ! ……そういえば、そこの姉ちゃん、大友の姿も見えてたよな……? どういう原理だ……?」
そう言い俺が首を傾げているところに、八神が手を叩きながら登場した。
「おめでとう、鈴木翔太君。君なら必ず大友輝明を倒してくれると信じていたよ」
「……うわ、出た……。遥風、どうやらまだ全部は終わっていないみたいだぜ」
俺は立ち上がり、八神と対面する。
休みたいのは山々だが、奴には聞きたいことがごまんとあった。
遥風も今日子を慰めながらゆっくりと立ち上がる。
「はは、お化けみたいに言わないでくれるかい? とりあえずこの場からは出よう。精神衛生上良くないだろうから」
「……まあ、確かに」
周囲に目を向けると、そこら中に大友に殺害された人々の臓腑やら手足が転がったままだ。
この惨劇の中でゆっくりと話をしていたら、それこそ精神を疑われてしまう。
それに、静かになったエントランスホールを確認しに戻って来る連中もいるかもしれない。
これ以上面倒事に巻き込まれる前に、どこか落ち着いて話が出来る場所に移動した方が良いだろう。
「僕の部屋に向かおう。――あまり時間は無いけれど、ね」
「?」
八神が最後に何を言ったか聞き取れなかったが、奴は俺達を素通りしてさっさとホールを出て行ってしまった。
慌ててその後を追う俺達三人。
奴の部屋はホールから一番近い場所にあるから、道中で人に会う可能性も少ないだろう。
とにかく今は、早く落ち着ける環境にこの二人を届けてやるのが先決だろう。
俺達は黙々と歩く八神の後を追った。
◇
八神の部屋に辿り着いた俺達は、まず二人を一緒にシャワールームへと向かわせた。
あの血だらけの格好では気持ちも落ち着かないだろう。
いつの間にか八神は二人分のルームウェアを用意し、脱衣所の前にそっと置いてくれた。
「……これでしばらくは二人で話が出来るね、鈴木翔太君」
ソファに深く座り足を組みながら八神はそう言った。
「野郎と二人っきりで話をする趣味なんて、これっぽっちもねぇんだがな」
俺がそう皮肉を言うと、奴は嬉しそうに微笑む。
その笑みはいつもの八神の、あの笑みだ。
機械的なものではなく、人間味の溢れた優しい笑み――。
「『聞きたいことが山ほどある』っていう顔をしているね、鈴木翔太君。僕が答えられることならば、何でも答えるよ」
「ああ、そうしてもらおうか。じゃあ、まずは『これ』だ」
俺は『死神の目』を発動し、空間に自身のスキルのうちの一つを表示する。
当然、俺が映し出したのは、この能力――。
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【魔神呪殺】
神を殺すことができる唯一無二の能力。対象の神の『核』を破壊し存在を消滅させる。
【発動条件】
①対象者に自身の名(真名)を名乗らせる
②過去に対象者が犯した罪の中で、最も残忍だと思うものを本人の口から語らせる
③今ではそれを後悔しているかどうかの質問をし、対象者が『後悔をしていない』と答えた瞬間に能力が発動する
【その他条件】
①この能力を獲得するには他者の命を助け、その者の寿命を延ばす行為をしなければならない
②この能力は最上級死神にしか使用することはできない。能力の詳細事項の開示も不可能。
③対象者が過去に何一つ罪を犯していない場合、能力を発動した者自身の『核』が破壊される
④対象者が『後悔をしている』と答えた場合も、同じく能力を発動した者自身の『核』が破壊される
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「このスキルは、俺が遥風の寿命を延ばした時に獲得したものだ。彼女は今から一年前の5月31日――。『大河原哲也』という名の、彼女の担任教師に襲われて死ぬ運命にあった」
俺は当時の記憶を遡る。
大友を殺害した俺は『殺人罪』で魔界に強制連行され、裁判に掛けられた。
そして懲役百年の刑を言い渡され、独房へ投獄された。
「俺は彼女の寿命を知らずに、大友を殺害した。だが、そのことをジェロモ・クレインはなぜか、知っている素振りだった。……それは、なぜだ?」
「ふふ、そこから質問するってことは、君はもう気付いているってことじゃないのかい?」
「……茶番はもう良い。俺の質問に答えろよ、八神祐介」
俺は八神を睨み、先を促す。
奴がジェロモと結託し、俺に『落ち神』とやらを倒させようしているのは事実だろう。
そのためには俺が獲得した『神殺し』の力が必須となる。
奴の能力である『等価変換』により定理が捻じ曲げられ、俺が獲得した神殺しのスキルの全貌が明らかになったわけだが――。
――何故、ジェロモは俺が獲得したスキルが『神殺し』の力だと分かったのか。
答えはきっと、一つしかない――。
「……ジェロモ・クレインには昔、大切な友人がいたんだ」
ぽつり、と八神は語り出した。
それはきっと、俺が想像していたものと同じものなのだろう。
「彼も元は人間なのさ。君と同じ、ね。不慮の事故により死亡した彼は、女神に召喚され『神』への道を選んだ。まあ、神とは言ってもあの女神の斡旋先だからね。『死神』しか選択肢は無いのは君も知っての通りだ」
俺は何も答えずに、八神の話の続きを聞く。
「時を同じくして、もう一人『死神』にされた人間がいた。まだ死神になりたての二人は当然、右も左も分からず、お互いに協力して魔界という劣悪な環境でどうにか過ごすことができた。でもある日、その友人は人間界に召喚された。そして――そこで禁忌を犯した」
「……人間を、救ったんだな?」
「ああ。君が春日部遥風さんを救ったように、彼もまた、とある村に住む人間を救い、寿命を延ばしてしまったんだ。しかしその瞬間、彼の身に変化が起きた」
「……『神殺し』の力を、獲得した……」
俺がそう答えると八神は首を縦に振った。
ここまでは俺が予想していた通りの話だ。
思えばジェロモは俺が死神になってから約十年間、ずっと俺を気に掛けていた節がある。
恐らく、その友人とやらが俺と似ていたからなのだと想像が付いた。
「その友人は『殺人罪』で投獄され、ジェロモは彼のために最上級死神に情状酌量を求めた。しかし刑が軽くなることはなく、二人が諦めかけていたその頃、事件が起きてしまった」
「事件?」
「……ああ。彼の友人が獲得したスキルが『神殺し』の能力であることに、最上級死神――ネルガル・ザヘルモートが気付いてしまったんだよ。当時、二人はまだこの能力が『神殺し』の力であることは当然、知らない。何故だか君にも分かるだろう?」
「……【その他条件】だな。『神殺し』の力は最上級死神にしか能力の詳細が分からず、使用することもできない――」
「御名答。ネルガルは独房の看守に賄賂を渡し、秘密裏にその友人を脱獄させ、自身の住まう宮殿に呼び出した。そこで彼を殺し、彼の持つ『神殺し』の力を奪うつもりだったんだ。――だが、失敗した」
「失敗した?」
「『神殺し』の力を獲得するには【その他条件】のうちの①を満たさなければならない。最上級死神ともあろう者が他者の命を救うなんて行為が出来るはずが無いだろう? 『神殺し』の力を奪い損ねたネルガルは、次にまた同じような『禁忌』を犯す死神を何十年と待ち続けた。そして――」
「――俺がその力を獲得した、か。……やっと繋がったぜ。あのネルガルが俺を牢から出して、再び人間界に向かわせた『理由』が」
恐らくネルガルは、ジェロモから全てを聞いているのだろう。
俺が『神殺し』の力を獲得し、その能力の全貌を知らないことを。
そして、死神となった大友輝明を下界に向かわせ、俺と八神を尾行させる。
俺は八神との契約を断り、そこで大友が再契約を申し出る。
遥風を救うために俺は八神と協力し『神殺しの力』を発動し、大友を消滅させる――。
全ては最上級死神ネルガル・ザヘルモートの仕組んだ罠だったということだ。
もしかしたら、あの女神までもがこの件に一枚嚙んでいる可能性すらあるだろう。
大友輝明を唆し、死神へと転生させ、俺と遥風の前に再び姿を現すように――。
「ネルガルは今度こそ失敗しないようにと、準備を進めているよ。魔界に戻ったら君は間違いなく奴に『神殺し』の力を奪われる」
「……大体読めたぜ。今度はお前のその能力――『等価変換』を使って、【その他条件】の①の内容を変換させ、俺から確実に能力を奪う気でいるっつうわけだ」
「ふふ、君も頭の回転が早くなってきたね。だったらもう分かるだろう? 僕ではなく、ジェロモのほうの計画も」
八神はソファから身を起こし、俺に顔を近づけてこう囁いた。
「彼の目的もまた、僕と同じ『復讐』さ。最上級死神――『ネルガル・ザヘルモート』を魔界から消滅させるための、ね」




