028 発動の条件
客室フロアを抜け、エントランスホールまで一直線に走っていく。
すでに船内はパニックになっており、俺達が進む方角とは逆方向に逃げ出す人々が大勢いた。
しかし甲板へと向かっても避難用のボートは全て破壊されている。
恐らくあと数時間もすれば海上警察や救助用のヘリ、もしくは自衛隊のジェット機などが派遣されてくるかもしれない。
俺の脳裏には再び、ふとした疑問が過る。
――八神は何故、偽装テロを起こそうとしたのだろうか?
大友の存在が『イレギュラー』であったとしても、偽装テロを起こす事自体は計画のうちに入っていたはずだ。
その目的は――?
一つは、俺の『神殺し』の力を覚醒させるためだ。
八神とジェロモは恐らく、俺に『落ち神』を殺させるつもりなのだろう。
しかしそれだとテロを起こす理由にはならない。
俺を人間界に召喚するためには『死神契約』をしなければならないのは分かるが、無差別に殺す人間を選択しなくても、恨みのある人間――たとえば『蓮常寺定宗』をターゲットに指定すれば良かったのではないか?
八神の生い立ちを聞けば、俺は奴を殺していたかもしれないし、俺の『神殺し』の能力も開花させて一石二鳥となったはずだ。
もうひとつ疑問なのは、八神の過去二回の『召喚』だ。
奴は一度目にジェロモを召喚し、自身の妻を殺させた。
そして二度目の召喚ではライアーハートを召喚し、家族親戚一同を皆殺しにさせた。
――何故、奴は最愛の妻とその家族や親戚までも殺す必要があったのだ?
いくら『落ち神に喰わされるためだけの人生だった』と知らされたとしても、命からがら山奥の屋敷から逃げることが出来さえすれば、後はひっそりと隠れて暮らしていけばいい。
『落ち神』にはもう死神の能力は備わっていないはずだ。
ならば逃げ出した人間を探し出す能力も無いはず――。
「……僕の話を聞いているかい? 鈴木翔太君?」
急に八神から話を振られ、俺は思考を止めた。
いつの間にか客室フロアを抜けた俺達の目の前にはエントランスホールの入り口が見えている。
『い……いや……。もう……助けて……』
「今日子……! あの声、今日子の声よ……!」
開き放たれたエントランスホールから響き渡る女の泣き声。
その声を聞いた遥風は半狂乱に陥っている。
「クソっ! おい八神! さっさとその『神殺し』の力とやらを説明しろよ!」
俺は八神の襟首を掴み、焦る気持ちを抑えることなく怒鳴りつける。
しかし奴はため息交じりに首を横に振るだけだった。
「落ち着くんだ、二人とも。このまま焦って突っ込んでいったら大友の思う壺だよ。それに『神殺し』という呼び名も無闇に口にしたら駄目だ。君がその能力を開花したと知られたら、大友にみすみす反撃のチャンスを与えてしまうことになるのだから」
「う……すまん。ちょっと頭に血が上っちまって……」
俺は立ち止まり、遥風を一旦地面に降ろした。
これから俺は前代未聞の『神』との戦いを目前にしているのだ。
それが一体どういうことに繋がるのか、考えただけでも震えが止まらなくなる。
「大友は絶対に木浦今日子さんには手を出さない。いずれは殺そうとするだろうけれど、彼には『殺す順番の決定権』を与えてあるからね。人質を先に殺してしまい、万が一春日部遥風さんに逃げられでもしたら、それこそ死神の恥だ。大丈夫。きっと上手くいくから」
「……うん。ごめんなさい、私も……」
遥風も素直に八神に謝った。
もうここは奴の指示に従うしかない。
大友が全員を殺すのが先か、俺が奴を倒すのが先か――。
「いいかい、鈴木翔太君。チャンスは一度きりだ。しかし、それを発動させるにはかなりの条件をクリアしなくてはならない。一回しか説明をしないから、ちゃんと聞いておいてくれよ――」




