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010 幼馴染男子

 それから二日ほどが経過した。

 

 俺は相変わらず遥風から1km以上離れることが出来ないため、常に彼女に付きまとう形にはなっているものの、あの夜以降ずっと彼女の前に姿を現していない。

 その間も何度か角谷からの連絡や新藤の接触などが見受けられたが、彼女は誘いには乗らず頑なに拒否を貫いていた。

 もう脅しには乗らない――。

 彼女のそういった強い意志に恐れを感じたのか、角谷と新藤はまた良からぬ行動を起こそうとしているようにも見てとれた。


 俺は自分に自問する。

 まだ十七歳という年端もいかぬ少女の願いを、何故俺は聞き入れないのか。

 死神という職務を全うせず、最低限の任務すら遂行できない、落ちこぼれの死神。

 しかし、常に答えは決まっていた。

 『気に入らない』――。

 あのガキと話すたびにイライラが募っていく。

 それが何故なのかは自分でも分からない。


 ただ、無性に彼女の考えが気に入らなかった。



 いつものように授業が終わり、彼女は帰路につく。

 しかし、今日はその彼女の後を追う男子学生の姿が見えた。


「あいつは……」


 俺は過去のデータを表示し、学生の情報を確認する。

 『飯嶋直人いいじまなおと』。

 遥風の幼馴染であり、城聖学園に通う二年の学生だ。

 彼女とクラスは別だが、廊下ですれ違う度に多少は会話をしているのを見かけた記憶があった。

 俺は離れた場所で耳を澄まし、彼らの会話を聞き取ることにした。


「ま、待って……! 春日部さん……!」


「……? 飯嶋、君?」


 後ろから声を掛けられ振り向く遥風。

 眼鏡を掛けた大人しそうな風貌である飯嶋は息を切らし、彼女の元に辿り着く。


「どうしたの? そんなに慌てて走ってきて」


「……はぁ、はぁ。い、いや……たまには一緒に帰りたいなって思って……」


「? ……まあ別に良いけれど」


 首を傾げた遥風だったが、そのまま踵を返して再び歩き出す。

 その後ろを慌てて追う飯嶋。

 しばらくの間は気まずそうに並んで歩く二人だったが、終始落ち着きの無い様子の飯嶋は上擦った声で再び口を開いた。


「か、春日部さん……。今夜もその、おばさんの帰りは遅いの?」


「……どうしてそんなことを聞くの?」


「え? あ、いや! ほら、昔から春日部さんのお母さんって、遅くまで仕事しているのは……その、うちの母さんも僕も知っているから……」


 慌てて返答する飯嶋。

 しかし遥風は一切表情を変えず、淡々と話している。


「だったら言わなくてもいいじゃない。それにすぐ向かいの家なんだから、うちの家の電気が消えてることだって分かるでしょう?」


「う、うん……。まあ、そうなんだけど……」


「?」


 態度がはっきりせず、ゴニョゴニョと何を言いたいのか分からない様子の飯嶋。

 しばらくの間同じ状況が続いたが、意を決したように再度飯嶋は口を開く。


「か、春日部さん!」


「……何?」


「こ、これから家に遊びに来ない?」


「はぁ? なんで?」


「な、何でって……。昔は一緒に良く遊んだし……。ゲームだって、その……一人でやってもつまらないし……」


「……」


 しばらく沈黙する遥風。

 明らかに様子がおかしい飯嶋だが、遥風は何かを考えているようにも見える。

 そして、そろそろ家が見えてきた頃にようやく彼女は返答した。


「いいわ。一旦家に荷物を置いて、着替えてから行くけど。それでいい?」


「え……いいの? も、もちろん……! じ、じゃあ、待ってるね……!」


 意外な返答に驚いた様子の飯嶋は、そのまま走って家に向かって行った。

 その後ろ姿を表情を変えずに見続けている遥風。


 しかし、俺は見逃さなかった。


 ――彼女の拳が痛いほどに握り締められていたのを。




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