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閑話 開拓村での平穏な一日

 嵐のような一行が去って、辺境伯の屋敷は、元通りの静けさを取り戻した。


 荒野の巡回中に、魔物に襲われている美少年と遭遇して救出し、俺の補佐役候補として試用期間中のクリスが暴走した結果、ラトランド公国の公女様一行を保護する事となった。

 王都と領都からローズベリー伯爵家の誇る熟練の家臣団の面々が、怒涛の勢いで辺境伯の屋敷に集結。

 酷い怪我を負っていた公女様を治療するために王都からラヴィニアさんが、他国からの賓客に対応するためにラヴィニアさんの養父母となったノーフォーク公爵夫妻が、辺境伯の屋敷に来訪。

 他国の貴人を警備して監視するために紅玉騎士団の第一小隊が、ノーフォーク公爵一家の護衛のために翡翠騎士団の第一小隊が、それぞれキラキラと暑苦しいイケメン様の小隊長に率いられて辺境伯の屋敷へと到着。


 賑やかで騒がしく別世界のように変貌した辺境伯の屋敷に、忙しくも落ち着かない日々が暫く続いたが、今は、辺境らしい元通りの静けさを取り戻していた。


 久し振りに落ち着いてノンビリすると、ついつい思考は、この世界と俺の存在についての出口のない考察へと陥って行く。

 そういえば、ローズベリー伯爵の爵位と辺境伯の地位を継承せよと申し付けられた際にも、グズグズと取り留めもなく考えたな、と思い返す。

 本当に、考えても仕方のない、結論の出ない命題だと思う。

 現実とは何で、仮想世界や異世界とは何が違い、何を根拠として区別するのか、本当に別物だと言えるものなのか...。


 例えば、リアルと高度なバーチャルとを見分けるのは、当事者にとって限りなく不可能に近い事だ。

 何故なら、俺が現実世界の知識として認識している最新の科学を駆使した機器と技術を以ってすれば、人にとってはその差は殆ど無くなる、からだ。

 人間の五感全て、すなわち、視覚と聴覚と触覚と味覚と嗅覚の全てにおいて、リアルの世界と同等以上に感じさせるバーチャル技術が既に確立している、とも言われていた。

 勿論、バーチャル世界に没頭してリアルでの飲食を忘れてしまうと、最終的にはリアルの身体に異常をきたしてバーチャル世界での体験を中断することになる、のは自明の理だが。

 当然、その予兆としての飢餓感や喉の渇きや体調不良などは、例えバーチャルの世界に深く没頭していたとしても違和感として感じられる筈だ。

 ただし、現実世界とバーチャル世界とで、時間の感覚や流れる速さが同じだとは限らない。

 つまり。バーチャル世界での数年間が、現実世界にある肉体では数時間しか経過していないという事態もありえる訳だ。

 極端な話、この世界が仮にバーチャルであった場合、俺がこの世界で百歳まで生きて老衰で死ぬ大往生をしたとしてもリアルでは数時間しか経っていなかった、といったシチュエーションが発生する可能性もあるのだ。

 だから。当事者である俺には、この世界での生活がリアルなのかバーチャルなのかを、技術的な観点から見分けることは出来ていない。


 一方で。俺がプレイしていたという記憶のあるVRゲームの中で習得していたスキルや能力を今の俺が殆どそのままに保持しているという現状は、ここがバーチャルな世界ではないかと疑わせる大きな要因だ。

 そして、スキルや能力と一緒に現代日本の知識を保持しているという状況が、その疑いを更に濃くする。

 しかし、その一方で。俺の、俺自身に関するパーソナルな部分での記憶が明瞭でない、という現状が俺を大いに困惑させている。

 そう。この世界でのアルフレッドとして、十二歳よりも以前の、辺境の開拓村で倒れた状態で発見されるよりも前について、その記憶が全くないという状況が、いったい何を意味しているのかが分からないのだ。

 しかも。俺自身でも注意深く色々と探ってはみたのだが、俺がどのような経緯であの場所に倒れていたのか、いつ何処から辺境の開拓村へと訪れたのか、等々のそれらを示す痕跡が一切なく全て不明なままで結局は何も分からなかった。

 更に言えば。現時点で、ローズベリー伯爵家の力をもってしても、俺の十二歳より前の足跡が全く辿れていない、とも聞いているのだ。


 そういった状況を考えると、俺にローズベリー伯爵家を継承させるという決断は思い切りの良い異例の判断だと思うし、それでも俺を認め期待してくれたのだと思うと、本当に有り難いと思う。

 ただ、まあ。向き不向きで言うと、俺に重責ある貴族家の当主が務まるとも思えないのだが...。


 少し、話がズレた。


 兎に角。今過ごしている世界はリアルなのかバーチャルなのか、俺は、判断をつけかねている。

 ただ、まあ。どちらにせよ、俺がこの世界で三年間ほど生活を続けているという現状を考慮すると、一部の記憶がないという事態も含めて、異常事態であることは確かだろう。


 そう。可能性として色々と御託を並べてみたが、ログアウトのメニューもなく数日どころか数年間もプレイし続ける様なVRゲームを、俺の記憶にある限りでは見たことも聞いたことも勿論プレイしたことも無い。

 いや、まあ。俺の記憶は曖昧な上に脱落が多いのもまた事実なので、記憶に無いことを根拠に断定するのも無意味だとは思うのだが...。


 そうなると次に候補となるのは、あれ、だ。

 俺の心情としては候補に入れたくはない事象なのだが、定番の、異世界転移や異世界転生という奴だ。

 ファンタジーとしてのその存在に異議は全くないし、フィクションとして楽しむ分には割と好きなジャンルであったりするのだが、現実にそんな都合の良い神様や普通の人っぽい感性を持った万能の存在など居るとは思えない。ので、却下。

 勿論。そのような存在に会ったり、チートを授けられた、といった記憶もない。たぶん。

 絶対にあり得ないとまでは断言しないが、俺的には普通に信じられないシチュエーションに分類されている。

 それよりは寧ろ、現実とバーチャルもしくはその元となった或いはリンクしていた別の世界が何らかの事故で混じってしまい俺の知る現実世界が今の俺が存在しているこの世界に成り替わってしまった、といった設定の方がよっぽど納得できる。

 いや、まあ、ねえ。比較の問題であって、究極の選択としてのチョイスであり、俺は自分が常識人だと思いたいので真面目な顔してそんな説を大きな声で唱えるつもりは毛頭ないのだが、現状がどう見ても異常事態であり、俺の理解を超えている状況なので...困った。


 と、まあ。堂々巡りで、迷宮入りする出口のない考察のループに陥るのだった。

 だから。普段は、というか意識が戻って暫く経って以降は、余り深く考えないことにしている。

 そう。世の中なるように為るさ、との開き直り。

 凡人の俺が、いくら無い知恵絞って考えたところで分かる訳がない。

 仮に分かったとしても、俺一人で何とか出来る訳でも無さそうな感じが盛大にしているし。


 ちなみに。俺自身の過去については、記憶が混沌としており全く以って五里霧中なのだが、断片的には(おぼろ)げに感じるものも多少はある。

 ふとした切っ掛けで、溺愛していた娘がいた、ような気がする時があるのだ。

 辺境の開拓村でも親に連れられている小さい女の子を見ると、ほっこりとした心持ちになり何やら懐かしいような切ないような気分になる事がある。

 俺の娘もあんな頃があったよなぁと懐かしく感じる半面、俺の娘も無邪気によく笑いかけてくれたが俺が至らず寂しい思いや辛い思いをさせてしまったよなぁと切なくなる、ような気がする事があるのだ。錯覚かもしれないレベル、ではあるのだが。

 ただし。娘の母親、つまりは俺にとっての人生の相方に関しては、何故か全く以って何も感じず思い出すことすら欠片も無かったりする。

 俺はそこまで人でなしでは無いと思いたいし、母親が娘と一緒に過ごしていたのであれば何らかのイメージが湧いてくると思うので、たぶん、一緒には過ごして居なかったのだろう、と思う事にしている。

 つまり。

 アルフレッドとしての俺は、現時点で十五歳という事になっているのだが、以前の俺は少なくとも二十歳は超えていたのではないだろうか、と思うのだ。

 うん。現代日本で、十二歳にして一児の父はあり得ない。

 いや、まあ、妹や姪っ子といった可能性も捨てきれない。のだが、何となく「娘」で間違いないような気がする。根拠はないが...。


 その所為か、俺は、アルフレッドとしての人生を積極的に謳歌したいとは思えなかった。

 そう。どこかに家族が、少なくとも娘が待っている可能性があるから。

 けど、待っているのが娘だけだと、娘が既に自立していれば特に問題はないか?

 まあ、それはさて置き。

 中途半端で数分先の未来すら見通せない微妙な存在である俺が、家庭など持つのは論外だと思っている。

 のだが、まあ、将来が安泰と保証されている人など極々稀な存在なので、それも問題ないのか?

 いやいや、それも置いておこう。

 ただ、特にこの世界というかこの国では、身分に関わらず、夫が急に居なくなって残された奥様の立場は弱く悲惨なのだそうだ。勿論、父親の居ない子供も、(しか)り。

 だから。幸運にも得る事となった現在の地位と立場を活用して、不運な女性や子供たちを不幸にしないための仕組みや世論を作り上げたい、とも考えている。

 当然ながら、俺自身がそのような事態の元凶になどはなりたくない、とは真面目に考えている。

 何故だか、悲しそうな顔をした幼い娘のイメージが脳裏に浮かび、俺を戒めているような気もするので...。


 まあ、つまりは、俺がこの世界で過去の記憶がないまま生活している原因や俺の置かれている状況が分るまでは、後腐れなくと言ってしまうと語弊が多々あるが、煙のように突然ポンッと俺が消えたとしても多少の迷惑はかかるものの皆の生活には支障がないという状況を確保しておきたい、と考えているのだ。

 それなら、誰とも深く関わらずに旅暮らす流れの冒険者にでもなれば良かったのでは、と思った事もあったのだが、お世話になった恩を無碍にも出来ず、ついつい色々と口出しをしていると巻き込まれて更なる深みに嵌り、気が付くと...。


 自業自得だとは思うものの、俺の悩みは尽きなかった。


 ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

 また、続きを楽しみにお待ち下さっている皆様、ありがとうございます。

 大変恐縮ですが、続編の掲載まで、もう暫くお待ち下さい。


 ブックマークと評価、ありがとうございます。もの凄く、励みになります。

 【改訂版】の掲載を開始しました。

 ( https://ncode.syosetu.com/n4400fv/ )

 改めてお知らせする予定ですが、続きのお話は【改訂版】の方に掲載となります。

 お手数ですが、【改訂版】の方のブックマークも、よろしくお願い致します。


 ちなみに、今回の「閑話」ですが、【改訂版】では「5.」の真ん中部分です。

 それと、【改訂版】では文章を色々と追加修正しましたが、お話の展開などに大きな違いはありません。たぶん。

 今後とも、よろしくお願い致します。

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