22.(前編)
堅牢な城壁に囲まれた要塞のような威容を周囲に示す、辺境伯の屋敷まで、あと少し。
魔物と不審者の襲撃を常に警戒しながら複数の賓客扱いの重傷者を慎重に担架で運搬して、俺とクリスが率いる辺境守備隊の第二中隊は、漸く、荒野から戻って来た。
ちなみに。今回の荒野の巡回では、俺とクリスが愛馬に騎乗して出発したのだが、今現在は、俺とパトリシア公女が、轡を並べて騎馬をゆっくりと歩ませている。
暴走して補佐役の任を一番重要な場面で果たせなかったクリスは、取り敢えず、一兵卒扱いに降格中、だ。
ご隠居様と剛腕執事リチャードさんからの叱責と処罰を待つ身として、第一小隊の隊列の最後尾に加えられ、トボトボと歩いている。
荒野と辺境を隔てている一見すると遺跡のようにも見える辺境の砦で、負傷者など一部兵士たちの任務を解いた上で随行部隊を再編制し、砦の当番兵の中から屋敷への早馬の伝令も走らせておいたので、今頃は、屋敷の方もてんやわんやな状態になっていることだろう。
隣国という表現では微妙に違うような気もするが、お隣の連合公国を構成する国家の一つであるラトランド公国。その公女姉妹と公子の計三名を含む一行を、急遽、賓客として迎える事態になった訳だから、当然、準備作業に忙殺されていること間違いなし、だ。
しかも。三名中の二名は、重傷なのだ。貴人の治療と看病を行う体制も大急ぎで構築する必要があるので、余計に大忙しだろう、と容易に想像できる。
現在の辺境伯の屋敷に詰める人員では、今日明日の急場を凌ぐので精一杯だろうから、領都と王都にある伯爵家の関係各所には、応援依頼の伝令がすっ飛んで行っている真っ最中、だろう。
と。簡単に現状分析をしながら、さて、この後は何をどうすべきだろうか、などと俺は考えていた。
外交的な見地からは、連合公国の内紛なのか、仲の悪い公国間の小競り合いなのか、はたまたラトランド公国の国内勢力同士での紛争なのか、詳細が不明な現時点では、関係各所にそれとなく探りを入れるくらいしか打つ手がない。
つまりは、諜報戦を得意とするリチャードさんが暗躍するカテゴリであり、俺の出番はなし。
内政的な見地からは、他国からの賓客にローズベリー伯爵家だけで応対するのは得策でなく、王国全体を巻き込まざるを得ないレベルの問題なので、貴族社会にまだまだ疎い俺には荷が重く、ご隠居様の判断を仰がざるを得ない。
つまりは、ご隠居様の判断と伝手に頼ることになるので、やっぱり、俺の出番はなし。
保護した重傷者を救うという人命救助の見地からは、お姫様や将来の貴公子の傷は治せば良いというものでは無いし、俺の治癒魔法のレベルでは傷口を塞ぐのが精一杯なので、医療の専門家や高度な治癒魔法の使い手に招いて任せるしかない。
まあ、高度な治癒魔法の使い手に心当たりが無い訳でもないが、まずは、やっぱり、ご隠居様とリチャードさんの判断を仰ぐしかない。
うん。現状では、これ以上、俺に出来る事は殆ど無い、よなぁ。
はあ...。不甲斐ない。
「あ、あの...」
「ん?」
「あの。アルフレッド様、ごめんなさい」
「えっと...」
「やっぱり、ご迷惑でしたよね」
「...」
「何とか自力で、王国側の辺境の砦までは辿り着きたい、とは考えていたのです」
「...」
「けど、予想外に、追手が手練れ揃いだったものだから...」
パトリシア公女は、悔しそうな表情で、俺に頭を下げていた。
こらこら、駄目だよ、公女様。そんな簡単に、頭を下げては。
俺は、視線を逸らせて、そんなパトリシア公女の行為を見なかった事にする。
「公女様が他国の貴族に、簡単に謝罪しては駄目ですよ」
「あっ」
「時と場合によっては、国家を代表して謝罪したと捉えられて、大変な事になりますからね」
「うっ...」
「まあ、それだけ信用して頂けている、と。大変光栄なこと、ではありますが」
「...」
「と、それは兎も角。この後の予定について、簡単にご説明しておきますね」
「はい。お願いします」
金髪碧眼でお転婆娘の片鱗を覗かせる美少女が、ニコリと笑う。
思わず、構い倒したくなるのだが、グッと堪える。
パトリシア公女は、俺と同じ年齢なのだそうだ。つまり、アルフレッドとしての公式な年齢である、十五歳。
俺の感覚ではまだまだお子様、なんだけど...この世界では、一人前扱い、なんだよなぁ。
ついつい、可愛らしいお子様を構うように扱ってしまいたくなるのだが、外聞が悪いというか誤解を招く元となる。
まあ。よく考えたら、というか考えるまでもなく、俺も十五歳なのだから、お子様がお子様をお子様扱い、という事になり、お子様扱いしていると捉えるよりは好意を持って接していると解釈する方が自然なのだ。
いやいや。そもそも、十五歳はお子様扱いではないので、成人男子が成人女子を構い倒す、となってしまう訳なのだが、これはこれで余程の間柄でないとあり得ない。
うん。気を付けよう。
けど。この笑顔が曲者、なんだよなぁ...。
ニコニコ笑うお転婆娘キャラである金髪碧眼の美少女を眺めながら、俺は、半分は現実逃避的に脱線していく思考に翻弄されながらも、この後の行動について、当たり障りがないように説明する内容を注意深く頭の中で整理する。
はあ~。腹芸は、苦手だ。
けど。クリスは使えないし、下手を打つとご隠居様とリチャードさんからの教育的指導が怖ろしい事になるだろうし、頑張るしかない。
屋敷に着けば、百戦錬磨の強者の皆さんが手ぐすね引いて待っている筈だから、そこまでの辛抱、だ。たぶん。
俺は、気を抜くと引き攣りそうになる笑顔を自然な感じに苦労して維持しながら、他国からの賓客であるパトリシア公女様に、にこやかな笑顔で話し掛けるのだった。
* * * * *
ラトランド公国の一行が、辺境伯の屋敷に到着すると、これまで何処に居たんだと吃驚するほどの侍女やら侍従やらメイドやら従僕やらのお仕着せを着た人達がわらわらと湧いてきて、あっと言う間に、公女姉妹と公子の三人を、屋敷の中へと迎え入れてしまった。
それを、ほぼボーと眺めて見送っていた俺が、ハッと気を取り直した時には既に、屋敷の前に居るのは辺境守備隊の面々とクリスのみ、となっていた。
「あ~。では、通常勤務に戻ってくれ」
「承知致しました」
「ああ。ジェイクは、悪いが、報告書の作成を頼む」
「...」
「報告書の俺への提出で、今回の巡回での副官の任を解くものとする」
「...」
「仕方ない、だろ。クリスは、あれ、だしな。頼むよ」
「...了解」
「では。解散」
ジェイクが指揮を取り、屋敷まで随行してくれた第二中隊の一部メンバーが、いったん辺境の砦へと戻って行く。
俺は、意気消沈したクリスを伴い、足取りも重く、屋敷の中へと入って行くのだった。




