030 消滅の悪魔
魔界の扉が開き、俺は瞬時に別の場所へと移動した。
大友は予想通り俺が瞬間移動をした場所に釣られ、追って来る。
『……あぁ? 遥風がいねぇ……?』
俺の腕の中に遥風が居ないことに気付いた大友はゆっくりと周囲を見回した。
そして元の場所に彼女が立っていることを確認し、ニヤリと顔を歪めた大友は彼女の元へと歩いていく。
『くく、流石にもう逃げるのを諦めたかぁぁ遥風ぁぁぁ……。それとも出来損ないの死神に愛想でも尽かされたのかぁ? くははは! 死神でさえ、てめぇみたいなクソビッチを相手にするのも嫌らしいな! けひゃひゃひゃははは!!』
大友は『死神の鎌』を構え、大声で笑い声を上げた。
俺は遥風を信じ、何も言わずにただ成り行きを見守ることに徹する。
ここでもしも、遥風が殺されたら――。
きっと俺はもう元の自分には戻れないだろう。
「……ねえ、輝明。もう、やめようよ、こんなこと」
『……あん?』
遥風はまっすぐに奴を見据え、震える拳を抑えて語り出す。
「貴方は散々私を利用し、そして周囲を利用してやりたい放題に生きてきた。……でも私は、貴方のことを本当に愛していたわ。私の『過去』を受け止めてくれて、私のことを理解してくれた貴方を、心の底から、愛していた」
遥風の言葉が、俺の心に刃のように突き刺さる。
これはきっと彼女の本音だろう。
だからこそ彼女は大友が許せなかったのだ。
自我が崩壊しそうなほど悩み抜き、そして自ら死を選択する前に、死神を召喚した。
まだ未成年だった彼女の葛藤がどれほどのものだったのか――。
俺には想像がつかないほどの『憎悪』と『殺意』だったのだろう。
『……心の底から……愛していた……?』
大友は歩みを止め、構えていた『死神の鎌』を降ろす。
そして頭を垂れ、その場で小さく震え出した。
「ええ、そうよ。だからもう、やめて。私を恨んでいるのならば、私だけを殺せばいいわ。他の人は関係ない。今からでも八神さんとの契約を破棄して、船に乗っている皆を解放――」
『ぎゃひゃひゃはははは!! 俺を愛してたから、お前だけを殺して、後は全員解放しろだぁ!? ひひ……ひはははは!! 笑わせてくれるよなぁぁ……! やっぱお前は、頭の中までお花畑のクソビッチだよ遥風ああぁぁぁ!!!』
「っ!――」
『お前の事なんざ、今更どうだっていいに決まってんだろうがぁぁ!! 俺はもう神に生まれ変わったんだぜぇぇ? ここにいる全員を殺して、俺は一気に魔界で成り上がり、最上級死神になって世界を支配してやる……!! 虫けらどもは俺の足元で這いつくばっていればいい! ……そういえば遥風、お前もよく俺の足元で這いつくばってたっけなぁ?』
再び鎌を持ち上げた大友は、ゆっくりと遥風の元に歩み始めた。
もう、時間が無い――。
このままだと遥風は本当に――。
『けひゃひゃ、あれは本当に笑ったぜぇぇ? お前を角谷と新藤に犯させてスマホで撮影して、その姿を俺と愛が麻薬をやりながら一緒に眺めてた日のことを覚えてるか……? あの日、お前は奴らに犯された後に、俺に泣きながら『許してくださいぃぃ…!』とか懇願して、俺が足を舐めたらもう許してやると嘘を言ったら、それを信じて本当に足の指をペロペロと犬みたいに舐めてやがってよぅ……! あまりにも気持ち悪いからお前の頭をそのまま足で踏みつけてやったら、クソガキみたいに大泣きしやがってよぅ! 愛がそれを見ててめちゃくちゃツボってて、何度も写メしてたよなぁ?』
「……」
俺はもう居ても立ってもいられず、その場から動こうとした。
しかし、遥風は目線でそれを制す。
――そうか。
これで『二つ目の条件』はクリアした――。
後は――。
「……あの時は、本当に辛かったわ。でも、もう私はそれを乗り越えたの。貴方のことも、今ならきっと私は許せる――。だから、聞くわ」
『あぁ……?』
そして、『三つ目の条件』を遥風ははっきりと口にした。
「貴方は今、そのことを後悔している?」
『…………』
大友はゆっくりと首を傾げ、遥風をまじまじと眺めている。
ここで奴が何も答えなかったら、それで俺達はもう終わりだ。
そして答えが間違っていても、俺達は終わってしまう――。
『……ば……』
大友が口を開いた。
俺は息を呑み、奴の回答を待つ。
『ばあああぁぁぁぁぁかぁぁぁぁぁか、お前はぁぁぁぁ!!!! げひゃひゃひゃひゃはは!!! 後悔なんざ、これーーーーーーっぽっちもするわけねぇだろうがよぉぉ!!!! ひゃはははははは!!!!!』
――条件クリア。
俺はもう、止まる必要はない
――。
「――《魔神呪殺》」
『…………は?』
神殺しのスキルを発動し、地面を蹴った俺は瞬時に大友をすり抜けて行った。
そしてそのままの遥風を抱きしめる。
「…………翔太」
「ああ、よくやった。もう何も言うな」
「……うん」
遥風は俺の胸に顔を埋める。
その姿を見て大友が何かを言おうと一歩前へと進んだ。
――ポトリ。
『あ……? 何だ、こりゃ……』
奴は自身の胸の辺りを触って首を傾げている。
しかしも、そこにあるはずの物はこの世界から消滅している。
『し……し……心臓……? あれ……無い……ない……』
「……死神に心臓なんてあるわけがないだろう。お前の中から消滅したのは、『死神の核』だ」
『死神の……核?』
ポトリ、ポトリと滴り落ちていくのは奴の血ではない。
大きく穴が開いた胸から、破片のようなものが剥がれ落ちているのだ。
『死神の核』を消失した奴はすでに、中身を失った死神の残りカスーー。
『……無い……無い無い無い……俺の、核が……死神の……核、が……。あ……あああああああ………。
無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い、無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い、無い、無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い、無い無い無い無い無い無い無無無無無無無無無無無、無無無無無無無無むむむむむむむむ、むむむむむむ、むむむむむむむむむ――――』
大友の腹が、腕が、肩が、膝が、腿が、足が。
手首が、指が、指が、内臓が、骨が。
次々と消滅していく。
『――死……っ』
首だけになった大友が最期に何かを言おうとした瞬間。
異空間の扉が開き、巨大なクジラのような生き物が大口を開け、奴の頭を一飲みしてしまう。
そしてそのクジラが雑巾絞りのように捩じれたかと思った直後、再び異空間の扉が開き――。
――大友は完全にこの世界から消滅したのだった。




