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1話

ネットの匿名性の是非と真っ向から向かい合いながら、日陰でしか生きていけない人々の生き様を等身大の目線で追いかけていくエンターテイメントストーリー。

 それがANONYMOUS DEAD LANDです。

 85000字程の中編小説となりますが最後までお付き合いいただけると幸いです。

 どうか何卒、よろしくお願いいたします。

一章  匿名性の死



 この世界には信じられないくらい沢山の人がいて、その中でも似通った人たちが集まっては、自分達にとって安全で、心地いい場所を作ろうとしている。その大きなものが「国」だったり「社会」だったり、その中で細かく分かれてるコミュニティだったりするんだろう。学校や会社、主義主張を同じくする人たちの集まり、仲の良い友達の集まり、SNSなどを通じたグループなどなど、数え切れないほどのコミュニティがこの世界には存在している。

 そしてこの世界で生きていくと言うことは、それらのコミュニティを渡り歩いて行くことに他ならない。例えば俺の二十五年の人生を省みても、小学校、中学校、高校、我が家での母親との生活、今勤めている区役所、TWITTERを通して知り合った人たち、様々なコミュニティに所属して生きてきたように思う。

 もちろん沢山、失敗もした。

 例えば小学生時代。俺はTPOを弁えず「うんこ」だの「ちんこ」だの本能の赴くまま叫び、気に入らないことがあれば大声をあげて喚きだし、ヒステリーを起こして、その小さい身体で教師にすら殴りかかろうとして返り討ちにあうような、かなりヤバい奴だった。

 そんなヤバい奴であるところの俺が、その幼さを残したまま中学校に上がったらどうなるか?

 早々に大人になった友達からは距離を置かれて孤立して、異物に対して攻撃的な反応を見せる同級生からは虐められて、社会というものの厳しさを知ることとなった。

 その辺り、思い返すだけでも胸が痛くなってくるので詳細は省くが、一例だけ挙げると昼休み中、個室トイレに閉じ込められて上から放水され続けたのはきつかった。

 しかし幸いなことに逆境に対して、学び、乗り越えようとする強い意志を持って生まれてきた俺は、思春期に訪れた悲痛な出来事から「所属するコミュニティが望む、相応しい振る舞いをしなければ、この世界で生き延びることはできない」ということを学習し、意識的に場の空気を読んで自分を取り繕って生きていくようになった。

 仮面を着ける術を、身に着けたのだ。

 窮屈な仮面や、自分が大きくなったように思えて心地良い仮面。様々な仮面がある中で、ついこの間まで俺は5つの仮面を状況によって使い分け、人生というサバイバルを乗り越えようとしていた。

 ある忌まわしい事件によって今ではほとんどの仮面が使えなくなってしまったが、世話になった「仮面」と、「仮面」によって生まれた思い出の供養のために、今ここでその5つの仮面について語ろうと思う。

 どうせしばらく、暇だし。

 例えば小説を読むように、俺のこの内面の呟きをどこかで見ている人がいるとするならば、少々お付き合い頂けるとありがたい。そんな人がいてくれると妄想するだけでも、砕け散った俺の「仮面の日々」に、少しは意味があったと思えるからさ。

「頼むよ。土下座でもなんでもするから」

 俺は、締め切ったカーテン越しに差し込む薄明かりに照らされたその部屋で、空想上のあなたに向けてそう独りごちた。俺の部屋ではいつだって、暗がりの部屋に置かれた蝋燭の灯火のように、パソコンのモニターだけが煌々と光を放っている。


 一つ目の仮面は、今勤めている区役所での仮面だ。

 高卒程度試験と特別区採用試験の筆記試験を突破して、なんとか最終面接までこぎつけたあのとき。俺は、どうすれば面接を突破できるか必死に考えた。

 大手企業に勤めていたものの独立し、自らの会社を成り立たせるため寝食も忘れて働いた挙句に過労死した父とは別の道を行きたかったし、女手一人で俺を育ててくれた母に誇れる仕事をしたかった。それに公務員になれば自分と異なる価値観の人間の死をいつも望んでいる少しおかしな俺でも、真っ当に、世界から疎外されずに生きていけるような気がしたから、どうしても区役所で働きたかったんだ。

 事前に区役所に何度も足を運びそこで働いてる人を観察し、一般の企業より穏やかな性格の人が多いと読んだ俺は、なにを言われてもにこにこと愛想良く返し、周囲の人々の心の機微を敏感に読み取り、思いやりある対応を常に行う絵に描いたような好青年のキャラクターを自分の中に作り上げることにした。

 生来の自分とは正反対の仮面を作り上げるのは大変だったが、その甲斐あって面接は合格。

「人間味があっていいね」

 と、面接で言ってくれた上司の下、区役所広報課で働くこととなった。

 この仮面のおかげで八月の終わりのあの時まで、広報課での職務を果たしながら母と二人、穏やかな暮らしを送る事ができていた。


 二つ目の仮面は、TWITTERでフォロワー数三万を越える、アカウント名「PEACE WALKER」の仮面。

 区役所の面接試験突破で気を良くした俺は、自分の考えたキャラクターでもっと沢山の人の心を動かしてみたくなり、TWITTERで垣間見える世間の空気のようなものをうまく読んで、世間が欲しがっている言葉を書き連ねてみることにした。

 単純なところでは、多くの人が愛する猫や犬を愛でるような書き込みや、そこからひねり出される面白エピソードを書いた。ペットなど飼ったことはなかったけれど、ネットに溢れる動物好きの言葉を、パクりだと悟られないよう自分の仮面の言葉に置き換えて書いたら、それなりにいいねが貰えてフォロワーが増えた。

 近所にいた野良猫があくびしている動画に「一緒にお昼寝したい~!」とコメントを付けて呟いたときなど、三万いいね越えのバズり方をした。面白かった反面、実感としてまるで理解できない猫の魅力の底深さが恐ろしくなった。

 そしてなにか事件が起こればしたり顔で、多数派が気持ちよくなれるようなちょっと捻った正論っぽいものを書き込んでいった。政治とか芸能人とか、世間が大好物のネタに俺自身ほとんど興味がなかったのが逆に良かったのか、ただただ受けるためだけに書いた俺の書き込みは定期的にバズって、この間、目標としていたフォロワー三万を越えるに至った。

「フォロワー三万越え、ありがとうございます! これからもいつも前向きに、猫ちゃん膝に乗せながら全力疾走していきたいと思います!」

 時折、自分自身は全く共感できない、自分的いいねゼロのツイートを見て「なにやってんだろ」と思うこともあったが、なんであろうと沢山の人たちに認められるのは気持ちよかったし、からっぽな俺の生き様が世間を凌駕したようで痛快だったので、止める気にはならなかった。


 三つ目の仮面は、「ガーディアン」。寡黙な性格で、誰とも馴れ合わない一匹狼。剣の腕だけを頼りに生きてきた隻眼の戦士。高校のときからやっている、MMORPGを遊んでいるときの人格だ。

 この仮面に関しては、今まで語った「誰かに認められるため」の仮面とは違い、どちらかというと「こういう人間になりたかった」という理想像を恥ずかしげもなく盛り込んだもので、演じて遊んでいるときは最高に楽しかった。

「ミスティ! 後ろに下がれ。こいつは――俺がやる」

「笑止。その程度で、剣聖を名乗るか」

「冒険を、続けよう。この世界には、君に相応しい輝きがまだ多く残っている」

 とことん入り込んだ台詞の数々は、野暮ったい奴に「ロールプレイしすぎw」などとバカにされることもあった。だけど相棒のミスティさんが、いつだって茶化さずに俺の横にいてくれたから。俺は俺の望む姿で、MMORPGの世界を満喫することができたんだ。


 そして四つ目の仮面。

 これこそ俺の人生に致命的な打撃を与えることとなった爆弾であり、同時に決して切り離すことのできない俺と言う人間の核となる人格だった。

 俺は中学の昔から、とある匿名掲示板で自由気ままに自分と違う価値観の人間を罵り続けてきた。当時好きだったゲームや映画を理解できない人間を「人間の不良品」と罵り、少しでも目立った奴に噛み付いては、徹底的に相手が傷つくような言葉を投げかけ続けた。相手が女性であろうものなら、現実で女の子に見向きもされない恨みを叩きつけるように、特に辛らつな言葉を投げかけては暗い快楽に心を震わせた。

 偉そうに上から目線でものを語る有名人も、攻撃対象になった。遥か高みから一方的に投げかけられる有名人の言葉に対して、あることないこと誹謗中傷を書き散らすことでストレスを発散していたのだ。別に有名人本人に届こうが届くまいが、どう思おうがどうでもいい。自分さえ気持ちよければそれでよかった。

 区役所で俺が演じてるような人当たりのいい人間や、TWITTERで俺が演じているような軽薄なポジティブ野郎もよく標的になった。思えばそういう人間が「どうやったら傷ついてくれるだろうか」と考え続けてきたからこそ、いざ演じるとなった時、すんなり演じられたのかもしれない。

 次第に匿名掲示板で暴言を吐き続ける俺の存在は、匿名ながらも注目を集めるようになり、誰かが名付けた「珍黒斎」という名で呼ばれるようになった。

「無傷で発言できると思うなよぉ。お前の価値観垂れ流すってことは、誰かの価値観を侵食してるってことなんだよ。分かるか? お前が口を開いた瞬間に、戦争は始まってるんだよォ。さぁ、今日の標的は誰かな~?」

 大っ嫌いなんだ。俺からすればバカみたいな正論で、俺に沢山の我慢を強いるこの世界が。だけどその嫌悪を口にすれば、たちまち大多数の圧力によって正々堂々と潰されてしまう。だから匿名のその場所でだけ、俺は心の内側に閉じ込めた獣を解き放つことにした。中学、高校……区役所に入ってからだって、俺は「珍黒斎」にずっと救われてきた。


 最後の5つ目の仮面は、こうやって自分の考えをまとめながら、まるで読者でもいるかのように内省を続けるこの俺だ。他の人間の心の中は知らないが、少なくとも俺はこうやって自分と言う人間の有様を眺め見て描写することで、客観的にそれを管理しようとしている。そうすることでひとつの仮面に溺れることなく、状況に応じて必要な人格に切り替えることができるのだ。

 まぁ、全ての土台が崩れ去った今となっては、そうやって自分をコントロールして、人生を切り抜けて来た意味もほとんどなくなってしまったが。


 外から聞こえてくる、スプレーを吹き付けるシューという音が意識を現実に引き戻す。

 なにかと思って窓を開けると、慌てて逃げ去っていく太った大男の背中が見えた。その頭部では、かなり薄くなった髪の毛が頼りなくひらひらと揺れている。

「平日の真昼間から。暇な奴……」

 窓枠に手を掛け身を乗り出して、二階にある俺の部屋から家の外壁を見てみると「差別主義者消えろ」だの「キチガイの家」だの、俺が匿名掲示板で連呼してきたような暴言が壁中に落書きされていた。それらは最近、何者かによって書き込まれたものなのだが、そこに新たに「珍黒斎死すべし」という落書きが書き加えられていた。

 溜息一つ窓を閉め、中学校の頃から使っている勉強机に置かれたパソコンを操作して「ONYMOUS.NET」と検索する。こんなことになってしまった元凶である「ONYMOUS.NET」には、相変わらず俺の実名と住所、電話番号、「PEACE WALKER」のTWITTERアカウントに、「ガーディアン」というMMORPGのキャラクター名、加えてIPアドレスまで俺の全ての情報が書き記されていた。

 事の始まりは、一ヶ月前。

 とある中学生のイジメ問題が、日本中で話題になった。動画で撮影されたそのイジメは、海に突き落とされた少年が陸に這い上がってくる度に、笑いながら、イジメっ子がまた海に突き落とす……といった動画で、多くの良心的な人々が激怒した。似たようなイジメを受けていた俺も胸が締め付けられたし、普段は不謹慎なことしか言わないようなネットの捻くれ者達も、その事件に対しては世間と同じ反応を示した。

 「PEACE WALKER」のアカウントでも、「暴力はいけないことだ。憎しみの連鎖は断ち切らなければならない。だけど彼らを前にしたら……僕は、この怒りを抑えられる自信がない」などという義憤に満ちた書き込みをして沢山のいいねを貰った。

 多くの人々が、イジメを行った中学生を吊るし上げるため実名報道を求めたが、未成年保護法に守られた彼らの名が公になることはなかった。いつもならしばらくすれば、どこかの誰かが犯人の個人情報を調べ上げて少年の実名をネットに上げるのだが、この事件ではしばらくそういうことも起きなかった。

 振り上げた拳を叩きつける場所が見つからず、人々のフラストレーションが爆発寸前になった頃。「ONYMOUS」というアカウントが突如躍り出て、イジメ少年の名前だけでなく住所や電話番号など、その個人情報の全てをネット上に晒しあげた。

 法に反するその行為を、表向き咎める人はいた。だが多くの人々は、フラストレーションを解消する手段が見つかったと嬉々として受け入れていたように思う。加えてその少年の親が文部科学省の前事務次官だったことが発覚し、一般市民のエリート憎しの感情にも火がついて、この事件はしばらくネット上を賑わせ続けた。

 俺自身は、世間の異様な盛り上がりを受けてどんどん冷めていってしまったのだが、「空気を読んでフォロワーを沢山獲得するゲーム」の一環として、義賊のように扱われていた「ONYMOUS」を遠巻きに支持するようなスタンスを取った。

 今にして思えば、心底バカなことをしたと思っている。

 調子に乗った「ONYMOUS」は、世間が憎む犯罪者や、非道な行いをした芸能人などの個人情報を次々と暴露し、その度に知名度と人気を獲得していった。騒ぎが大きくなるに連れ、警察も「ONYMOUS」を止めようと本格的に動き出したが、「ONYMOUS」は高度な技術を使い自らの所在を隠しているようで、警察がその尻尾を掴むことはできなかった。

 そして8月31日のあの日。

 ネットを優しく包み込んでいた匿名性という毛布は、「ONYMOUS」に無残にも燃やされることとなる。

 深夜零時きっかりにアップされた「ONYMOUS.NET」という白一色のシンプルなホームページ。そこには日本国民ほとんどの個人情報が羅列されているだけでなく、その人間がネット上で名乗っているアカウントや使用しているIPが紐付けられて公開されていた。例えば俺であれば「日向 守」という実名に対して、「PEACE WALKER」というTWITTERアカウントに、「ガーディアン」というMMORPGのキャラクターID、加えて「珍黒斎」として匿名掲示板で暴れていることがバレてしまうような情報まで記されていたのだ。


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