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3. (後編)

 浴室から出て、ガシガシと適当に体と頭髪を拭いてから、自室に用意されていた夜着に着替え、部屋に備え付けの応接セットのソファに、ドカッと座る。

 さて、寝る前に何を飲もうか、などと考える。

 と。ちょうど、そのタイミングで、アレクがやって来た。


「お疲れさまでした。アル」

「ああ。アレクも、お疲れ様」

「主だった予定もほぼ終わったので、息抜きと行きたいところなんだが」

「ん? 全部終わったんじゃ...」

「息抜きと行きたいところだが、残念ながら、反省会、だ」


 何故かソファには座らず立ったままだったアレクが、また部屋の入り口まで戻り、扉を開ける。

 すると。

 数人の使用人の皆さんが、軽食やら飲み物やらを満載したカートを押して入ってきて、素晴らしい段取りで無駄なく最速で配膳したかと思うと、優雅に一礼して、スッと撤退していった。

 お見事、だ。

 ほとんど接する機会は無かったのだが、この伯爵邸で働く皆さんはレベルが高い、と改めて感心する。

 流石は、伯爵閣下じゃなくて養父殿の配下の人たち、だ。

 う~ん。何ともしっくりこないのだが、俺がローズベリー伯爵の爵位を継承したのだから、養父殿は前伯爵閣下、になるんだよな。

 そもそも、養父殿という呼び方も、良いのか悪いのかよく分からん。

 何か他に良い敬称や呼び方はないのだろうか...。


「アル。本日の反省会を、始めるぞ」


 ついつい自身の思考に没頭してしまっていると、アレクから注意されてしまった。

 呆れたようなアレクの顔が、これまでの日常を思い出させてホッとするも、自身の悪い癖を反省。アレクとの会話に、意識を戻す。


「すまん、すまん」

「いや。今日は、本当にお疲れ様」

「ああ、本当に、疲れたよな。王都に居ると、あんなのが毎日続くのか?」

「まあ、今日は特別、と言えば特別なんだが」

「そうか。まあ、当分は王都に来るつもりはないので、関係ないか」

「...」

「お、おい。明日は、帰れるんだよな。というか、当分はこんな事は無い、よな?」

「はあ...。アル、お前なあ」

「な、なんだよ」

「まあ、いい。確かに、これが済めば、当面の間は王都に用事はない。が、伯爵家を継いだんだから、避けては通れないぞ」

「うっ。分かってる、って。徐々に慣れるようにするよ」

「はあ。先が思いやられるな」

「...」

「まあ、これも含めて対処せよ、というご指示なんだろうが...」

「すまん。アレクの活躍に、期待している」

「他人事ではない、んだがなあ」

「ははは...」

「まあ、先のことは置いておいて。まずは、今日の反省会、だな」


 前途多難な遠くない未来については取り敢えず目を(つぶ)り、まずは、目先の課題解決。

 俺とアレクは、美味な軽食をつまみながら、お互いの持つ情報を交換する。

 俺は、単独行動となった国王陛下への謁見について、思い出せる範囲内で、自身の行動と周囲の状況を説明した。

 アレクからは、俺が不在の際にアレクとペンブルック伯爵が遭遇した出来事と、三人で行動した夜の舞踏会での俺の応対による影響に関する考察について、説明を受けた。

 うん。貴族社会、怖い。

 腹芸が苦手で、ここ数年は親切な良い人たちに囲まれ緩々(ゆるゆる)で過ごしてきた一般人の俺に、お貴族様たちのお相手が務まるのだろうか。

 改めて解説されると、不安しか湧いてこない。


「今回は、基本的に、お披露目という名目だったので、微笑んで挨拶しておけば良かったから、何とかなっていたと思う」

「ああ、まあ、そうだろうな」

「だが、少し気が緩むと、ボロが出る」

「うっ。流石に、今回は...」

「アル。例え、好意的な身内との会話であっても、舞踏会や夜会などの不特定多数の貴族が集まる催しに参加している最中は、絶対に気を抜いては駄目だ」

「...」

「たぶん、今頃は、新しいローズベリー伯爵の女性の好みは落ち着いた年上の美人、といった話が広まっている筈だ」

「へ?」

「お前、なあ。自分の発言も、覚えていないのか?」

「ええっ?」

「ペンブルック伯爵の場を(なご)ますための冗談に、真面目な顔をして、若い女の子が派手な化粧で着飾っているのは微笑ましいけど、とか得意げに言っていただろうが」

「いや、まあ。駄目だったのか?」

「はあ。もう少し、自分の立ち位置を自覚しろ、アル」

「...」

「今のお前が、公衆の面前で自分の好みを口にすれば、それを聞いた者たちが、その条件を満たす物品を持参して嘆願やら交渉やらに押し寄せて来るぞ」

「そ、そうなのか?」

「ああ、そうだ。さしずめ、当面は、落ち着いた雰囲気の年上美人を娘に持つ親たちが、釣書(つりがき)を持って押し寄せて来るだろうな」

「...」

「良かったな。選り取り見取り、だぞ」

「ははははは...」


 乾いた笑いしかで出てこない俺に、アレクは、俺の本日の応対に対する寸評を、披露し続けるのだった。


 アレクの話によれば、俺が王都にある多くの貴族子弟が通う学園を卒業していない点に関する当て擦りに対しては、養父である前ローズベリー伯爵から直々に教えを受け、当家の執事であるアシュバートン男爵に教育された、という事実を淡々と述べた結果、高い評価に衣替えされた、らしい。

 前ローズベリー伯爵に対する貴族社会での認識は、過去の戦役での英雄で、魔法も剣技も超一流、判断力に優れた伝説の人物。

 当家で執事を勤めるアシュバートン男爵に対する貴族社会での認識は、過去の戦役で名参謀として前ローズベリー伯爵に仕える、学問に優れた、情報収集と戦略も超一流の偉大な人物。

 そんな二人に直接の薫陶(くんとう)を受けて、その跡継ぎとして認められた期待の若手、という人物像が出来上がったようだ。

 誰それ? という感じだな。

 というか、期待が重すぎて怖いくらいだ。


 など、など。

 (おおむ)ね、問題なく役目は果たした、と何とか認めて貰えそうだ、という結論になった。

 ホッと、胸を撫で下ろす。

 いや~、よかった、良かった。

 と、いう事で。


「明日は、昼前には王都を出発、だな」


 と。俺は、アレクに、さっさと領地に、開拓村のある辺境へと戻ろう、と提案してみた。

 のだが。アレクは、何やら意味あり()に何か言いたげな表情を、浮かべるのだった。


「いや、明日も予定がある」

「え?」

「閣下の娘さんから、招待状が届いているんだ」


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