018 呪いの本質
「二つ目の質問は何だったかな。……ああ『死神の目』のことだったね」
淡々と一つずつ質問に答えていく八神。
俺は警戒心を緩めずにその言葉に耳を傾ける。
「七年前にジェロモを召喚して以来、僕は『死神』というものに興味を持ったんだ。最初はその存在自体が半信半疑だったけれど、目の前に現れた彼を見て僕は確信した。『死神は存在するのだ』、とね。二度目の召喚までの一年間、世界中に存在する文献を調べ上げて死神の起源や能力、契約の条件や破棄の方法などを学んだ」
「……その中で死神の能力の一つである『死神の目』に行き着いたっていうわけか」
「まあ、そんな感じかな」
ソファから立ち上がった八神は部屋の奥に向かいワイングラスを二つ持ち出しテーブルに置く。
そして高級ワインのボトルを開け、まずは一つ目のグラスに注ぎ始めた。
「君も飲むかい?」
「俺は酒は嫌いだ」
「へぇ、ジェロモやライアーハートは浴びるほど飲んでいたのに。死神にも色々なタイプがいるんだね」
グラスの一割ほどワインを注いだ八神は意外そうな表情でそう答える。
そしてグラスを回しワインの香りを楽しみ始めた。
「……三つ目の質問は、君がもう『死神の目』で確認したから良いだろう? 特に話すこともないしね」
そう言い八神はグラスを傾けワインを喉に流し込んだ。
飲み終えた時の奴の表情はあまりにも妖艶であり、見る者によってはそれだけで心が奪われてしまうかもしれない。
奴は孤児院の出身であり、蓮常寺家という名家が営む孤児院で育ったことはすでに分かっている。
それ以外の情報を聞きたかったのだが、あの様子だと聞き出すのは難しいだろう。
「次で最後だったかな。ふふ、君は僕が人間に見えるかい?」
再び挑戦的な笑みを浮かべた八神。
ほんのりと頬が赤くなっているようにも見えたが、暗い照明の前ではそれも確かめることはできない。
「見えねぇな。人間に擬態している神もどきか、それとも何かの影響で人間を超越した能力を得た化け物か」
「……くく……アハハ! やっぱり面白いね、君……! ジェロモの言っていたとおりだよ……!」
急に笑い声を上げた八神はグラスを置き、俺の目の前に歩んでくる。
そして俺にその整った綺麗な顔を近づけ、俺の飛び出た眼球を覗き込んでくる。
その表情は俺を嘲笑しているようにも、値踏みしているようにも見え、奴の本当の感情だけが俺には読めなかった。
「――御名答。僕は『呪い』を受けた人間なんだ。……そしてこれが証拠さ」
そのまま黒い眼帯を外していく八神。
長い前髪に見え隠れする奴の左目は窓から差し込む月明かりに照らされる。
――血のように赤黒く変色した眼球。
もはやそれは『目』とは言えず、禍々しい魔力を放っていた。
「僕は『神もどき』なんかじゃない。正真正銘の人間だ。過去にある事情でその身に『呪い』を受けた、哀れな人間――。それが僕の本質であり、正体だ」
「……本質?」
八神は俺から顔を離し、再び眼帯を元に戻す。
奴の過去に興味などないが、人外の力を得た人間と契約をすることほど危険なことはない。
十中八九、損な役回りになることは目に見えている。
しかし――。
「ふふ、『契約を断ることができない』――。何故なら、『最上級死神からの直々の命令だから』」
「……心を読む能力、とか言わねぇだろうなお前。尚更契約したくねぇんだが」
八神から顔を背け溜息交じりにそう言う俺。
どちらにせよ俺に拒否権など存在しないのだ。
だったらさっさと契約内容を開示してもらい、実行に移したほうが利口だろう。
「他に質問は?」
「もうねぇ。さっさと契約内容を言え」
「君が最初に話を振ったんじゃないか。せっかく良い話し相手が来てくれて嬉しかったのに」
「うるせぇ。俺との話を『酒の肴』にしてんじゃねぇよ。この酔っ払いが」
突き放すように俺がそう言うと、八神は嬉しそうに笑うだけだ。
本当にこいつは自分の妻とその親戚一族を死神に皆殺しにさせた張本人なのだろうか。
確かに禍々しい力を秘めているのは分かるが、そういうことをする人間には到底見えない。
会話をしてみて、ようやく俺は気付いたのだ。
八神祐介は、何か大きな目的のために俺を選び、召喚した――。
「分かった。じゃあ契約内容を伝える前に、まずはこの記事を見てくれるかい?」
「あぁ? 記事?」
八神はワインが置いてあったテーブルに戻り、そこにある一枚の新聞記事を俺に見せる。
そこには『日本最大、最高級のクルーズ客船プラチナローズウィップ号特集』との見出しがあった。
最大乗客数3000名の超大型クルーズ船には豪華なホテルはもちろん、レストランやカジノ、映画館やスポーツジム、大型プールや温泉など、ありとあらゆる娯楽施設が備わっているらしい。
「あー、あれか。世の中の金持ちどもが一斉に集まるやつだろ。この記事がどうかしたのかよ」
「こういうのは嫌いかい?」
「……お前なぁ、死神が豪華クルーズ船に乗るのが好きだったら、世の中平和すぎるだろそれ」
俺はその記事を放り投げ再びソファにもたれかかる。
この記事と契約内容に一体何の関係があるのだろうか。
「僕は明日、このクルーズ船に乗るつもりだ」
「へー、そりゃ優雅なこって」
「そこでテロを起こす」
「へー、テロね。…………は?」
一瞬の静寂。そして沈黙。
今、八神はなんて言った……?
「契約内容を言うよ。明日、僕と一緒に大型クルーズ船に乗り、そこに集まった乗客3000人、乗組員1300人、計4300人全員を、鈴木翔太――君が殺すんだ。死神契約に従って」
「………………は??」




