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黒と白


 小さな影が、ゆっくりと上半身を起こす。その身には何も身に付けてはおらず、だからこそ幼子が、少年であることが分かる。

 幼げな容姿で闇に溶けるような黒髪と同じく黒い瞳に、小さな黒い角と背中には蝙蝠のような翼があり、尻には細長い悪魔のような尻尾が生えていて、一目で人間でないと知ることが出来た。

 散々無理をさせられた挙句に、理不尽に蹴飛ばされた事で、今まで気を失ってしまっていた。

 部屋は明かりなど無く、真っ暗だ。床は板張りではなくむき出しの地面である為、気を失っている間に随分と体温を奪われてしまったようだ。

「……いつつっ。ここは……誰も居ないな。クソッタレ、毎日毎日飽きもせずにヒトを殴るし蹴るし、夜の世話までさせやがってっ。おれのケツを何だと思ってやがる」

 殴られた痛みと悔しさとで、嗚咽と共に涙が零れ落ちる。必死に止めようとはするが、溢れ出る感情を意志の力でどうにか出来るはずもなく。黒髪の魔族の少年は、気持ちが落ち着くまで声を上げぬように静かに泣いていた。

 なんとか気持ちを落ち着けた後、魔族の少年は闇に慣れた目を凝らし、静かに部屋を出る。周りは既に寝静まっており、万が一物音を立てて誰かが起き出そうものなら、再び暴行を加えられて気を失うのが関の山だ。

 少年の居る場所は、真っ暗な地下にある隠れ家だ。ここを根城にしているのは、野盗や人攫いを生業としていて、少年も彼らに捕まってしまったが為に、このような生活を強いられている。

 天然の洞窟ではないが、相当昔に掘られたであろう穴を再利用したらしい隠れ家で、壁はゴツゴツとした岩肌が露出している。

 この場所には他にも似たような者達がおり、多くは直立した犬猫のような獣人たちや、少年のような魔族が殆どであった。

 彼の生まれた地域では魔族だけでなく、亜人に対する差別意識が強い。その為このような行為も、ある種暗黙の了解のような形で見逃されているという。

 何故なら弾圧されてきた亜人の一部が、特に魔族を中心とした者達が自らの王、魔王を名乗る者に率いられて反抗したことで、人間たちの脅威になっているからだ。

 特に魔王の領域に近い国々の亜人アレルギーとも言える反応は苛烈で、見つかれば殺されても不思議ではない。

 少年が殺されずにいるのは、彼が大した力の無い、子供の姿で生を受けたからに過ぎない。人間よりも高い魔力と身体能力を有する青年体と違い、反抗される危険の少ない幼生体は伽や暴力などによる肉体と精神、両方の蹂躙と征服感に酔えるからだ。

 だからここにいる魔族は男女の幼生体か、女性の成体しかいない。男性は見せしめに残虐な方法で殺され、彼らの反抗心を摘み取ることに使われていた。


 彼ら魔族は特殊な生まれ方をする。まず番いには年齢性別は関係ない。互いがこれだと決めた相手であれば成立する。

 そしてタマゴのような保育器を作り上げる為に、番いが力を注ぐだけいいのだ。そしてタマゴが出来上がれば、あとはそのまま自然に任せるだけ。その間、生まれるまでにこの世界に満ちるあらゆる力を吸収して、一定の時を経て誕生するのだ。

 その時、男女としての性別だけでなく、その保育器の中で自身が取り込んだ力の多寡によって、成人またはそれに近い姿で生まれるか、幼い子供の姿で生まれるかが決まる。

 彼らの種族は他の種族のように、肉体的に成長するという概念が無い。誕生後、研鑽を積むことで力を蓄え、新たな姿を獲得する事もあるらしいが、おとぎ話のようなものとして、本気にする者は少ないという。

 だからこそ力の弱い子供の姿の者達は、長く生きる事は難しい。それが魔族たちの常識であった。


 少年は静かに暗い通路を歩む。自身の寝床とも言える、普段は押し込められている小さな部屋を目指す。

 なんでもない、いつも通りの路の途中。いつも通り、誰かが「つまみ食い」をしている音が聞こえてくる。売り物にされるはずの者を、隙を見て使うのだ。多少キズモノになった程度で、亜人の価値など変わらないのだから。

 こんな夜中にしているということは、「つまみ食い」でほぼ間違いない。コソコソとこんな遅い時間である事がその証左であろう。とはいえ、いつもの事と少年はさして気にすることも無かった。

 ただ、何となく興味が湧いただけだった。聞こえてくる声の主が何者なのか。何時もならそんなこと気にもしないのに、自分でも不思議な気分だった。

 部屋と通路を隔てるのはたった一枚の、上から垂らされた布だけ。ハッキリと聞こえてくる嬌声が、やけに耳の奥に響く。息を殺し、そっと中を覗けば、頼りない蝋燭の明かりに照らされた部屋の中で乱れ舞う、美しい光の羽。

 それを目にした時、少年は心奪われた。暗い色だが茶系の髪と瞳、上気した頬、頭上に輝く小さな白い光輪と光の翼。

「……天族」

 魔族に近しい、しかし美しくも儚げな、場所によっては人間からも崇拝対象になるという種。生態は魔族とほぼ同じ、親類のような関係だ。時には互いに番いとなり、双方の種族の子を成す事も可能な程に、種としても近い。

 だからこそ天族までもが、他の亜人と変わらぬ扱いをされているのだろう。何故かそれが悔しくもあり、同時に嬉しくもあった。その理由までは判らないが、少年にとってはそうだったとしか言いようがない。

 蝋燭の乏しい明かりの中、今弄ばれている天族の髪や瞳が、魔族である自分と殆ど変わらない色をしているのが、不思議と気分が良かった。背格好も自分とほぼ変わらない事も、何故か嬉しかった。

 もっと声を聴きたい。もっと近くで顔を見たい。その肌に触れてみたい。

 今まで感じたことない願望が、欲望が胸の奥深くから、じわじわと溢れ出そうとしている。少年はそれを押し殺して、足早にその場所を離れた。

 自分でさえも判らない、激しい感情の波に振り回されないよう、寝床に戻った少年はきつく目を閉じて眠りに落ちる。

 ほんの一瞬、あの天族の子と目が合ったような気がして。何度もその夢を繰り返して、その日は終わりを告げた。


 強い想いは熱となって、少年の体の奥底に燻り続けた。少年はそれを宥めるように、伽に励み、眠りに落ちる前に自らを慰める。

 その日は、いつもと違った。暴力も伽もいつも通りだが、その時は突然訪れた。隠れ家全体が、突然騒がしくなる。怒号と悲鳴が飛び交い、少年を組み敷いていた男が、大慌てで部屋を出ていく。

 少年は胸騒ぎを覚え、すぐに部屋から出て誰にも見つからぬよう、隠れながら地下を駆け巡った。

 遠くから血の臭いが、こちらまで流れて来る。何が起きているのか少年には知る由もないが、このままでは自分達も危険だと言う事。それだけは即座に理解した。

 これ以上ない好機。今は使われていない筈の、幾つかある裏口から逃げ出してしまえば、自由になれる。だがその為には、自分一人だけで逃げ出す事は出来ない。出来るはずがない。

 自分の諦めに満ちた心を奪った、あの天族の子と一緒に逃げ出すまでは。

 あの子を見つけ出すのには、さほど時間を要しなかった。誰かに使われていた最中だったのだろう、比較的近い部屋に「彼」は居た。

 自分と同じような背格好に、暗い茶色の髪と瞳。頭上で真っ白に輝く小さな光輪と、同じように輝く小さな翼。そして少年と同じ性である事を示す、真っ直ぐに天を衝くソレを目にして、少年も同じように熱く昂るのを感じた。

「……逃げよう!」

 魔族の少年が差し出した手を、天族の少年は虚ろな眼で見つめていた。怒号が近くなってきている。時間はない。魔族の少年は有無を言わさず天族の少年の手を取って、暗い地下道を走り出した。天族の少年も抵抗することなく、どこか彼に期待するような瞳の光を、取り戻してかけているかのようだった。



 真っ暗な隠れ家を抜け、二人の少年は天を仰ぐ。星々が煌めく、月の無い夜だった。深い闇の空に吸い込まれそうな錯覚を覚えながらも、それに臆することなく少年は走り出した。

 鼓動が早く、体の全てが熱い。身体の更に奥底で猛り荒ぶる熱は、冷めることなく暴れ回る。それを無理矢理押さえつけながら、二人の少年は走り続けた。どんな暗闇さえも、魔族の少年の隣にいる天族の少年が照らしてくれる。そんな気がして。


 彼らの行く先には、無明の世界が待ち受けている。過酷な旅路になることは決まりきっており、無事で済む保証はない。

 それでも彼らは、自分達の安寧の地を見つけるまで、とこしえに歩き続ける事だろう。


 死が二人を別つまで。


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