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024 復讐の死神

 懐中時計に視線を落とし時刻を確認する。

 時計の針は19時ちょうどを示していた。

 八神との約束の時間を迎え、俺はカジノで有意義な時間を過ごす人間どもの前に立ちはだかる。


「……」


「ほら、もう時間になったよ。これで君は昇格し、君を馬鹿にする死神達は魔界からいなくなるだろう。僕もテロという最大の目的を達成し、歴史にその名を刻むことになる。お互いに英雄になれるんだ。躊躇する理由なんて無いだろう?」


 八神はまるで値踏みするかのような目で俺に視線を向けている。

 しかし俺にはどうしても『死神の鎌』を発動できない理由があった。


「……一つだけ聞く。『死神の書』に入力した【殺害対象】――『プラチナローズウィップ号の乗員乗客全て』の一部分・・・でも、今から変更することはできないか?」


 俺は八神を振り向き、そう呟いた。

 それが不可能であることはとうに理解している。

 死神が契約者に対し契約内容の変更を迫るなど、言語道断。

 それが出来てしまえば死神は契約者に対し、不利益な条件をいくらでも提示できてしまうからだ。

 『契約者』は、一時的とはいえ死神の『主』であり、主従関係はすでに結ばれている。


 しかし、このまま『死神の鎌』を発動してしまえば、遥風も、彼女の友人も対象と見なされてしまう。

 だからこそ俺は早めにこの事実を遥風に伝え、甲板にある緊急用のボートで彼女にこの船から脱出してもらいたかったのだ。

 死神失格――。

 人を殺すためだけに存在する俺が、人を助けるために行動するなど、狂っていると思われても仕方がない。


 顎に手を置き、何かを考えている様子の八神。

 しかしその静寂を突如、女の声が遮った。


「もしかして……八神祐介さん、ですか?」


 急に本名を呼ばれ、はっと顔を上げる八神。

 確か奴は偽名でこの船に乗り込んでいたため、知り合いでもなければ奴の名を知る由も無い。


「君は……?」


 訝し気な表情を浮かべた八神。

 確かこの女は、遥風の友人の……?


「や、やっぱり本物だ……。どうしよう、遥風の言ってた通りになっちゃった……」


 女は動揺を隠そうともしないまま、カジノの入り口側をしきりに気にしていた。

 しかし八神はそれに構いもせず、女の肩を掴んで顔を寄せる。


「何故、僕のことを知っている? 正直に話してくれないかい?」


「え、あ……え? あ、その、私こう見えて『事件オタク』というか、そういうのが昔から大好きで……。そのきっかけが、私がまだ小学生だった時に起きた未解決事件――『八神家連続不審死事件』なんです」


 女の肩は明らかに震えていたが、しかし何故か目は爛々と輝いている。

 まるでアイドルか何かに出会えた時のような、そんな興奮冷めやらぬときの目だ。


「今日、実は友達と来ていて、その、友達はプールで溺れかかって足を捻挫しちゃったんですけど……。その友達が『甲板から一番遠い施設に案内して』って言うので、何が何だか分からなかったんですけど、その子をとりあえず車椅子に乗せて、その、ここまで来てみたら、八神祐介さんを見つけて……ああ……本物だぁ……」


「車椅子?」


 俺は女の視線の先を辿る。

 確かにカジノの入り口付近で従業員に連れ添われている車椅子に乗った女がいた。

 ――春日部遥風だ。

 彼女もこの場所に来ていたのだ。


「……翔太!」


 遥風が俺の姿を見つけて叫ぶ。

 もう、これで俺の『答え』は決まったようなものだ。

 だから俺は八神に、はっきりとこう伝えた。


「悪ぃな、八神。ちょっと気が乗らねぇから契約は破棄するわ」


「……契約を、破棄する?」


 有頂天になっている女を引き剥がし、八神は俺を睨みつけそう言った。

 やっぱり俺には無差別に人間を殺すなんて出来ない。

 ヘタレと言われようとも、また牢獄にぶち込まれようとも、もはやそれら全てがどうでも良かった。


 遥風のあの嬉しそうな顔を見ただけで、全部が、一気に吹き飛んでしまったからだ。



 ――だが次の瞬間、俺の全身に悪寒が走る。



「し、翔太……う……しろ……」


 遥風は顔面蒼白で口を押えている。

 俺はゆっくりと背後を振り返った。



『へぇぇぇ……。こんな美味しい契約を破棄するのかぁぁぁ……。なら俺が代わりに契約しても良いんだよなぁぁぁ……』


 

 ――頭蓋が割れ、中から腐った脳汁を垂れ流している男が顔を引き攣らせて笑っていた。

 

 しかし俺はこの男に見覚えがあった。

 『大友輝明』――。

 俺が初めて殺した人間であり、遥風の全てを奪った悪魔――。


「……」


『おいおいおいぃぃぃ。黙ってんじゃねぇよ眼帯の兄ちゃんよぅぅぅ。出来るはずだぜぇぇ、『契約』ぅぅぅ。俺だって少しは魔界のルールを学んだんだからよぅぅぅ。ひ……ひひゃひゃひゃひゃ!!』


「あ……ああ……」


 遥風が頭を押さえて蹲るのが見える。

 俺はその場を離れ彼女の元へと駆け付ける。


「……おい、遥風。お前、知ってたのか・・・・・・?」


 彼女を動揺させないように、なるべく優しい口調で問いただす。

 どう考えても遥風はこのカジノで何かが起こる・・・・・・と予想し、友人と共に八神まで辿り着いた節が見受けられたからだ。


「……ううん、違うの。ずっと『夢』だと思ってたの。でも翔太から・・・・貰ったメモが・・・・・・カバンから・・・・・消えていた・・・・・のを見て、気付いたの。大友もきっと・・・・・・翔太と同じ道を・・・・・・・辿ったんじゃ・・・・・ないかって・・・・・


「……ちっ、そういうこと・・・・・・かよ」


 俺は遥風のこの一言で全て・・を理解した。


 話は簡単だ。

 俺に殺された大友は、『不運な死を遂げた者』としてあの女神に召喚されたのだ。

 そして女神に誘導され『神』として転生することを選んだ。


「あのクソ女神……。大友みたいな奴を『死神・・なんかに・・・・しやがって・・・・・


 奴が死神になった時期は恐らく今から一年前なのだろう。

 その間、俺は魔界の地下深くに投獄されていたから奴のことなど知る由も無かった。

 だがジェロモはこのことを知っていたはずだ。

 あいつはずっと魔界から俺のことを見ていたはずだし、遥風のことも知っている。


 ……何故、あいつは俺にそのことを黙っていた?

 そもそもあいつは何の目的で俺を八神の元へ向かわせたのだろうか?



「ああ、もう分かんねぇ! だが分かってることが一つだけある」


「分かっていること――きゃっ!」



 俺は遥風を車椅子から抱きかかえ、こう言った。



「ここから逃げることに決まってんだろうが!!」




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