016 死神失格者
――あれからおよそ一年が経過した。
再び魔神裁判に掛けられた俺は、今度こそ無期懲役が確定し地の底にある独房に永遠に閉じ込められることとなった。
やはり人間として生きていた頃に最低のクズニートだった俺は、死神に転生しても同じ道を辿るというわけだ。
これからもずっと終わりの無い生き地獄のような日々を魔界の独房で過ごし、悪魔のような看守に鞭を打たれながら永遠に働かされ続ける。
しかし、俺にはきっとこういうのが性に合っているのだ。
もう誰とも関わりたくないし、誰の命も奪いたくない。
『死神失格』――。
そんなことはもう、とうに理解しているのだから。
「ケケッ、本当に暇だなぁここは。やることは毎日一緒。死神どもが食い散らかしたゴミやらカスやらの掃除と、殺した奴らの残留思念の後始末。あとはなんだ? 看守の機嫌取りくらいか、翔太?」
奇妙な笑い声を上げ、掃除に集中している俺に声を掛けてくるのはまたしても腐れ縁のジェロモだ。
俺が投獄されてからというもの、週に一度はこうやって俺を馬鹿にするためだけに監獄まで足を運んでくる変わり者の中級死神。
「……お前、この前大きな仕事があるって言ってたじゃねぇか。いいのかよ、こんな場所で油を売ってて」
魔力が込められた箒を壁に立てかけ、俺は看守の目を盗んで地べたに座り休憩する。
何故か毎回ジェロモが面会に来るときだけは看守の奴らは気を利かせて監視を緩めるのだが、もはや理由を聞く気にもならなくなった。
だが暇つぶしにはちょうど良い。
俺は欠伸を噛み殺しながら奴の答えを待つ。
「あぁ? ンなのとっくに処理済みに決まってるだろうが。俺を誰だと思ってる? 中級死神のジェロモ・クレイン様だぜ? ケッケケ!」
踏ん反り返り笑い声を上げるジェロモ。
監獄中に響き渡る奴の大声に、誰も注意をする者はいない。
「今回の召喚先は妖精界でよぅ、可愛らしいフェアリーちゃん達に囲まれてやる『殺し』ってのはまた格別だったなぁ。しかも『契約者』が誰だったと思う? 聞いて驚け、あの妖精界の期待の新鋭、妖精軍師フェアリモリア伯爵だっつうんだから驚きでよ」
「フェアリモリア? 誰だそりゃ」
「おいおいおい、知らねぇのかよ。今、妖精界で覇権を握ろうとしている革命軍の若き天才軍師様だよ。その軍師様が自身の残り寿命の半分を賭けてまで死神に殺しを依頼するっつうんだから、世も末だっつう話だよ。ケケケ!」
嬉しそうに話すジェロモの顔が歪み、奇妙な骨の音が辺りに充満する。
俺と違い眼球の無い奴の眼窩に潜む毒蛇までもが笑い声を上げているようにも見えるから、余計気味が悪く映ってしまう。
「……天才軍師だったら自分で軍を率いて相手の将でも王でも討ち取ればいいと思うけどな、俺は。わざわざ限りある寿命を半分も失ってまで死神に依頼する必要があるのかね」
「ケケッ、言うようになったなぁ、翔太も。でもな、今回の殺しのターゲットは敵将でも敵軍でも無ぇんだよ。純粋な『恨み』――。信じていた者に裏切られ、略奪され蹂躙され、大切な者を殺された若き天才軍師様の怒りの矛先は――まあ、ここからは秘密保持違反になりそうだからやめておくけどな」
「ほとんど喋ってんじぇねぇかよお前……」
ため息を吐いた俺は立ち上がり、再び箒を手に取った。
あまりサボり過ぎていても後で看守から痛いお仕置きが待っているだろうから、ここらが潮時だろう。
しかしまだ話足りなそうな顔をしているジェロモは、肉が全くついていない顎に手を置いて何かを考えている。
「そういえば昔、人間界にもそういう奴がいたなぁ。あの時もまあえげつない内容だったけどな。ケケッ」
「? お前、人間に召喚されたことがあるのか? 報酬が少なすぎる依頼は受けない主義だったんじゃないのかよ」
「ケケケ! まあまあ若い時の話だよ、翔太。お、そろそろ看守が痺れを切らしそうだな。そろそろ行くわ。ま、それなりに頑張れやお前も」
ゴキゴキと全身の骨を鳴らし立ち上がったジェロモはそのまま姿を消してしまった。
そして入れ替わりに二名の看守が独房の前に立ち、新しく代えたばかりの錠の鍵を開ける。
「死神ナンバー10086574。最下級死神、鈴木翔太。出ろ。最上級死神、ネルガル・ザヘルモート様がお呼びだ」
「…………は?」
――困惑する俺の両手を淡々と拘束した看守に連れられ、訳も分からないまま俺は監獄を後にした。




