027 定理の瓦解
「『神殺し』の……力……?」
俺の全身を拘束している気色悪い蔦が徐々に俺に同化し消えていく。
しかし特段変化は見られなかった。
俺の魔力が急激に上昇したわけでもなければ、最下級死神から一気に最上級死神に昇進したわけでもない。
「……おい、八神。なーんにも変わってねぇぞ……」
「ふふ、相変わらず鈍いね、鈴木翔太君。僕の能力は『等価変換』だと言っているだろう? だったらまず最初に考えるべきことは、僕が君の何を変換したか、だろう?」
八神は笑いながらそう言い、再び黒い眼帯を付け始めた。
どうやら奴は俺の中にある『なにか』を変換させたようだが、全くこれっぽっちも心当たりがない。
そもそも『神殺し』とか言っている時点で意味が分からない。
『神』が同じ『神』を殺すことが出来ないのは、何十億年も前に神界が誕生してから、ずっと変わらずに続いて来た絶対不変のルールなのだから。
「おい、いい加減に、俺の一体『何』を変換させたのか教え――」
『鈴木ぃぃぃぃぃ翔太ぁぁぁぁぁぁぁ…………!!!』
「ひっ……!?」
突如脳内に響き渡ってきた悪魔のような声。
遥風は飛び上がり俺の腕にしがみつく。
「お呼びのようだね、死神様が」
「お前、なんでそんなに悠長に――」
『黒眼帯の兄ちゃんにはもう会えたんだろうぅぅ……? 遥風を連れて船内中央のエントランスホールまで来いぃぃぃ……! さもなくばぁぁぁ、遥風の大事な友人をぉぉぉ、けひゃひゃはははは! ぐちゃぐちゃに犯してぇぇぇ殺してぇぇぇ喰っちまうぜぇぇぇぇぇ!! げひゃひゃひゃははははは!!!』
脳内に響き渡る不気味な笑い声。
もうこの声を聞いただけで、普通の人間だったら狂ってしまうかもしれない。
「急ごうか、鈴木翔太君。きっともう奴は船内の人間を数百人は殺してしまっているだろう」
「……! そんなにもう……」
俺の腕を掴む遥風の手に力が籠る。
「さっきも言ったけれど、これはイレギュラーなんだ。僕は最初から本気でテロを起こすつもりなど無かった。本気だとしたら、わざわざ死神を召喚するなんて回りくどいことをしなくても、この船に爆弾を仕掛ければそれで終わりだろう?」
「た、確かにそうだわ……。それに翔太のことを知っていて彼を召喚したのだとしたら、絶対に最後は躊躇して契約破棄を申し出ることも予想できたわけだし」
「……おい、遥風。それだと俺はただのヘタレの死神ってことになるんだが」
「……違うの?」
「今からお前とお前の友人を助けるために戦いに行くんだろうが!! ったく……」
俺は深く息を吸い、そして吐く。
もうごちゃごちゃ考えるのはやめだ。
本当に俺に『大友を倒す力』が備わったのだとしたら、あいつをぶっ倒して、それで終了。
『神殺し』なんて本当にしちまったら、今度こそ永久追放レベルの審判が下されるのだろうが、もはやそれすらどうでも良くなった。
遥風を、助けたい――。
今の俺にはその感情だけで十分だ。
「エントランスホールに急ごう。君の『神殺し』の力については、おいおい説明するよ」
八神のこの言葉で俺達は船内へと下る階段へと走った。




