第十九話/三月二十一日/真魚⑨
“三月二十一日、午前四時、世界は光に包まれる”
佐伯美緒は、自らの身体へ弘法大師、空海の魂を転生させる。
圧倒的な祈りの力、法力を伴って……
千二百年の時を経て、遍照金剛が現世へと降り立つ。
弘法大師『空海』・・・真魚
吉備の鬼神『温羅』・・・みさき
『吉備津神社』宮司の娘・・・伽耶
空海を追う『摩』法少女・・・七瀬
四人の女子高生が織りなす、「因縁生起」を巡る物語――
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岡山・香川の実在の旧跡・名所を舞台に繰り広げられる、バトルコメディ奇譚。
小旅行気分でお読みください。
弘法大師 生誕一二五〇年 入定一二〇〇年 祈念作品
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体、等とは一切関係ありません。
また、特定の宗教・教義を礼賛するものではありません。
瀬戸大橋を抜けた後は山の中を一直線に駆けた。
見覚えがある。ここは……
「吉備の児島が陸続きになっておる!」
「よく気づきましたね。そうです。この辺りは、最近陸地になったのです」
「これも人の仕業か?」
「そうですよ。干拓というのです」
「『国産み』なんて神の領域だろうに……」
広く大きな道から下りると、家々が立ち並ぶ狭い道へと入っていった。
次第に民家も少なくなり、田畑が広がる山間の細道へ逸れていく。
陽は昇り、煌めく光が山々の緑を照らしていた。
鉄騎は急傾斜の坂道をグイグイと駆け上っていく。
時折開けた木々の間から見える山の端が、段々と見覚えのある様子になってきた。
この辺りでよく修業したものだ。
道沿いの川や岩山、見知った地形に昔の記憶を取り戻す。目的地は近い。
ふと、鋭い気配を感じて、周囲を見渡す。追っ手か?
「みさき、この先に何かいる! 待ち伏せの気配がするぞ!」
「真魚、落ち着いて聞いて下さい。きっと大丈夫です。いや、大丈夫ではないんですけど、何があっても安心して下さい。何があっても」
そんな奥歯に物の挟まったような物言いでは、よけいに不安になるだろうが。
「とにかく私にしっかり掴まって、微動だにしないように」
みさきの腰にしっかりと手を回し、気配の根源を辿る。
刹那、ッツァッシャと軽く鈍い音が聞こえた。
「矢!」
開けた木々の間からきらりと鋭い光が向かってくる。
みさきが身体を傾けつつ、加速した。
鉄騎が唸りを上げ、曲がり角に差しかかる。
地面すれすれまで鉄騎を倒すと、矢と入れ替わるように交差した。
山裾を舐めるようにしなやかな挙動で更に駆け上がっていく。
「みさき、射ら……」
――ッツァッシャ!
更に快音が響き渡る。
音を聞く限りでも、相手の腕は確からしい。
今度はまっすぐな上り坂に差しかかった。
天空から降ってきた矢が鉄騎を捉えようとする刹那、一気に減速する。
矢は前輪の先に突き刺さり、みさきは小さい挙動で躱すと再度加速した。
――見えた! 鬼ノ城だ!
みさきは鬼ノ城へ向かうことなく、脇道へ逸れていく。
その先に建物があり、誰かが立っていた。
みさきの背中越しに前方を覗き込む。
栗色のふわっとした髪に灰色の服。
凛とした立ち姿で少女が長弓を構えている。
長弓を構えている。長弓を構えているぞ!
「おい、みさき!」
みさきに減速する様子はなく、弓の射程に踏み込んでいく。
向こうもみさきの後ろから頭が出ているのに気づいたらしい。
しっかりと引き絞っていた矢を、放った。
みさきは身体を最小限傾けて、矢を躱す。
そのまま弓女に迫ると、すれ違い、円を描くように鉄騎が停止した。
砂埃が立ち昇る。
「真魚、大丈夫でしたか?」
みさきがようやく口を開いた。
随分と集中していたようだ。
「遅い、遅い、遅ーい!」
弓女が雄叫びを上げる。
「だいぶ待ったんですけど! あとその子は何?」
みさきは応えないまま鉄騎から降りると、手を差し伸べてくれた。
「さぁ、降りて下さい」
「ちょーっとー! 答えなさいよ!」
弓女が詰め寄ってくる。
みさきは黒兜を脱ぎ去ると、弓女の動きを軽く手で制した。
「真魚、こちらは藤宮伽耶。私の友人です」
恭しく紹介する。
伽耶へ向き直り、姿勢を正すと声を張った。
「伽耶、落ち着いて聞いて下さい。このお方は――」
伽耶の表情が険しくなる。
「――弘法大師、空海様です」
険しい表情が、怪訝へと変化する。
「は?」
ナニイッテルノ、と言外に語っていた。
「信じられないと思いますが、事実です。この少女は空海様なのです」
「はぁ? なに? 新興宗教?」
「事実です」
二人の間へ割って入る。
「みさき、そもそも何故、伽耶に話した。そのような事、普通の人間には信じられんぞ」
当事者である自分でも信じられない状況なのに。
「今後、ここで暮らすためには伽耶の助けが必要となります。それに伽耶はこのような物言いをする粗野な女です……」
伽耶が拳を振り上げる。
「……が、信に足る者です」
拳を下ろした。
「ふーむ。そうなのか。伽耶よ、信じられんか?」
「いや、信じる要素がないでしょ。みさきが洗脳されてる方が現実味があるわ」
「ふむ。では、仏の一端を見せよう」
左手の人差し指を天へ向けると、右手で握り込む。
智拳印を結び、真言を唱えた。
オン バサラ ダト バン……
突然の状況に伽耶は身を引き、警戒する。
「真魚、待っ……!」
みさきが制止しようとするが、証明するには他に方法がない。
身体が金色の光で包まれ、大日如来が顕現する。
大日如来は真理を司る、密教の本尊である。
「これが真言の奥義、即身成仏だ――」
御仏の智慧と慈悲が光となって宙へ舞い上がり、雨のように降り注いだ。
伽耶の身体から力が抜け、その場にへたり込む。
その瞳からは止め処なく涙が零れ落ちた。
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