4. (前編)
朝、爽やかに、目が覚めた。
いつもより少し遅めの時間だが、寝坊はしていない。
お日様の匂いがする清潔なシーツとふかふかのベッド。
いつもとは違う部屋だったが、気持ち良く休めた。
本当に、王都のローズベリー伯爵邸の使用人の皆さんは、レベルの高い仕事をする。
昨晩、怒涛の一日を終えて、今日は朝からローズベリー伯爵領の開拓村へと向かって出発する気満々だった俺だが、今日ももう一仕事、済ませる必要があった。
アレクの話では、前ローズベリー伯爵である養父殿の娘さんから、身内だけでのお茶会のお誘いが届いている、という事だった。
養父殿の娘という事は、俺にとっては義理の姉、になるのだろうか...。
確か、他家に嫁いでいて、お子様も居る、という話だったと思うのだが。
「おはよう。アレク」
「おはようございます。アル」
食堂で合流して、一緒に朝食をとる。
昨晩の、意味ありげで何か言いたげなアレクの顔を思い出して、少し不安になる。
「娘さんとのお茶会は、午後から、だったよな?」
「ああ。二時頃に会場入りして、四時前には辞去することになる」
「何か準備が必要か?」
「いや。覚悟さえ決めておいてくれれば、それでいい」
「おいおい。覚悟って」
「冗談だ」
思わず、ジト目で、アレクを見る。
が。アレクは、知らん振りでスルーする。
「養父殿の話では、娘さんは今回の件に納得している、という事だったよな?」
「ああ。それは、大丈夫だ」
「なら、何が大丈夫じゃないんだ?」
「いや、特に問題はない」
「...」
「それは、兎も角」
「...」
「午前中は、出発の準備と、この邸宅で急遽の臨時スタッフを務めてくれた皆さんと懇親会の予定だ」
「ああ」
「皆さんには、しっかりとお礼をしておくんだぞ」
「ああ。お世話になったからな」
「今後も、王都で用事が出来たときには、何かと頼りにする人達だ。愛想を尽かされたりするなよ」
「分かってる」
「まあ、そういう処は、あまり心配していないんだが...」
* * * * *
伯爵邸に集った臨時スタッフの皆さんとの楽しい会食は、あっという間に終わってしまった。
養父殿やリチャードさんの色々な武勇伝も聞けて、実に有意義な時間だった。
満ち足りた気分の余韻に浸りながら、俺は今、馬車に揺られていた。
伯爵家の豪華な馬車で、王都の街並みを優雅にポクポクという音を伴って進みながら、アレクと共に、目的地へと向かう。
前伯爵閣下である養父殿の、娘さんとのお茶会。
その娘さんが嫁いでいるという他家の屋敷に向かって、俺は、乗り心地の良い高級な馬車での移動中、だった。
うん。これがこの馬車の正しい姿、なんだよな。
王都に来る際に使ったのと同じ乗り物とは思えない、実に素晴らしい乗り心地だった。
「で、アレク。何処に向かっているんだ?」
「ん? 当然、前伯爵閣下のお嬢様が嫁がれた他家の屋敷、だが?」
「だから、それは、何処だ、と聞いているんだ!」
「まあ、まあ、そう熱くなるな。着けば分かる、さ。着けば」
「当たり前だろ。ってか、向かっているんだから、行先は分かっているんだろうが」
「そう、そう。着いてからの、お楽しみ」
「...」
嫌な予感しか、しない。
アレクが、いったい、何を考えているのやら、不明だ。
意図は全く想像できず、俺は王都の地理に不案内な訳だが、この景色には、何だか見覚えがあるような...。
俺は今、王宮の庭園で、王妃様と王女様を前に、お茶を飲んでいた。
聞いてませんよ、養父殿。
娘さんが嫁いだ他家って、王家じゃないですか。
って言うか、俺以外、皆知っていた、って事だよね。ひ、酷いよ、皆さん。
「まあ、まあ。そんなに緊張しなくても、大丈夫ですよ」
「は、はい。お気遣い、ありがとうございます」
「ほほほ。さては、皆に、教えて貰えなかったのね」
「は、はい」
「お父様のご指示だろうから、皆を悪く思わないでね。相変わらず、変なところで、悪戯好きなのよね」
「そ、そうですね。伯爵らしい、というか...」
「あら、あら。今は、アルくんが伯爵様でしょ。お父様は、ご隠居様、ってとこかしら」
「ア、アルくん? ご、ご隠居様?」
「う~ん。あのお父様が大人しく引っ込んでいるところなんか想像もできないけど、引退されたのだから、ご隠居様、よね」
「は、はあ」
俺は、唯々、王妃様のペースに呑まれて、同意の言葉しか口にする事が出来なかった。