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「俺が追放しました」

「お前は、今日限りでクビだ」


 冷たい沈黙が部屋に満ちた。最後のパーティーメンバーである幻術師をクビにする、という宣言に、当の本人は一瞬だけ驚きに目を見開かせたが、まばたき一つのうちに元の無表情に戻る。


「やっぱりそうなんだ。まぁ、そんな気はしてたけど」

「……」

「最初に無職君を追放したよね。その次に魔法使い、剣士、僧侶…………そして、最後は僕だ」


 声は淡々としている。そこに怒りや悲しみといった感情はなかった。喜びすらない。長年一緒にいた仲間だが、この幻術師──ユリウド・クマシュルの考えることが、今はわからなかった。だが相手も、自分の思考はわからないのだろう。


「……これ、退職金」


 そっと、机の上に金貨の入った袋を置く。ユリウドは黙って袋を見つめていたが、しばらくしてそれに手を伸ばし、中身を確認することなくさっさとポケットに突っ込んだ。


「こんな終わり方をしたこと、残念に思うよ。……じゃあね。僕がいなくなっても元気で」


 形だけの挨拶をし、ユリウドは背中を向けて部屋を出ていった。重たい空気の中、バタンと閉まるドアの音だけがやけに響く。同時に、先ほどユリウドにクビを告げたSSSランクチームのリーダー──グリス・アルベルダは深いため息をついた。


 グリスが所属していたのは、この世界でも数少ないSSSランクのチームだった。魔法使い、剣士、僧侶、幻術師、そしてグリスの魔法剣士で構成される五人パーティだ。そこに、つい半年ほど前に新たに一人加わった。


 そいつの役職は「無職」。彼を入隊に導いたのはグリスだが、当然チーム内では猛烈な反対があった。グリスは他人の役職に執着しないタイプだったので、役職を抜きにした彼の人格と努力家な一面を見て、こいつは将来絶対のしあがる男だと見込んだが、チームメンバーはそうではない。話し合った結果僧侶と幻術師が折れ、多数決でなんとかチームに入隊させたのだ。


 だが──文字通り、彼がチームを終わらせるなんて、誰が予想できただろうか。もしかしたら、自分がその可能性を案じなければならなかったのかもしれない。しかし……


(……いや、考えるのはもうやめよう。このチームは終わったんだ。俺はこれからのことを考えないと)


 無駄な思考を破棄し、グリスはのっそりと腰を上げる。依頼はずっと来てないので、忙しくモンスター退治に駆け回る必要はない。そうなると冒険者ギルドに行く必要性もないので、グリスは暗い思考を忘れるために、贔屓にしている酒場に顔を出すことにした。


◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 カランコロン、と酒場入り口のベルが鳴る。真っ昼間から飲んでる客なんてそうそういなくて、店内は夜と比べてずっと空いていた。


「いらっしゃいませ。……グリスさん、どうされました?」


 ふわふわとした茶髪をサイドで一つ結びにした女オーナー、マリナ・カプリオーリが、顔色の悪いグリスを気遣ってくれる。グリスはテーブル席につくと、肘をついて脱力した。


「……もう知ってると思うが、俺のチームが崩壊してるんだ」

「でも、クマシュル君がいたのでは?」

「それもさっきクビにしてきた」


 マリナには渋い顔をしたが、黙ってコーヒーを差し出してくれる。ありがたく親切を受け取り、少しだけ口に含んだ。……まったく、俺好みの味だ。


「どうしたんですか、そんな急にメンバーを追放しだして……街でも有名になってますよ。あそこのSSSランクパーティが落ちぶれてるって」

「知ってるさ……でも、もう愛想が尽きたんだ」


 疲れてしまった、というのが正しいのだろうか。毎日同じことの繰り返し。何年も続けてきたことが、急に苦痛になってしまった。こういうときに仲間がいたらよかったのだろうが、肝心の仲間とはすっかり冷えきってしまった。それも自分のせいだろうか。


「前に言ってましたね。何の代わり映えのない日々が辛いって。お仲間さんのことは……残念ですが」


 その言葉に、知らずため息が漏れる。最近はため息ばっかりだ。


「俺には向いてなかったんだ。多分俺はスローライフとかじゃなくて、ワクワクするような、いわばクイックライフのほうが好きなんだよ。だから、これからは新しいことを始めてみようと思う」

「クイックライフ……飽きないような生活だったりですかね? どこかあてはあるんですか?」


 マリナの問いかけに、力なく首を横に振る。旅人なんて考えもあったが、落ちぶれたグリスは悪い意味で有名人だし、よその国で歓迎されるとは思えなかったので除外したのだ。


「う~ん…………あっそうだ、変化(へんげ)の森って知ってます?」

「知ってるが、急にどうしたんだ?」

「そこに住んでみてはいかがでしょう?」


 えっ、と目線を上げると、いたって真面目な目をしたマリナと目が合った。──変化の森。それは不定期に森の構造が木や草の種類に至るまでガラリと変わる、巷では「迷いの森」なんて呼ばれかたをしている森のことだ。そこにはモンスターはおろかエルフや精霊も住んでいると噂で、立ち入る人も所有している国も今はないのが現状だ。


「そこなら、新鮮さがあっていいんじゃないですかね。毎日違う景色ですし、飽きることはないと思います」

「でも食料はどうするんだ? 都市から離れているから自給自足だろうが、森の構造が変わるんだから農作もできないだろう」


 そこについては心配ありません、とマリナは言う。なんでも、一種の防衛魔法である空間保持魔法を使えば、選んだ範囲の変化を防ぐことができるという。それには当然大量の魔力がいるが、落ちぶれたとはいえグリスはSSSランクパーティにいたのだ。それくらいの魔力なら当然ある。


「どうです? グリスさんならきっと充実した日々を送れると思うんですけど」

「そうだな…………」


 住む土地を変えて、自給自足をしていく中で日々新たな発見をして暮らす…………うん、うん。悪くない。どうせ行くあてのない身だ。まずは挑戦してみよう。


「ありがとう。そうしてみるよ」

「えぇ。そのほうがいいと思います」


 にっこりと微笑み、マリナが背中を押してくれる。こうやって真摯に寄り添ってくれる存在はありがたいものだ。マリナの笑顔につられて、俺も少しだけ頬を緩めた。


「それじゃあグリスさん、お会計お願いします」

「え!?」


 あのコーヒー、店のサービスじゃなかったのかよ!?

ここまで閲覧ありがとうございました!

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