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011 人間のクズ

 一度自宅に帰った遥風は私服に着替え、すぐ向かいの飯嶋の家の前に立ちチャイムを鳴らす。

 俺は欠伸を噛み殺し、彼女の家の屋根からそれを眺めているだけだ。

 しばらくして扉が開き、飯嶋は遥風を家に招き入れる。


 それから二時間ほど経過しただろうか。

 徐々に日が傾き辺りが薄暗くなってきた頃、飯嶋の家の周囲に怪しい人影が二つあるのを俺は発見した。


「ん……? あいつらは……」


 俺は片目をつぶり指で輪っかを作ってその人物を凝視する。

 一人は遥風と同じ城聖学園に通う新藤とかいう学生だ。

 もう一人のほうには見覚えが無く、俺は仕方なく『死神の目』を発動させた。



ーーーーーーーーーー

【本名】角谷誠二かどやせいじ

【国籍】日本

【年齢】23歳

【性別】男

【身長】183cm

【体重】71kg

【血液型】B型

【概要】東京都内住むフリーターの男。

    大友や飯嶋と同じくモデル事務所『AKATSUKI』に所属している。

    高校を卒業後、一度就職をしているが、ヤクザがらみの事件を起こし退職。

    現在はモデル事務所でアルバイトで生計を立てている。

ーーーーーーーーーー



「……あー、あいつが『角谷』ねぇ」


 俺は鼻をほじりながら二つの人影に視線を移す。

 大友の命令で遥風を脅し、好き放題やっているクズ男。

 ヤクザがらみで仕事を辞めてモデル事務所で働いているということは、遥風が言っていたとおり『AKATSUKI』という事務所も相当ヤバい会社なんだろうと想像できる。


 二つの影は周囲を気にするように飯嶋の家の前までたどり着き、そしてチャイムを鳴らした。

 すぐに扉が開き、飯嶋は二人に何度も頭を下げて家に招き入れる。


「ふーん……。そういうことか」


 俺は屋根から立ち上がり、首の骨を軽く鳴らす。

 遥風は恐らくこうなることを予想していたのだろう。

 この二日の間、彼女は頑なに角谷や新藤のことを拒否していた。

 そしてあの飯嶋の態度から、奴の家に二人、もしくは大友が来るだろうと予測して――。


「ちっ、面倒クセェな本当に……」


 俺は翼を広げ、遥風の家の屋根を飛び立った。





「よう、遥風ちゃん。久しぶりじゃん~。元気してた?」


 黒いジャンバーに金色のネックレスを付けた男がニヤついた顔で部屋の中へと入っていく。


「へぇ、すげぇじゃんここ。防音部屋って初めて見たぜ。さすがは飯嶋ぼっちゃん。パパとママにおねだりしたのかなぁ?」


 その後ろから部屋に現れたのは学生服の胸元を開いき短い髪を逆立てた男だ。

 角谷誠二と新藤幸次郎。

 その二人の姿を確認した遥風はぐっと唇を噛みしめた。


「こ、これで約束は守ったから……もう良いよね? 新藤君……?」


 二人の後ろで声を震わせている飯嶋。

 しかし新藤はその姿を見て余計に可笑しくなったのか、角谷と目を合わせて苦笑するだけだ。


「はーあ? 『もう良い』? んなわけねぇだろうが! これからもっと面白いこと・・・・・をするんだろうがよ!」


「あっ……! 痛い……!!」


 急に角谷に服を掴まれ、遥風の前に投げ出される飯嶋。

 完全に怯えてしまった飯嶋を遥風は蔑んだ目で見下ろしている。


「遥風ちゃん、今日の服装も可愛いねぇ。でもさぁ、遥風ちゃんも今時、不用心に思春期の男の子の部屋でそんな可愛い服を着て、二人っきりでゲームなんてやったら駄目だよー」


「くく、遥風も知りたいだろう? どうして角谷さんと俺が飯嶋の家に来たのかを」


 押し殺した笑い声を上げる新藤は制服のポケットからスマホを取り出して遥風の前に画面を見せる。


「や、やめて……! それだけは見せないで!」


「うるせぇな飯嶋ぁ! てめぇは黙ってろカス!」


「うっ……!」


 新藤のアイフォンを奪い取ろうとするも、鳩尾に蹴りを喰らった飯嶋はその場で蹲ってしまう。

 大声で笑う角谷は上着を脱ぎ捨て、防音になっている扉をしっかりと閉めた。

 それを確認した新藤はアイフォンの音量を最大にして動画を再生させ、その映像を遥風に見せる。


「くく、くははは! ウケるだろ? こいつ、お前の動画を見ながら・・・・・・・・・・一人で学校のトイレで抜いてるんだぜ? 俺が隠しカメラを仕掛けてるのにも気づかねぇで!」


「あ……ああ……」


 羞恥心のあまりに頭を抱え顔を鎮める飯嶋。

 それを見て二人の男は腹を抱えて笑っている。


「たまたま仕掛けた隠しカメラに飯嶋の姿が映っててよ……! そしたらこいつ、おもむろにポケットからスマホを取り出したと思ったら……! まさかの、俺達がネットに流した遥風のエロ動画じゃんよ! あー腹が痛てぇ……!!」


 遥風は表情を変えずに大笑いをする二人に視線を向けている。

 飯嶋は泣きじゃくり、聞き取れないような声で誰に対してか謝罪の言葉を呟いているだけだ。


「……お前が俺達を無視するからよぅ、幼馴染の飯嶋君がこういう目に遭うんだよ」


 笑いから醒めたのか。

 急に眉間に皺を寄せ、低い声でそう話す角谷。


「分かる、春日部? 俺達が今夜、ここに来た理由・・・・・・・


 同じく笑いを止め、真顔でそう告げる新藤。

 二人の男の豹変に恐怖を感じたのか、泣きじゃくっていた飯島は一歩後ずさり遥風のすぐ目の前まで後退した。


「も、もう止めてよぅ……。これ以上もう、僕も、春日部さんも――」


「飯嶋ぁ、お前童貞だろう?」


「……え?」


 新藤に急に質問され戸惑う飯嶋。

 それを見て再びニヤ付く角谷。


「お前さあ、ずっと春日部のことが好きだったみたいじゃん。学校のトイレで動画を見ながら『春日部さぁ~ん』とか叫んでたし。だからさぁ、お前の夢を俺達が叶えてやろうと思ってよ」


「え、え、ちょっと、待ってよ……」


 角谷はすでにスマホを取り出し、後ろから飯嶋と遥風の様子を撮影している。

 遥風はここまで一言も彼らと言葉を交わしていないが、唇が切れそうなくらいに噛みしめているのが分かる。


「こういうのさぁ、高く売れる・・・・・んだよね。お前も気づいてるんだろ? 俺らのバックにヤクザがいることくらい」


「や、ヤクザ……!」


 新藤の言葉に動揺する飯嶋。

 奴が放った言葉は遥風に向けたものなのかは、もはや定かではない。


「早くヤれよ、飯嶋。こんなチャンスお前の人生で一度しか無いぜ?」


「い、嫌だ……。僕は……」


「じゃあお前の恥ずかしい動画を今から全世界に向けて流すわ。学校中の人間やお前の両親にも見てもらうけど、それでいいんだな?」


「そ、それは……。でも、でも、春日部さんに、そんなことを……」


 もはや錯乱状態の飯嶋。

 怯える彼の視線は後ろにいる遥風に注がれている。

 彼女の視線は飯嶋を捉え、そしてその目を直視できずに逸らす飯嶋。

 

 しかしここで遥風が口を開く。


「……いいわ。どうせもう、私にはこれしかない・・・・・・から」


 そう呟いた遥風はゆっくりと上着を脱ぎ始めた。


「か、春日部さん……」


「うお! やったな飯嶋! お前の一生に一度の卒業式!」


「か~~、いいねぇ、遥風ちゃん、その表情。やっぱ向いてるわ、こういうの」


 男共の言葉など耳にも入らないのか。

 上着を脱ぎ終わった遥風はスカートに手を回していく。

 息を呑み、その行為に目が奪われている飯嶋。


 しかし、俺はここではっきりと確認した。


 ――遥風は・・・スカートの・・・・・後ろから・・・・万能ナイフを・・・・・・取り出そうと・・・・・・している・・・・


 だが、それと同時に部屋の照明が消えた。


「ああ!? んだよ、勝手に電気消すんじゃねぇよ飯嶋ぁ!」


「え……? 僕じゃない――」


 バンッ――!!!


「「へ――?」」


 防音の扉のノブがあり得ない方向にねじ曲がり、そのまま扉が真っ二つに引き裂かれた。

 その場にいる全員が何が起こったのか理解できない様子だ。


「きゃっ!」


 遥風の短い悲鳴。

 そして直後、パトカーのサイレンが玄関口から響き渡った。


「おいおいおい……! 警察呼んだのか飯嶋ぁ!!」


「し、知らない……! 僕じゃ、僕じゃない……!」


「おい、逃げるぞ幸次郎! 大友君にバレたら大変なことになるぞ……!!」


「わ、分かりました……! 覚えてろよ、飯嶋!!」


 慌てて家の裏口の扉を蹴破り逃げ出す二人。

 辺りは騒然となり人だかりも出来始めていた。



「……あれ、春日部、さん?」


 

 呆けたままの飯嶋は周囲を見回す。

 

 

 しかし、その場にいたはずの遥風の姿は、すでに消え去っていた。




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