エピローグ
――それから一週間が経過した。
機械仕掛けの審判神に魔界へと強制送還された俺は魔神裁判に掛けられ。
そこで懲役百年を言い渡され、魔界の独房へと送り込まれた。
これまでも何度か魔界の法を破り独房へと入れられたことはあったが、『殺人罪』で投獄されるのは初めてだった。
魔神警察の求刑は懲役三百年だったが、今回は殺人に関しては初犯だということもあり少しだけ刑が軽くなった形だ。
「ケッケッケ。お前も散々な目に遭ったよなぁ、翔太」
薄汚い独房に閉じ込められた俺を見て奇妙な笑い声を上げる死神がいる。
そいつは中級死神のジェロモという変わった奴で、この魔界で唯一俺に話しかけてくる暇な死神だ。
「……うるせぇな、ジェロモ。一体何の用だよ。こんな魔界の奥底のクソみたいな独房に遊びにくるほど暇なのかお前は」
俺は顔を上げずに牢屋越しにジェロモにそう答えた。
あれからずっと機嫌が悪い俺にずかずかと声を掛けてくるこいつの気が知れない。
そもそも死神なんて人の気持ちなど理解できないだろうから、そんなことを考えたところで意味など無いのだが。
「おーおー、機嫌の悪いこと悪いこと。聞いたぜ、『殺人』の件。お前、死神になって十年も殺しをやってこなかったくせに、どういう風の吹き回しなのかと思ってな」
「……」
「しかも『契約外での殺し』だって言うじゃねぇか。ちょっと興味を持っちまってよ。で、こうやってわざわざクセェ独房までお前に会いに足を運んだっつうわけよ。ケッケッケ」
ジェロモの笑い声が冷たい牢獄に響き渡る。
今の時間は看守が休憩中なのか、それともジェロモに賄賂でも渡されたのか。
俺は牢屋越しに顔を上げ確認するも、周囲には他に誰も居ないことに気付く。
「……用件は何だ? 早く言え」
「んだよ、その態度。ただの『興味』だっつってんだろうが。お前を馬鹿にしにきただけさ。……ほー、この子か。お前が助けた子っつうのは。可愛いねぇ。翔太が好きそうな感じだなぁ。ケッケケ!」
「……」
ジェロモは親指と人差し指で輪っかを作り、下界を覗き込んでいる。
わざわざ俺を笑い者にするために独房まで足を運ぶほど、こいつは馬鹿ではないことを俺は知っている。
狡猾な戦略と頭脳。
死神になった時期は俺とほぼ同じくらいなのに、あっという間に中級死神にまで昇進した精鋭の死神の一人だ。
「ふーん、あの子、過去に色々と苦労してたんだなぁ。で、クズ男に騙されて心も身体も奪われて、死神召喚に手を出した、と。でも召喚されて出てきたのはお前。ケケケ! 殺しもできない出来損ないの翔太を呼ぶなんざ、本当についてないなぁ、あの遥風って子は! ケケ、ケッケケ!」
そう言い腹を抱えて笑い出したジェロモ。
俺は何も言わずに奴の戯言を聞き続ける。
こういう前置きが長い時の奴には、必ずといっていいほど『裏』があるのだ。
「……んん? ほう……? ほうほう、へー面白い」
「面白い? 何がだ?」
ジェロモの言葉に反応した俺に視線を戻し、奴はあからさまにニヤリと顔を歪める。
恐らくこれがジェロモが俺に会いに来た『理由』だろう。
わざわざ看守を退かせてまで俺に伝えたいことがあったのだ。
「お前さぁ、あの子の寿命って確認したか?」
「……寿命?」
俺の問いには何も答えないジェロモ。
ただ顔を歪めて笑っているだけの奴を見て、俺はため息交じりに指で輪っかを作る。
要は自分で調べろというわけだ。
俺は奴の思うがまま『死神の目』を発動し、下界にいる遥風の情報を調べて空間に表示した。
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【寿命検索対象者】春日部遥風/女/平成16年3月31日生まれ
【死亡日】令和3年5月31日(享年17歳)
【死因】焼死
【詳細】令和3年5月31日16時54分。都内某所の廃墟ビル前で強姦魔にスタンガンで襲われ、その後首を絞められた後、近くのゴミ置き場にて衣服ごと火を点けられ焼死。
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「…………は?」
俺は何度も空間に浮かび上がっている情報を調べた。
検索データが間違えているのかと思い、何度も死神の目を使ったが同じ結果が表示される。
「今日は人間界で言えば、令和3年の5月……30日か?」
「……つまり、明日の17時前に、遥風は誰かに殺される……」
俺は記憶を整理する。
確かに俺は当初、遥風の寿命の確認を怠った。
女子高生であれば普通に生きれば今の世の中ならば百歳、もしくは病死だとしてもあと五十年は軽く生きるものだと捉えていた。
俺が遥風と出会ったのは今からおよそ十三日前くらいだったはずだ。
そのときにすでに彼女の寿命は残り十四日しかなく、契約が成立して大友に『死神の鎌』が発動していたら残り寿命の半分――およそ七日が自動的に没収される。
つまり、5月24日頃に彼女は運命に逆らうことなく命を落としていたということになる。
俺が『死神の鎌』の発動を待たずして大友を殺害したのがその5月24日だ。
もしあの場面で俺が奴を殺さなければ、『死神の鎌』の発動とほぼ時を同じくして遥風が命を落としていたということになる――。
「ケッケッケ。その顔は理解した顔だなぁ。……さあて、お前はこれからどうする?」
ジェロモは俺を試すかのように笑いながらそう呟いた。
こいつの思惑が何なのかは分からないが、すでに俺の答えは決まっている。
「脱獄して、しかも連続で契約外の『殺人』を犯したら……まあ無期懲役確実だなこりゃ」
「鍵を寄こせ、ジェロモ」
俺は牢を両手で掴み、ジェロモに睨みを利かせた。
牢から離れた奴は肩を竦めてこう答える。
「鍵なんて持っているわけねぇだろ。俺はただお前を笑い者にするために来ただけだぜ」
そう言ったジェロモは踵を返す。
そして何かを思い出したかのように付け加えてこう言った。
「……ああ、そうそう。その牢屋の錠。長年使ってなかったんだろうなぁ。ほとんど腐って錆ちまってるよなぁ。二、三回蹴り入れたらぶっ壊れそうだよなぁ。看守に言って新しいものに代えてもらわねぇとなぁ」
まるで独り言のように呟いたジェロモは鼻歌を歌いながら俺の前から消えて行った。
そして、当然俺は――。
◇
俺は腐ったゴミの臭いで充満する廃墟ビルの屋上で懐中時計に視線を落とす。
人間界の日付で令和3年5月31日。
時計の針は16時ちょうどを指していた。
俺はただそこでじっと時が来るのを待った。
ビルの向こう側から見慣れた姿の少女が歩いてくるのが見える。
周囲には相変わらず人通りが無く、彼女以外には誰も廃墟ビルに向かう姿は確認できない。
暗がりの道へと足を踏み入れる少女。
一週間ぶりに顔を見ることができたが、どうやら顔色はそんなに悪くないようにも思う。
あれから大友の死がこの世界でどういう扱いをされたのかは知らない。
奴の手下らも逃げたのか、警察に捕まり牢屋にぶち込まれているのかすらも分からない。
ただ、遥風のあの姿が確認できれば、物事は順調に進んでいるかのように思えた。
――ただ、今日、この日を除いては。
「……先生?」
ビルの隙間の暗がりの歩道の中腹あたりで遥風が口を開いた。
ゴミ置き場がある物陰から姿を現した一人の長身の男。
深くフードを被っていたが、遥風にはそれが誰なのかすぐに分かったようだ。
俺は『死神の目』を発動し、男の情報を表示させようとした。
しかしすぐに『検索済み』という表示が追加される。
何故なら、その男はすでに過去にデータを読み取っていた人物だったからだ。
大河原哲也――。
遥風のクラスの担任で、体育教師を兼任する教育者――。
「どうして、こんな場所に――」
バチン、という音がして遥風の声はそこで途絶えた。
大河原は右手に隠し持っていたスタンガンのようなもので彼女を気絶させたようだ。
周囲を見回した大河原は遥風を担ぎ、迷うことなくビルの隙間をどんどん進んでいく。
そして日の光が全く届かない裏路地の行き止まりの場所で彼女を地面に降ろした。
「……ん……んん……」
「……お前が悪いんだ春日部……。お前があんなことをしている生徒だったなんて……。俺はお前のことをずっと見ていたし、お前のことなら何でも知っているのに……。それなのにあんな姿でネットに載るなんて……。許せない……。お前は……お前は、俺の物になるはずの生徒だったのに……」
俺はビルの屋上から飛び降り、右手に具現化させた『死神の鎌』を構える。
「好きだ、好きだ好きだ好きだ遥風ぁぁ……。他のどんな生徒よりも、お前は綺麗で純粋で、俺の気持ちを高ぶらせてくれる……。もう妻じゃ満足できないんだ……。他の生徒とも、何度やっても、何度やっても、俺の気持ちは満足しないんだ……。遥風ぁ、遥風……俺の遥風ぁぁぁ……」
地面に降り立つ俺に目もくれず、大河原は遥風の衣服を脱がそうと必死になっている。
一歩、また一歩と死に近づいているというのに、この男の目には遥風しか映っていない。
「……い……や……。たす……けて……」
無意識の中で遥風が誰かに助けを求めている。
そこに映っているのは一体誰なのだろう。
――しかし、もうこれで最後だ。
大河原の背後に立った俺は死神の鎌を大きく振り上げた。
「――――へ」
勢い良く振り抜いた鎌は大河原の首をいとも簡単に刎ね上げた。
すぐに俺は返す鎌で大河原の全身を細切れに斬り裂いていく。
奴の全ての血液と肉塊は死神の鎌に吸収させ、その場には痕跡が何一つ残らないようにする。
すべての血肉を吸い取った俺は眠ったままの遥風を見下ろし、もう一度彼女に『死神の目』を発動した。
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【寿命検索対象者】春日部遥風/女/平成16年3月31日生まれ
【死亡日】〇〇73年12月16日(享年90歳)
【死因】老衰
【詳細】〇〇73年12月16日2時14分。都内にある老人ホームで就寝中に死亡。遺体は家族に手厚く埋葬され90年の人生に幕を下ろす
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『――警 報。――警 報』
俺は脳内に鳴り響く警報を聞き、ため息交じりに空間の情報を消去した。
これでもう、全てが終わったのだ。
俺は再び魔界の牢に投獄され、そしてもう二度と外の空気を吸うこともない。
「……? なんだ、これは?」
警報が鳴りやまない中、俺に備わっている死神の能力に新しい何かが追加されたようだ。
それを確認するために俺は自身の能力データを空間に開示する。
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【魔■呪■】
■を■すことができる■■■■の能力。対象の■の『■』を■■し■■を■■させる。
【発動条件】
①対象者に自身の■(■■)を■■■■■
②過去に対象者が■■■■の中で、最も■■だと思うものを本人の■■■■■■■
③今ではそれを■■■■■■かどうかの質問をし、対象者が『■■■■■■■■』と答えた瞬間に能力が発動する
【その他条件】
①この能力を獲得するには■■■■■■■、その者の■■■■■■■■をしなければならない
②この能力は■■■■■にしか使用することはできない。能力の詳細事項の開示も不可能。
③対象者が過去に■■■■■■■■■■■場合、能力を発動した者自身の『■』が■■される
④対象者が『■■■■■■■』と答えた場合も、同じく能力を発動した者自身の『■』が■■される
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空間に表示された新たな能力の詳細は、そのほとんどが塗りつぶされている。
恐らくこれは今の俺の階級では発動できない、もしくは詳細を知ることができない能力なのだろうが、もはや俺には必要のない物だ。
『――死神 ナンバー 10086 574。最下 級 死神 、鈴木 翔太 。魔界 規 約 第三十 七 条八 項 違反 及び 第七 条 二項 違反 二ヨリ、 此レ ヨリ 魔界ヘト 強制 送還 シマス』
再び俺は機械仕掛けの審判神に拘束され、全身が宙へと浮いていく。
そして異空間へと放り込まれる直前に、遥風が目を覚ましたことに気付く。
「……翔太?」
彼女は俺を見上げそう言った。
だから俺は首を縦に振って、最後に一言だけこう答えた。
「――元気でな、遥風。もう、無茶するんじゃねぇぞ」
俺は次の瞬間、この世界から消え去った。
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