013 猟奇的な愛
無事に夜が明け、近所の警察騒ぎも何者かの悪戯だったということになり、また普段通りの何も無い一日が始まろうとしていた。
遥風はいつも通りに学校に向かい、また退屈な授業が始まった。
昨日あんなことがあったばかりだというのに、本当に芯の強い女だと思う。
いや、芯が強いというよりは、どこか頭のネジが一本外れてしまっているのかも知れないと本気で思う。
俺はまた野球部のグラウンドにある物置小屋から遥風を見張り、彼女との契約内容が記載された『死神の書』を空間に表示させて首を捻る。
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【殺害対象】大友輝明/男/平成15年4月17日生まれ
【殺害条件】この世で最も苦しい死に方(焼死、溺死など何でも)を、親しい人間が全員見ている前で大恥を掻かせて死亡させ、死んだことを嘆き悲しむ人がいればその人にも様々な不幸や災いが起こるようにする
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彼女が提示した大友殺害条件は、大きく分けて三つ。
①この世で最も苦しい死に方で殺す
②親しい人間が全員見ている前で大恥を掻いて死亡させる
③死んだことを嘆き悲しむ人がいれば、その人にも様々な不幸や災いが起こるようにする
俺は深く息を吐き、二つ目の死神の能力である『死神の鎌』を発動した。
具現化された黒く大きな鎌は『死神の書』と共鳴し、どす黒い煙のようなものを周囲にまき散らしていく。
これでもう、大友の『死』は確定した。
あとはどのタイミングで能力が発動され、上記にあるような条件を満たした上で、大友に死が訪れるのかを待つばかりとなる。
俺は死神の書を空間から消去し、暇つぶしに学園内を散策することに決めた。
◇
「! ちょっ――」
昼の休み時間に入り、グラウンドや校舎に学生らの活気が戻る。
俺は中庭にある購買部で焼きそばパンを盗み食いし、欠伸を噛み殺しつつベンチに腰を降ろしていた。
そこに現れたのは目を見開いたままこちらに向かって走ってくる遥風の姿だ。
「(貴方、何しているのよ!! こんな場所で!!)」
「あぁ? 何って……久しぶりの学生生活を俺も楽しんでみようと思って」
遥風はしきりに周囲を気にしつつ、小声で俺に話しかけている。
死神は神か召喚者、もしくは過去に死神と契約をした者にしか姿を見ることは出来ない。
人間界に降り立つ死神の数などたかが知れているので、こんな場所で出合い頭に会う確率などゼロに等しい。
「(言っている意味が分からないんですけれど……。昨日は急にナイフを取り上げて居なくなったと思ったら、今日は真昼間から堂々と現れるし……)」
「死神だからなぁ、俺。神出鬼没で当たり前」
焼きそばパンを食い終わった俺は残りのビニール袋まで平らげ、優雅に足を伸ばす。
その姿に面を喰らった様子の遥風だったが、何故か彼女も俺の隣に座りお弁当を食べ始める。
そうやってしばらくお互いに無言の時間が続いたが、静寂を破ったのは一人の女子学生だ。
「あら、春日部先輩。今日もお一人で昼食ですか?」
遥風の前に現れたのは中学生、下手をしたら小学生と見間違えそうなほど小柄な女子学生だ。
制服のリボンの色から、この学生が遥風の後輩の一年生だというのが分かる。
「ええ、そうよ。悪い?」
全く顔を上げずに返答だけする遥風。
当然、この学生には俺の姿は見えていない。
しかし俺には彼女の記憶があった。
確か名前は――『相馬愛』だったか。
「……悪い、ですって?」
遥風の態度が気に入らなかったのだろう。
相馬は急に声色を変化させ、下から遥風の顔を覗き込む。
「私が何も知らないわけが無いの、春日部先輩だって分かってますよねぇ?」
「……」
「私の輝明が困っているみたいなんですよ、春日部先輩のせいで。先輩の新作が配信されないと、客が離れて行っちゃうって。輝明はお金が必要なんです。……それがてめぇみたいな醜いメス豚だったとしても、客は繋ぎ止めないと駄目だってぇ」
相馬の顔が悪魔のように目まぐるしく変化していく。
この少女は麻薬でもやっているのだろうか。
一瞬で豹変し、まるで同一人物だとは到底思えない。
「輝明は、最近私にも暴力を振るうんですよぅ。でも私は春日部先輩と違って、輝明の愛をしっかりと受け止めていますぅ。ほら、見てください、この痣。ここも、ここにも。これ全部、輝明からの愛なんですよぅ」
この少女は狂っている。
痣は内出血を繰り返し、赤黒く黒ずんでしまっていた。
確か以前『死神の目』で情報を集めたときは、父親が有名な市議会議員か誰かだった記憶があった。
大友の今の彼女であるというのも記憶にあったが、それよりも親同士のキナ臭い関係性を疑ってしまう。
市議会議員と経営者。そしてモデル事務所『AKATSUKI』と暴力団の関係。
全ては大友輝明を中心とした闇の力が働いているのだと推察できる。
「……大友とはもう、別れた方が良いわ」
「……はぁ?」
それだけ言い残し、遥風はベンチから席を立つ。
その場に残された相馬は首を傾げたまま瞬きもせずに遥風の後ろ姿を見据えているだけだ。
「…………は。ははは。あはアハハ……! 馬鹿な女……! だから輝明に捨てられるのよ。輝明は私のもの。私だけを愛してくれればいいの。……だから貴女は死ねばいい。そう、死んで私の目の前から消えればいい……」
俺の存在にも気づかず、遥風に対する恨み節を延々と呟いている相馬。
この少女は危険だが、しかし遥風を殺すまでの行動力には至らないと判断できる。
そして恐らく俺の『死神の鎌』は遥風の提示した条件により、この少女にも厄災をもたらすだろう。
俺は気色の悪い少女を残し、ベンチから立ち上がって遥風の後を追った。




