23.(後編)
堅牢な城壁に囲まれた辺境伯の屋敷の敷地内にある、少し広めの空き地のようにも見える、辺境守備兵のための練兵場。
普段は辺境守備兵たちが個人での鍛錬や対戦試合などを行う場となっている此処で、赤毛のキラキラなワイルド系のイケメン様が、吠えていた。
俺様イケメンが、アピールする対象は、パトリシア公女。
俺様イケメンに、糾弾されている攻撃対象は、俺。
俺様イケメンは、パトリシア公女を正面に捉えて一番格好良く見えると思われる角度を微妙に維持しながら、俺を左九十度の方向に見据えながら糾弾する、という器用な真似をしていた。
ここまで徹底していると、もはや感心するしかない。
あっぱれ。二十五歳、独身、家柄グッドで婿入り可能な良家を探す、恋人募集中のイケメンさん。
う~ん。見た目だけなら、いやいや肩書も、不足はなく優良物件なんだから、引く手数多なような気もするのだが...。
「おい、こら! アルフレッド。貴様。何が、家柄グッドで婿入り可能な良家の探究者、だ!」
「あ。悪い、悪い。つい、心の中での独り言が、漏れてたみたいだ」
「何だとぉ」
「まあ、こちらも悪かったので、今回だけは、貴様呼びを聞かなかったことにしておこう。ハワード・アイザックス騎士伯殿。それとも、レディング侯爵家の三男坊殿、とお呼びした方がよろしいか?」
「...」
赤髪のワイルド系イケメン様が、クッと歯を食い縛り、親の仇でも見るかのように睨みつけてくる。
が。俺は、涼しい顔をキープ。
イケメンの睨む顔は迫力があってある意味怖いけど、ローズベリー伯爵としては舐められる訳に行かないのだ。
俺は、昨晩に俺の補佐役として一時復帰したアレクからレクチャーされた知識をフル活用して、何かと舐めた真似をしてくれる血の気の多い若者を軽くあしらって見せる。
まあ。圧倒的に、彼方の態度の方に瑕疵があるので、この程度の対応は余裕で出来て当たり前、なんだが...。
「まあ、まあ。お二人とも。わたくしの為に、喧嘩などしないで下さいな」
「「...」」
金髪碧眼の美少女、パトリシア公女が、お茶目に戯けて見せる。
二十五歳独身男は、十五歳腕白美少女に見惚れつつも、苦虫を噛み潰したような表情に。
俺は、軽く肩を竦めておく。
「パトリシア公女殿下。お見苦しいところを見せてしまい申し訳ありません」
「いいえ。アルフレッド様には、先程、格好良いところを見せて頂きましたし、私たちを颯爽と救助に現れたヒーローですもの」
「ははは。美化し過ぎ、です。あの時の私は、後方で指示していただけですよ」
「あら? そうでしたかしら」
「はい。それはさて置き。エルズワース公子殿下がかなり汗をかかれているので、鍛錬はここまでに致しましょう」
「ええ。そうですわね。エルズワース、一度、汗を流して着替えていらっしゃい」
「はい。姉さま」
仲の良い姉と弟の姿に、周囲の雰囲気がほんわりと和み、膨れ上がっていた人集りが三々五々と散り始める。
パトリシア公女が、いつの間にか取り寄せたタオルで、エルズワース公子の汗を拭いている。
エルズワース公子から練習用の剣を預かったパトリシア公女が、先に屋敷に戻るようにとエルズワース公子を促す。
エルズワース公子が当家のメイドの案内で屋敷に向かい、剣を持ったパトリシア公女が俺の方へと歩いてくる。
俺が、笑いながら、パトリシア公女から練習用の剣を受け取ろうとした、その時。
それまで静かに佇んでいた赤髪のイケメンさんが、ズサッと一歩、俺の方へと踏み込んできた。
「アルフレッド・プリムローズ殿」
「何でしょうか? ハワード・アイザックス殿」
俺は、思わず反射的に、パトリシア公女を背後に庇う体勢になりながら、赤髪のイケメンさんを見る。
赤髪のイケメンさんが、無表情に俺を見ていた。
あちゃ~。これは、拙いパターン、だな。マジな奴、だ。
「アルフレッド・プリムローズ殿。私と、勝負して頂けませんか?」
「勝負、ですか?」
「はい。勝負、です」
「騎士団の方は、私闘を禁じられていますよね?」
「はい。勿論、私闘などではありません。あくまでも、単なる勝負、です」
「う~ん」
「翡翠騎士団と辺境守備隊との合同訓練、という形では、如何ですか?」
俺は、チラリと、パトリシア公女の顔を見る。
パトリシア公女は、いつの間にか俺のすぐ横に陣取って、ワクワク顔で俺たちを見比べていた。
思わず湧き出そうになった溜息を飲み込み、頭痛がしてきた右側頭部前面を揉む。
「何も、他国の賓客が滞在中に、その目の前で行う事ではないでしょう」
「我々翡翠騎士団は、このような機会でしか辺境を訪れる事が無いので、これを好機と捉えるべきかと」
「いやいや。そもそも、騎士団と辺境守備隊では扱う技術や戦術と担う役割りが全く異なるのだから、他国の方々に手の内を見せてまで合同で訓練を行う意味などないでしょう」
「成る程。辺境守備隊の面々では、正統派剣術と魔法戦闘を駆使する我々騎士団の相手にはならない、と」
「魔物との実戦経験が豊富な辺境守備隊の者が、形式ばった訓練と見栄えばかり気にするような相手に苦戦する事などあり得ませんが、国家としての対外的な体面もあり、本気で相手する訳にもいかないですからね」
「ほお~、面白いことを仰いますね」
「はてさて。何か事実と異なる点でも、御座いましたか?」
無表情にピシリと亀裂の入った、翡翠騎士団第一小隊の隊長殿。
おめめキラキラでワクワク顔がパワーアップ中の、パトリシア公女。
仏頂面の、アレク。
「ん? アレク、いつの間に...」
「アルフレッド様。お客様が、間もなく到着されますので、ご準備を」
「お客様?」
「少し目を離した途端に、何をやってるんですか」
「いや、まあ、何だ。異文化コミュニケーション?」
是見よがしに、ため息。安定の、アレク品質だ。
パトリシア公女も、いつの間にか、巨大な猫をかぶった深窓の令嬢モドキ、となっている。
「パトリシア公女殿下。申し訳ありませんが、ベアトリス公女殿下のお部屋で、お待ち頂けませんか?」
「姉さまのお部屋で、ですか?」
「はい。王都から、治癒魔法の使い手が到着致しましたら、簡単な問診とご挨拶に伺うことになるかと思われますので」
「そうですか! 女性の治癒魔法の使い手様が、来て下さったのですね?」
「はい。そのように聞いております」
「分かりました。それでは、アルフレッド様、ハワード様、御機嫌よう。アレクサンダー様、よろしくお願い致します」
パトリシア公女は、アレクに付き添われて、いそいそと屋敷に戻っていく。
翡翠騎士団第一小隊の隊長殿は、俺をギロリとひと睨みし、騎士団の控室として割り当てられている部屋のある方角へと去って行った。
俺は、一触即発の事態を脱し、取り敢えずは目前の面倒事から解放された。
が。アレクから知らせのあった、次の厄介事の処理に当たらなければならない。
立て続けに起こる平穏とは程遠い出来事に、少しばかり辟易としながらも、俺は、屋敷の正面玄関へと足早に向かうのだった。