一つの時代の終焉
かつて、この大陸には一つの巨大な国家があった。
その国は時に天候を操り、また時には自在に空を飛ぶ乗り物で、世界の隅々まで瞬く間に到達することができ、またある時には強大な力を持つ魔物さえも従えることが出来たと言う。
高度な魔法文明によって支えられたその国は、一人の男によって築き上げられた。
その男はこことは違う異世界から来たと言い、そして誰もがその言葉を信じる事はなかった。だが男はそれを証明するように、この世界に伝わる魔法やスキルと呼ばれる特別な力とは全く違う、異界の魔法を使い、またその知識と力をこの世界の魔法と融合させ、高度な魔法の道具を作り上げていったという。
男の下に人は集まり、そしてそれは権力者をも呼び。気付けば集団は巨大な国家と呼ばれるまでに膨れ上がった。
魔法王国として世界を牛耳るに至ったその国は、魔力結晶──マナ・クリスタルと呼ばれる魔法を操る力を貯蔵する石を使い、人々は豊かで安全な、この世の春を謳歌することが出来た。
それは誰もが夢見る、優しくも怠惰で蠱惑的な世界だった。
そして時は流れ。
凡そ三百年の後、国は突如として崩壊する。
邪なる神を信望する眷属たちによって築かれた大帝国が突如として姿を現し、世界は戦火と混乱の時代を迎えたのだ。
強大な力を持つと言う二人の魔王が結託して作り上げた邪悪な軍勢は、あっという間に各地に攻め込み、数多の惨劇と悲劇を血と肉と骨の宴によって彩っていく。
邪な力と加護を持つ魔王の軍勢は瞬く間に戦火を広げ、その手はついに王都へと伸びようとしていた。
優れた魔道具を幾つも作り上げた魔法王国だが、彼らも予想外の苦戦を強いられる。それは、彼らの作る魔道具のせいでもあった。
知識を深め、研鑽し、高める事を半ば放棄して、魔法自体を魔道具頼りにし続けてきたツケが回ってきたのだ。平和な時代が長く続いた事もあり、戦える者は極僅か。
強力な魔道具も効果的に使えなければ、大した脅威にはならない。そうやって人々は徐々に追い詰められていく。人間も亜人種も区別なく、ただ蹂躙される日々。
魔法王国が疲弊していく中、一人の人間の若者が立ち上がった。
それが誰であったのかはわからないが、確かにその若者はいた。
神代から定められてきた使命と、破邪の力に目覚めたという若者は、瞬く間に戦況を押し返して、人々の希望となった。
彼が携えていたと言う剣は、技術の粋を集めて造られたこの世に二つとない魔剣であったとも、試練の末に神々が与えた聖剣であったとも言われている。
だからだろうか、若者は何時しか勇者と呼ばれ、そして様々な魔法とスキルと呼ばれる超常の技を駆使して、次々と敵将を討ち取っていった。
やがて勇者は軍を率いて次々に魔王の軍勢を打ち破っていき、終には大帝国を作り上げた二人の魔王と刺し違えて、この戦いを終わらせたのだ。
それは同時に、魔法王国の終焉でもあった。
栄華を誇った魔法王国を支え続けたと言う、建国王たる異界の英雄が造り上げた、水晶の如く輝く塔。
あらゆる魔法の行使を助け、大地と大気から集めた力を蓄積する巨大過ぎる魔道具。全ての魔道具と繋がっていたともされ、魔力の供給源でもあったその塔が、暴走したのだ。
暴走した理由は解らず、それは魔王の最後の呪いだとも、この戦乱のせいで世界中の魔力が枯渇しかけたからだとも、膨大過ぎる力を貯め込んだことで制御が聞かなくなったのだとも言われている。
地は涸れ、空は濁り、水からは生命を育む力が失われていく。風は淀み、炎は暗く、全てを呑み込んで。雷が暴走した塔を砕き、巨大な爆発が王都諸共、全てを奪い去った。
世界から多くの命と力が失われ、冷気が容赦なく吹き荒れては、魂さえも凍らせて。
三百年の栄華を誇った魔法王国は、こうして幕を閉じた。
異世界からやって来たと言う男は、自分の世界の魔法とこの世界の魔法の二つを駆使して、人々に多くの希望を遺したはずだった。
それはもうどこにも残ってはいない。誰もがその日その日を生きるのに必死で、ただ懸命に生きる。失われた命が戻る事の無いように、蓄えられた知識は、磨き上げられてきた技術は、この世界から絶えた。
魔法王国の滅亡から二百年。それは【断絶の時代】と呼ばれ、何一つとして記録が残っていない、空白の時代。
それでも人々は、滅びに抗う様に、力強く生きていた。国を構成していた各種族はバラバラになって各地に散り、自分達の種族が生き延びることに必死になった。そして少しずつ、それぞれの魔法や技術も失われていき、歴史の闇へと消えて行った。
ヒトは、命は、かつての栄華の時代と比べて、格段に弱くなった。
例えそうであっても、生命が生きる事を手放す事は無い。ヒトは集い、村となり、街となり、やがては国となっていく。その中から、何時しか冒険者と名乗る者達が現れて、力を合わせて少しずつ世界を、再び切り開いていった。
それは魔物から身を護る為に。失われた過去の浪漫を追い求める為に。ただ生き延びるために。
時代は流れ、再び幾つもの国が生まれ、滅びては興り、興っては滅びていく。
世界はまだ、生き続けている。