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025 殺害対象者

「ひ、ひいいぃぃぃ!!」

「人が、人が死んでるぞ……!!」


 背後で次々と人の悲鳴が上がっていく。

 俺は振り向きもせず遥風を抱え甲板を目指した。


『ひゃははははぁぁぁ!! 死ね! 死ね!! これが死神の力ぁぁぁ!! 神の力あああぁぁぁぁ!!!!』


 大友の叫び声がフロア全体に響き渡っていく。

 奴はすでに八神との再契約を完了し『死神の鎌』を発動したようだ。

 これから大量虐殺が始まる――。

 そしてその殺戮はこの船の乗員乗客全てを殺し尽くすまで止まらない――。


「ち、ちょっと待って翔太……! 逃げるって、どこに逃げるつもりなの……?」


船の外・・・に決まってんだろうが! 甲板まで辿り着けば避難用のボートがあるだろ!」


「ボートで脱出って……。そもそも翔太はあの八神って人とどんな契約を交わしたの? それにボートに乗ったところで大友から逃げるなんて不可能じゃない……!」


「ああもうウルセェな! 一個ずつ説明してやっから、ちゃんと俺に捕まってろよ!」


「ひっ!?」


 地面を蹴り、エントランスに出る大階段を一気に飛び上がる。

 今は少しでも大友から離れ、『死神の鎌』の発動範囲から距離を取りたい。

 この船には全部で4000人以上の人間が集まっているのだ。

 そいつらには悪いが、今は遥風を助けるための時間稼ぎになってもらう。


 一階のフロアまで駆け上がり、そのまま客室を抜けて船外への道を駆け進む。


「まずはあの八神祐介という男! あいつはテロリストだ! 契約内容は『クルーズ船プラチナローズウィップ号の乗員乗客全て』を殺すこと!」


「え――」


だが殺害対象には・・・・・・・・がある・・・! この船から降り、乗員乗客という・・・・・・・対象から外れれば・・・・・・・・死神の鎌は・・・・・襲い掛かって・・・・・・来ない・・・!」


 ――そう。契約書に記載された内容は『絶対』であるが故に、そこにはいくつもの抜け穴がある。

 俺は八神が『死神の書』に殺害対象者を・・・・・・入力した時・・・・・からおかしいと感じていた。

 『乗員乗客全てを殺害する』――。

 その条件だと八神自身も・・・・・殺害対象に・・・・・含まれてしまうからだ・・・・・・・・・・


「私を17時にあの甲板に呼んだのは……私を先に逃がすためだったの?」


「ああ。でもお前は約束の時間に現れなかった。だから俺は次に八神にお前を会わせ、事情を説明して『殺害対象』の一部を変更してもらうつもりだったんだ。4300人もこの船に人が乗ってやがるんだ。一人や二人逃がしたって、奴の計画にそこまでの支障は与えないだろう?」


 もうすぐで客室を抜ける。

 そこから船外へと出られれば甲板は目前だ。


「……『殺害対象』から外れれば、『死神の鎌』が襲って来ないのは分かったわ。でも大友は私に恨みを持っている――。一年前の貴方・・・・・・がしたように、死神のルールを破って、私を直接殺すかもしれないじゃない」


「それはないな。奴が死神になったのは恐らく、俺が奴を殺害した直後・・だ。一年も時間があれば、殺すつもりだったらとっくにお前を殺してるさ。契約外の『殺人』を犯せば、俺のように審判神に強制連行され、魔神裁判に掛けられて魔界の独房へと閉じ込められる。あの狡猾な大友がそんなリスクを背負うと思うか?」


「……じゃあ私の目の前に何度か現れたのは――」


「お前を脅して楽しんでいたか、それとも今回の『案件』を知りずっと俺を・・・・・マークしていたか・・・・・・・・、だろうな」


 大友は遥風の前には何度か現れたらしいが、俺の目の前には一切姿を現さなかった。

 そしてあの『契約破棄』のタイミングで、八神に再契約を申し込んでいる。

 つまり――。


「――貴方の性格を・・・・・・知っていたから・・・・・・・、きっとギリギリで契約を破棄するんじゃないかと、様子を伺っていた……?」


「だろうな。それだと全ての辻褄が合う。お前のメモを奪ったのも、俺が『死神の鎌』を発動する前に・・、俺にお前を会わせるためだろう。そうすれば俺が契約を破棄すると予想して、その瞬間、再契約を成立させる――。面倒クセェくらい頭が回る死神だよ、あいつは」


 同一案件のうち、死神との『再契約』には様々な制約が存在する。

 そのうちの一つが『契約破棄が行われてから60秒以内に再契約を申し出る』というものだ。

 通常、死神が契約の破棄を申し出ることは稀であり、その条件を使おうという者は魔界にもまず存在しない。


 ――これらが全て偶然にも重なることがあるだろうか?

 もしもこの案件が、最初から・・・・仕組まれていたもの・・・・・・・・・だったとしたら――。


「……見えたぞ! 甲板だ!」


 客室フロアの最後の扉を蹴破り、勢いよく外へと飛び出す。

 そしてそのまま避難用ボートのある場所へと急ぐ。


 しかし、そこでもまた俺達に絶望が待っていた。


「……何これ……全部、壊されてる?」


 そこにあるのは、全部で三十隻ほどある破壊された中型の避難ボートだ。

 何千と用意された救命胴衣や浮き輪なども全て燃やされ、ただの灰と化していた。


「大友の野郎……。どうやっても逃がさねぇつもりだな……」


 避難用ボートを諦めた俺は甲板から海原に視線を向ける。

 この真っ暗闇の海のド真ん中で、足を捻挫した遥風を飛び込ませでもしたら、それこそ自殺行為だ。

 だがこのまま船にいても、いずれ彼女は『死神の鎌』の餌食になってしまう。


「……ねえ、翔太。もういいわ。私、戻りたい」


「戻る? カジノにか? お前、殺されるって何度言ったら――」


「だって今日子もそこにいるんだよ……! 彼女だって巻き添えになって……これから一緒に頑張ろうって約束したのに……こんな……」


「……」


 そう言い塞ぎ込んでしまう遥風。

 もはや絶体絶命――。

 結局俺は遥風も、遥風の友人も、誰一人救えない役立たずだ。


「翔太……倒してよ、大友を……前みたいに……」


 遥風が泣いている。

 しかし俺は唇を噛みしめてこう答えることしか出来なかった。


「……すまん、遥風。それは出来ない。死神は『神』なんだ。『神』は『神』を殺せない。そういうルールなんだ」


「翔太はいつもルールを破っていたじゃない……! 私を、助けてくれたじゃない……」


「…………すまん」


 遥風の言葉が俺の心を貫く。

 自分自身が情けなくて、それでも何も出来ない自分が歯痒くて――。



「――じゃあ・・・その・・ルール・・・を壊して・・・・みないかい・・・・・? 鈴木翔太君・・・・・?」



「へ――」

「え……?」


 どこからともなく聞こえてきた男の声。

 その声のした方角を振り向くと、いつの間にか甲板に上がる階段の前で煙草をふかす八神祐介の姿が見えた。


「て、テロリスト……!」


「テロリスト? ああ、鈴木翔太君から聞いたんだね。初めまして、かな、春日部遥風さん。君のことはジェロモ・クレインから聞いていたよ」


 こんな状況だというのに八神はまたあの余裕の笑みを浮かべている。

 ――いや、それよりも遥風のことを知っていた?


 こいつ、やはり――。


計画変更だ・・・・・。まさかあのタイミングで別の死神が現れるとはイレギュラーだったよ。大友輝明、だったかな? ジェロモも彼の存在を知っていたみたいだけど、このシナリオに・・・・・・・登場するとは・・・・・・計算外だったよ・・・・・・・


「……シナリオ・・・・?」


 俺がそう答えると八神はまたあの妖艶な笑みを浮かべた。


 ――全ては八神とジェロモが描いたシナリオだったということなのか?

 そこに大友輝明というイレギュラーが舞い込んできた……?


「どういうことか、説明してもらえますか……?」


 震える声で遥風が八神に質問をする。


 ゆっくりと煙草を吸い終えた八神は、彼女にこう答えた。



「もちろん。この状況になってしまったのは僕にも責任があるからね。……ああ、それと、木浦今日子さんだったか。彼女もまだ生きているよ」


「え――」



 遥風の声が夜風に乗り大海原へと消えて行った。




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