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第十九話/三月二十一日/真魚⑨

“三月二十一日、午前四時、世界は光に包まれる”

佐伯美緒は、自らの身体へ弘法大師、空海の魂を転生させる。

圧倒的な祈りの力、法力を伴って……


千二百年の時を経て、遍照金剛が現世へと降り立つ。


弘法大師『空海』・・・真魚

吉備の鬼神『温羅』・・・みさき

『吉備津神社』宮司の娘・・・伽耶

空海を追う『摩』法少女・・・七瀬


四人の女子高生が織りなす、「因縁生起」を巡る物語――


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


岡山・香川の実在の旧跡・名所を舞台に繰り広げられる、バトルコメディ奇譚。

小旅行気分でお読みください。


弘法大師 生誕一二五〇年 入定一二〇〇年 祈念作品


※この作品はフィクションです。実在の人物・団体、等とは一切関係ありません。

 また、特定の宗教・教義を礼賛するものではありません。


 瀬戸大橋を抜けた後は山の中を一直線に駆けた。

 見覚えがある。ここは……


「吉備の児島が陸続きになっておる!」


「よく気づきましたね。そうです。この辺りは、最近陸地になったのです」


「これも人の仕業か?」


「そうですよ。干拓というのです」


「『国産くにうみ』なんて神の領域だろうに……」




 広く大きな道から下りると、家々が立ち並ぶ狭い道へと入っていった。

 次第に民家も少なくなり、田畑が広がる山間の細道へ逸れていく。

 陽は昇り、煌めく光が山々の緑を照らしていた。


 鉄騎は急傾斜の坂道をグイグイと駆け上っていく。

 時折開けた木々の間から見える山の端が、段々と見覚えのある様子になってきた。

 この辺りでよく修業したものだ。

 道沿いの川や岩山、見知った地形に昔の記憶を取り戻す。目的地は近い。


 ふと、鋭い気配を感じて、周囲を見渡す。追っ手か?


「みさき、この先に何かいる! 待ち伏せの気配がするぞ!」


「真魚、落ち着いて聞いて下さい。きっと大丈夫です。いや、大丈夫ではないんですけど、何があっても安心して下さい。何があっても」

 そんな奥歯に物の挟まったような物言いでは、よけいに不安になるだろうが。


「とにかく私にしっかり掴まって、微動だにしないように」

 みさきの腰にしっかりと手を回し、気配の根源を辿る。


 刹那、ッツァッシャと軽く鈍い音が聞こえた。


「矢!」


 開けた木々の間からきらりと鋭い光が向かってくる。

 みさきが身体を傾けつつ、加速した。

 鉄騎がうなりを上げ、曲がり角に差しかかる。

 地面すれすれまで鉄騎を倒すと、矢と入れ替わるように交差した。

 山裾やますそを舐めるようにしなやかな挙動で更に駆け上がっていく。


「みさき、射ら……」


 ――ッツァッシャ!


 更に快音が響き渡る。

 音を聞く限りでも、相手の腕は確からしい。

 今度はまっすぐな上り坂に差しかかった。

 天空から降ってきた矢が鉄騎を捉えようとする刹那、一気に減速する。

 矢は前輪の先に突き刺さり、みさきは小さい挙動でかわすと再度加速した。


 ――見えた! 鬼ノ城きのじょうだ!


 みさきは鬼ノ城へ向かうことなく、脇道へ逸れていく。

 その先に建物があり、誰かが立っていた。

 みさきの背中越しに前方を覗き込む。

 栗色のふわっとした髪に灰色の服。

 凛とした立ち姿で少女が長弓を構えている。

 長弓を構えている。長弓を構えているぞ!


「おい、みさき!」


 みさきに減速する様子はなく、弓の射程に踏み込んでいく。

 向こうもみさきの後ろから頭が出ているのに気づいたらしい。

 しっかりと引き絞っていた矢を、放った。

 みさきは身体を最小限傾けて、矢を躱す。

 そのまま弓女に迫ると、すれ違い、円を描くように鉄騎が停止した。

 砂埃が立ち昇る。


「真魚、大丈夫でしたか?」


 みさきがようやく口を開いた。

 随分と集中していたようだ。


「遅い、遅い、遅ーい!」


 弓女が雄叫びを上げる。


「だいぶ待ったんですけど! あとその子は何?」

 みさきは応えないまま鉄騎から降りると、手を差し伸べてくれた。


「さぁ、降りて下さい」


「ちょーっとー! 答えなさいよ!」

 弓女が詰め寄ってくる。


 みさきは黒兜を脱ぎ去ると、弓女の動きを軽く手で制した。


「真魚、こちらは藤宮伽耶ふじのみやかや。私の友人です」

 うやうやしく紹介する。

 伽耶へ向き直り、姿勢を正すと声を張った。


「伽耶、落ち着いて聞いて下さい。このお方は――」

 伽耶の表情が険しくなる。


「――弘法大師、空海様です」

 険しい表情が、怪訝けげんへと変化する。


「は?」

 ナニイッテルノ、と言外に語っていた。


「信じられないと思いますが、事実です。この少女は空海様なのです」


「はぁ? なに? 新興宗教?」


「事実です」

 二人の間へ割って入る。


「みさき、そもそも何故、伽耶に話した。そのような事、普通の人間には信じられんぞ」

 当事者である自分でも信じられない状況なのに。


「今後、ここで暮らすためには伽耶の助けが必要となります。それに伽耶はこのような物言いをする粗野な女です……」


 伽耶が拳を振り上げる。


「……が、信に足る者です」


 拳を下ろした。


「ふーむ。そうなのか。伽耶よ、信じられんか?」


「いや、信じる要素がないでしょ。みさきが洗脳されてる方が現実味があるわ」


「ふむ。では、仏の一端を見せよう」

 左手の人差し指を天へ向けると、右手で握り込む。

 智拳印ちけんいんを結び、真言を唱えた。




 オン バサラ ダト バン……




 突然の状況に伽耶は身を引き、警戒する。


「真魚、待っ……!」

 みさきが制止しようとするが、証明するには他に方法がない。


 身体が金色の光で包まれ、大日如来だいにちにょらいが顕現する。

 大日如来は真理を司る、密教の本尊ほんぞんである。


「これが真言の奥義、即身成仏だ――」


 御仏みほとけ智慧ちえと慈悲が光となって宙へ舞い上がり、雨のように降り注いだ。

 伽耶の身体から力が抜け、その場にへたり込む。

 その瞳からは止め処なく涙が零れ落ちた。


お読みいただきありがとうございます。

皆様の応援が、執筆の糧です。


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感想はもちろん、

舞台となる岡山・香川の旧跡・名所のリクエストもお待ちしております。

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