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3話

 霧子と名乗った女の子が口にした、「茅森」という苗字が心に大きな波紋を作る。

「お父さんってミスティさん……いや、茅森孝一さん?」

「ええ。あなたがガーディアンさんでしょ? お父さんとゲーム友達だった」

「は、はい」

 ゲームなど全くやらなそうな彼女から発せられた「ガーディアン」という言葉の裏に、「いい歳した大人が子供みたいにごっこ遊びをしちゃって」というような嘲りを一方的に感じとってしまって、恥ずかしくなり俺は俯き、小さな声で答えた。多分、淡々と問いかける彼女の口調に、そんなニュアンスは込められていなかったというのに。

「突然の話で申し訳ないけど、北海道まで来て父に会って欲しいの」

「えっ……無理です」

 あまりにも突然の話だったので、考える間もなく反射的に拒否してしまう。

 いや。よくよく考えたところで、長年恋焦がれ共に冒険をしてきたミスティさんの正体がネカマのおっさんだったなんて悲惨な現実を、わざわざ北海道まで確認しに行く理由なんて皆無だ。

 彼女は、後退りながら家の中へ消えていこうとする俺の手をがっしりと握って、離さない。かじかんだ手を包み込む彼女の手の温もりと、その甘い匂いに心臓が跳ね上がった。

「お願い。あなたじゃないと、ダメなの。パパが今、本当に会いたいのはあなただけだから」

「な、なんだよそれ。俺じゃないとダメって。君が、俺とミスティさんのなにを知ってるって言うんだ」

 告白したけど、それをやんわりなかったことにされて。俺は、ミスティさんに振られてるんだ。ゲーム友達ならいいけど、リアルでのお付き合いは出来ないって拒否されたんだ。いや、ミスティさんの中身はおっさんだったわけで、受け入れられてたらそれはそれで更なる悲劇や倒錯を生んでいたようにも思うけど。

「……知ってるよ。娘だもん。パパがあなたを大切に思う気持ちも、あなたがパパを大好きだったって気持ちも」

「分かったようなこというなよ!」

 声を、荒げてしまった。

 複雑な感情が入り混じった思い出を、軽く扱わないでくれ。あの人の娘だからって、そんな権利はどこにもない。

「ううん。私には、分かってるの!」

 一歩も引かないその態度に苛々して、俯いていた顔を上げて女を見つめる。

 瞳に涙を浮かべながら、まっすぐこちらを見つめる彼女の顔がそこにあった。

「私じゃ、ダメなんだよ。今、パパは……あなたを必要としているの」

「なんでそんなに必死になって……」

 今にも泣き出してしまいそうな顔をしているのに、決してその感情に流されずに前を向く。強さと儚さが同居する彼女の佇まいは、どこかゲームのキャラクターとして作られた「ミスティ」を彷彿とさせた。茅森孝一は、もしかしたら娘を想いながら「ミスティ」のキャラクターを作ったのかもしれない。

「パパは癌だから。もう長くないから」

「はっ……?」

 投げかけられた「癌」と言う強烈な言葉が、胸の奥へと落ちていく。

「だから最期に……あなたに会わせてあげたい」

「お父さんが、俺を連れて来いって言ったの?」

「ううん。パパは、会いたいと思っても絶対に言わない。病気のこと、私にだってギリギリまで教えてくれなかったんだから」

「それじゃ、なんで……」

「パパは、誰にも迷惑かけずに、一人で死ぬつもりなんだ。そんなの私、認めない」

 胸の奥深くへと落ちていった言葉は、大きな波紋となって広がってミスティさんとの冒険の日々を思い出を蘇らせる。アップデートで二人乗りのドラゴンが実装された日、ドラゴンの背に乗って朝まで世界中を駆け回った。何度戦っても勝てなかった邪龍王ドラグネスだって、懇切丁寧に戦い方を教えてくれたミスティさんのおかげで打ち倒すことができた。

 ふたりで毎日夜遅くまで――時には、朝になるまで冒険したあの日々の思い出は、どれもかけがえのないもので、その正体が明らかになった今でも、やっぱり俺はミスティさんが大好きだと強く思った。

「ミスティさんが、死ぬ?」

「……お母さんと別れて北海道に帰ってきてから、パパずっと寂しそうだった。その癖、周りの人には気を遣ってばっかで、私といてもなんだか窮屈そうで……」

 彼女は、寂しげに笑って涙に濡れるその目を伏せる。

「だけどね、あなたとゲームしてるときだけは違った。心の底から楽しそうに笑ってたんだ」

 俺だってそうだ。傍から見たら相当気持ち悪いとは思うけど、いつもにやにやしながらミスティさんとのゲームを楽しんでいた。

「ねぇ、お願い。私と一緒に、北海道に来てちょうだい」

 廊下の奥から顔出し、心配そうにこちらを見ていた母親に「大丈夫だから」と手で追い払うしぐさをする。

「俺、ミスティさんのこと女の人だと思ってたんだ」

「うん。知ってる」

「だから……本人を目の前にしたら逆上して、騙しやがったなって殴っちゃうかも」

「そんなことしたら私、あなたをオホーツク海に沈めるから。その勇気があるならどうぞ」

 冗談めかして言った俺の言葉に、彼女は混じりっけなしの本気の言葉を返す。

 垢抜けたその風体と、自信に満ち溢れた茅森霧子の態度。正直苦手なタイプで、一緒に北海道に行くなんて億劫でしかなかったけど。彼女の父を想う気持ちと、ミスティさんとの思い出に背中を押されるようにして、「行くよ」と俺は思わず口走ってしまった。



    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇



 ――守と霧子が話しているその様を、遠巻きに見つめる影が一つ。

 長く伸びた仄白んだ金髪を束ねて、すっと伸びた長身細身の背中に下ろしている。黒いマリンキャップを深く被っているせいで顔が見えず、傍目には男か女かも分からない。

「いよいよ接触したねー!」

 低く響くその声は弾んでいて、何かの始まりを期待しているように聞こえる。

「さぁ、端を取られたオセロみたいに全てがひっくり返ったこの世界を、もう一度引っ繰り返すんだ。僕と君達で、エレガントにね!」

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