017 黒眼帯の男
「最下級死神、鈴木翔太。再びこの場に呼ばれた理由が分かるか?」
最上級死神、ネルガルに呼び出された俺は、何千といる死神の前で再び魔界人事を言い渡されようとしていた。
すでに無期懲役刑を下されている俺に今さら人事が下るとはただ事ではない。
それに『理由』と言われても思い当たる節は何も無かった。
「……いえ、俺はもう死神として最低最悪のクズですから――」
「そんなことは知っている。聞きたいのはそこではない。ジェロモから何も聞いてはいないのか?」
「ジェロモ?」
周囲の死神どもがざわついている。
そういえば魔界人事だというのにジェロモの姿が見えないことに気付く。
……さてはあの阿呆、また俺に何か『良からぬこと』をさせようと――。
「……知らないのであればもうよい。最下級死神、鈴木翔太。今回の任務はお前にとっても悪い話ではない。すでにお前がしでかした『殺人罪』の二件。任務完了の暁には、その罪を全て帳消しにしてやろうというのが今回の魔界人事の内容だ」
「…………はい?」
「詳細は自らの目と耳で見て、聞き、知るがよい。――それでは最下級死神、鈴木翔太を――」
「ち、ちょっと待ってくれ! 話が全然見えねぇ――」
次の瞬間、俺の視界が暗黒に包まれた。
今回は周囲の死神どもが俺を嘲笑していないことだけが強烈に脳裏に刷り込まれていく。
ネルガルの言葉から推察するにジェロモが深く関わっている様子であるが、それ以外の情報は皆無に等しかった。
そして俺は再び異世界へと――。
◇
「…………」
眩い光を放つネオンサイン。
ビルの屋上や外壁から発せられたそれに照らされた世界は、夜だというのに昼間の様相を呈している。
けたたましい音と共に電車が停車し、中から人が蟻のように這い出てくるその姿は、もう幾度となく見飽きた光景でもあった。
「……何でまた人間界?」
俺はビルの屋上で足を組んで座り、太々しい態度で下界を見下ろしている。
一年ぶりではあるが、ここら一帯は特に何も変わっていない。
変わったとすればあの廃墟ビルが跡形もなく無くなり、住宅街に置き換わったことくらいだろうか。
俺は懐中時計に視線を落とし、日時と時刻を確認する。
2022年6月30日21時28分。
あと二分ほどで俺はとある人物に召喚され、そこで新たな契約を結ぶことになる――らしい。
「帰ったらマジであいつぶん殴ろう……」
人間界に降り立った直後、ジェロモから魔界メールが届いた。
記載してあったのはたったの一行だ。
『今夜の21時半ちょうど。八神祐介という名の男がお前を召喚する。以上』。
その男が何者なのか、召喚の目的が何なのか。
それらには一切触れずに役目を終えた魔界メールは黒煙を上げて消滅した。
懐中時計の針が21時半ちょうどを指し示した頃。
俺の全身に静電気のようなものが流れ、俺はその場から瞬時に消え去った。
――目を開ける。
飛ばされた先はどこかのホテルの一室のようだ。
高級感漂う部屋の奥で一人の男が窓辺に立ち、街の夜景を楽しんでいた。
「――ようこそ、最下級死神、鈴木翔太君。時間通りだね」
黒い眼帯をしている男の声は中性的で、サラサラの髪はむしろ女性的でもあった。
年齢は恐らく二十台後半、そしてスーツ姿が絶妙に似合っている。
「はは、警戒しているね。良いよ、『死神の目』を使ってもらっても」
男は何もかもお見通しといった感じで俺の行動を注視しているようだった。
俺は言われるがまま『死神の目』を発動し、男の情報を空間に浮かび上がらせる。
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【本名】八神祐介
【国籍】日本
【年齢】27歳
【性別】男
【身長】170cm
【体重】52kg
【血液型】A型
【概要】孤児院を営んでいる蓮常寺家の専属執事である八神家に婿入りした男性。
両親は生死不明。物心つく前から孤児院で育ってきた。
その孤児院で働く八神唯という八神家の次女と結婚し、八神姓を名乗ることとなった。
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俺はさらに『死神の目』を連続で発動する。
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【寿命検索対象者】八神祐介/男/平成5年10月5日生まれ
【死亡日】令和19年10月4日(享年42歳)
【死因】転落死
【詳細】令和19年10月4日12時07分。茨城県某所のダムにて誤って転落。死体が打ち上げられたのは死後数十年が経過していると推察されるが、詳細は不明。事件性は無いと見られており捜査は行われていない。
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俺は情報を確認し、空間から消失させた。
八神の寿命は42歳。現在の奴の年齢から差し引けば、残りの命は約15年。
そのうちの半分ということは7、8年の命が報酬として俺に支払われる計算となる。
「ふふ、用意周到だね。もしかして過去に失敗したことでもあるのかな?」
「……」
八神は不敵な笑みを浮かべたまま俺を見定めていた。
不気味ではあるが、こいつと契約を結び、それを成就させれば俺の無期懲役は減刑されるどころか帳消しになる。
最上級死神直属の指令ということになるのだろうが、何故他の死神ではなく俺を選んだのだろうか。
とりあえず俺は間近にある高級ソファに腰を降ろし八神に質問を開始した。
「……ジェロモとは知り合いなのか? 何故『死神の目』のことを知っている? お前は一体何者なんだ? そして――その眼帯で隠している『左目』。嫌な力を感じるんだが、お前、本当に人間か?」
「ははは、質問が多すぎるよ。一つずつにしてくれないかな」
そう言った八神は余裕の表情を浮かべながら俺の対面にあるソファに腰を降ろした。
そして笑みを崩さないまま質問に答えていく。
「『ジェロモ・クレイン』は僕が初めて契約した死神だ。彼には僕の妻、八神唯を殺してもらった」
「……自分の妻を?」
「ああ。今から七年前の話だ。その一年後、僕は二度目の召喚をした。その時に来たのは『ライアーハート・オルダイン』という名の死神だ。彼には八神家にいる残りの人間全てを殺してもらった」
「はぁ?」
淡々と話を進める八神。
奴は一切の感情を言葉に込めず、まるで機械のように口だけを動かしているようにも見える。
それに『ライアーハート・オルダイン』という名にも驚いた。
そいつは魔界で五本の指に入る実力者であり、上級死神の位に就いている大物死神だ。
「君は僕の残り寿命を確認しただろう? その時に少なすぎると思わなかったのかい?」
挑戦的な笑みを浮かべる八神。
無感情かと思えば、すぐにまた相手を惑わす笑みを浮かべる。
だが一つだけ確かなことがあった。
――こいつは、狂っている。
俺は対面する人間に寒気を覚えつつ、奴と話を進めて行った。




