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029 殺戮の舞台

 エントランスホールへと足を踏み入れた俺は、そのあまりにも無残な光景に声を失った。

 真っ赤な・・・・世界・・――。

 もはや人が人の形をしておらず、無残にもバラバラに切り刻まれていた。


『くくく……くはははは! 遅いぃぃぃ……遅いぞ鈴木翔太ぁぁぁ……! 待ちわびて暇つぶしに五百人くらい殺しちまったじゃねぇかぁぁ……。ひひ……ひひゃひゃはははは!!!』


 大友の雄叫びのような笑い声がホールに響き渡る。

 奴に髪の毛を鷲掴みにされたままの今日子はすでに生気を失っているようだった。

 全身が血塗れで息も絶え絶えの様子だが、恐らくあれは別の人間の返り血だろう。

 八神の言っていたとおり、大友はまだ・・今日子には手を出していない――。


「……その子を放せ」


『はあぁぁ!? 何だってぇぇぇ!? 聞こえねぇなぁぁ……? 出来損ないの死神君よぅぅ……! げひゃひゃははははは!!!』


 すでに勝ちを確信しているのか。

 それとも大量殺人に酔いしれて正気を失っているのか。

 大友は猟奇的な表情を浮かべたまま『死神の鎌』を具現化し、今日子の喉元へと刃を触れさせる。


「ひっ……!?」


『遥風を出せよ、鈴木翔太ぁぁぁ!! さっさとしねぇと、このクソ女の首を刎ねちまうぜぇぇ??』


 刃が首筋をかすめ、そこに赤い線が引かれていった。

 ゆっくりと流れ落ちる血液は彼女の死を暗示しているかのようだ。


「やめて!! 私は……私はここに、いるから……」


 俺の背後から隠れるように姿を現した遥風。

 彼女に視線を向けニヤリと口元を歪める大友。


『黒眼帯の兄ちゃんもいるんだろうぅぅ?? 用が済んだのなら、お前はさっさとこっちに戻って来いよぉぉ……! 遥風を探すだけなのに、一体どんだけ時間が掛かってんだ、てめぇはよぉぉ! 舐めてっとマジぶっ殺すぞぉぉぉ?』


「おっと。別に隠れていたわけじゃないよ。ただね、ちょっと事情が変わってさ」


『事情が変わった、だぁ??』


 大友に呼ばれ両手を上げたまま奴の元に歩んでいく八神。

 平然な顔のまま奴に近付いていく八神もよっぽどだが、やはり大友も警戒しているのか眉を顰めている。

 俺はじっと奴の動向を注視し、発動条件を満たすための準備に入る。


「実はね……あの二人。君を倒すための良い方法を思い付いたらしいんだ」


「お、っちょ、お前!!」

「え……? どうして……?」


 まさかの展開に俺と遥風は同時に声を上げた。

 ここにきて八神は、俺達を嵌めた……?


『ほうぅ……? それは面白そうな話だなぁぁ、おい。俺を、倒す? ……けひゃひゃはは!! 面白れぇ、どうやって倒すっつうんだよ!! 神だぞ、俺は!! 大友輝明という人間から神へと成り上がった俺を倒せる奴なんざいるわけねぇだろうがあぁぁぁぁ!!!』


 今日子を放り投げ、興奮さながらに死神の鎌を天に向け吠える大友。

 すんでのところで彼女を支えた八神は上着を脱ぎ、そっと彼女の肩に掛けてやる。

 そして少しだけ口元に笑みを浮かべ、俺と遥風にだけ分かるようにこう呟いた。


「……一つ目の・・・・条件をクリアだ・・・・・・・。あとは君達次第だよ」


 そして八神は今日子の肩を持ち、ホールの奥へと向かおうとする。


『おいおいてめぇ、勝手に何してやがんだぁぁ??』


「この子はもういいだろう。どうせ君は契約に従い、いずれ全員殺すんだ。この船から逃げることは不可能だし、それに神である君を倒そうという馬鹿がせっかく目の前にいるだろう? 邪魔者は隅でじっとして、物事の成り行きを静かに見守るさ」


 そう言った八神は制止する大友の言葉を無視し、奥へと進んでいった。

 首を傾げたまま八神を睨み続けていた大友だったが、悪態を吐くだけで特に追う様子もないみたいだ。

 これで今日子の安全は一旦守られる形となった。

 俺は遥風と視線を合わせ、 『二つ目の条件』をクリアするための準備に入る。


『……まあいい。黒眼帯の兄ちゃんの言う通り、どうせ全員殺すんだからなぁ。……で? 出来損ないの翔太君と淫乱クソ女の遥風ちゃんは、どうやって俺を倒そうとしてるんだぁぁ? くく……けひゃひゃははは!! 出来るわけねぇとは思うが……俺だって死神を侮るほど馬鹿じゃねぇ……!!!』


「!! 遥風、危ねぇ!!!」


「え――」


 俺達の油断を誘い、瞬時に死神の鎌を放り投げてきた大友。

 まるでブーメランのように飛んできた鎌は正確に遥風を捉えていた。

 俺は彼女を抱き、死神の能力を発動する。

 『死神の翼』――。

 瞬時にその場から消え、一定空間の別の場所に移動する死神のスキルだ。


『へぇ……。さすがは十年も死神をやってるだけのことはあるなぁ……。くく、でもよぅ……! そんなちゃっちい能力なんざ、俺でも使えるんだよカスがああぁぁぁ!!!』


「くっ――!」


 エントランスホールの入り口とは反対側の出口の前まで遥風を抱えて瞬間移動した俺だったが、すぐさま同じスキルを発動した大友が俺達を追ってくる。

 このまま遥風を庇いながら奴と戦うのは至難の業だろう。

 それ以前に死神同士が戦った所でお互いに傷一つ付けることなどできやしない。

 奴が狙っているのは俺ではなく、あくまで遥風――。

 どう考えても勝負にはならない。


『オラオラオラァ!! 逃げ回ってるばかりじゃねぇかよぉぉ!! 俺を倒すんじゃなかったのか?? けひゃはははは!! 出来ねぇよなぁ? 出来ねぇに決まってんだろカスがあぁぁぁぁ!!!』


 死神の鎌を縦横無尽に振り回す大友。

 さすがに『死神の翼』だけでは避け切れなくなった俺は、身体を丸めて遥風を守り、それらの攻撃を背中で全て受け止める。


「翔太……!!」


「大丈夫。俺は死神だぜ? 痛みも感じないし死ぬことも無い。だが……」


 これでは神殺しの力を発動させるための『二つ目の条件』をクリアするどころではない。

 頭に血が上った奴をどうにか再び冷静にさせる方法・・・・・・・・を考えないと駄目だろう。


『げひゃひゃひゃひゃ!!! 何も出来ねぇじゃねぇか!! 俺を倒すなんて無理でしたって言えよおらぁぁぁ!!! このクズが! カスが! 出来損ないの癖に偉そうに俺に喧嘩を売ってんじゃねぇよ!!!』


 何度も背中を切り刻まれては、再生の繰り返し。

 痛みを感じないとはいえ、これだけ猛攻を続けられては行動することが出来ない。

 無闇に動けば遥風を庇いきれなくなり、そこで終了だ。

 生身の人間である彼女が少しでもあの鎌を受けてしまったら――。


「……翔太。お願いがあるの」


「……なんだ?」


「私が……あいつから『二つ目の条件』を引き出すわ」


「はぁ? 無理だろ、止めておけ。ここで出て行ったら死ぬぞ」


 俺の腕の中で遥風の暖かい吐息を感じる。

 彼女の全身の体温も、頬のぬくもりも、柔らかくしなやかな肉付きも。

 それらが全て俺の脳髄を刺激し、眩暈を起こしそうになる。


「確かにそう……死ぬかも知れない。だから、お願い」


「何がだ?」


「キスして」


「…………はぁ!?!?」


 つい驚き大声を出してしまう。

 この女は、この状況で、一体何を言っているのだろうか。

 ただでさえ眩暈を起こしそうだというのに、もはや思考が追い付いていかない。


「キスして、翔太。最後になるのかも知れないんだから」


「最後って、お前――っ!?」


 言い終わる前に、既に彼女の顔は俺の顔に接近していた。

 そして問答無用で唇を奪われる。

 ――微かな甘酸っぱいレモンのような香りが鼻腔に広がっていく。

 彼女の柔らかな唇は俺の醜く肥えた唇から離れ、俺はより彼女の頬に火照りを感じた。


「……ふふ、『ファーストキス』。私、これでも唇だけは死守してきたんだから」


「……おいおい。何だよその自虐ネタ……ったく」


 彼女の微かな笑い声と俺の溜息が同調する。

 ここまでされたら、俺にはもう彼女の提案を拒否する権利など無い。

 

 『元』契約者である彼女との主従関係は、すでに出来上がっているのだから――。



「……いいか。あの猛攻の隙を突いて、あと一回だけ『死神の翼』を発動する。奴はそれに釣られて俺を追ってくるはずだ」


「分かったわ。その時に、私があいつから『二つ目の条件』を引き出してみせる」



 二人で視線を合わせ、互いに首を縦に振る。


 

 ――そして大友の猛攻が止まった瞬間、俺は『死神の翼』を発動した。




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