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21.(後編)

 見渡す限りに岩と雑草しか見当たらない、荒れ果てた不毛の大地。

 魔物が野放し状態で闊歩している荒野を、俺たちは、怪我人を抱え搬送しながらも、更に奥地へと分け入る。


 荒野を巡回中に、城壁からも少し離れた場所で遭遇した、辺境の開拓村とは正反対の方角から逃げて来たと思われる、魔物に襲われていた少年。

 その救助活動へと外交問題化するのを回避するために先行させた筈の、俺の補佐役であるクリスが、途中で暴走を始めた。


 確かに、その少年は美少年、だった。


 遠目に見てもそれと判る程で、これが所謂ショタという奴か...などとボッと考えていたら、何やら瀕死の少年がポソリと言った途端、クリスが壊れた。

 少年の手当を担当し担架での搬送にも加わっている兵士から聞いた話では、美少年は、ベアトリスお姉さまとパトリシアお姉さまを助けて欲しい、と言って気を失ったらしい。

 その台詞を聞いたクリスは、たぶん、これ程の美少年の姉である姉妹であればかなりの美人や美少女に違いない、という思考から妄想が急加速して変なスイッチがガチャリと入ってしまった、のだろう。

 まあ、確かに。これ程の美少年の姉たちであれば、さぞかし綺麗な女の子達だろう、とは俺も思うが...。


 などなど、と思考に耽りながら、担架を運ぶ兵士の歩く速度に合わせて、ゆっくりと移動していると、前方に喧騒が現れた。

 クリスが指揮する辺境守備隊と、所属を示す旗印を一切持たない黒ずくめの集団が、戦闘を繰り広げている。

 ただ、ほぼ決着はついているようだ。というよりも寧ろ、黒ずくめ集団が、逃げ腰のようだ。

 が、敵もさる者、不利を悟っての撤退戦を展開しているようで、襲撃の証拠を残すまいと巧みに立ち回っている。

 これは、たぶん、襲撃者側は盗賊団など無法者による金銭目当ての襲撃の態を装っておきたい、ようだな。

 まあ、俺としても、その方が有難いので、好都合なんだが...。


 そして。襲撃を受けていた集団の方を見る、と。

 どうやら、こちらは、ほぼ壊滅状態のようだ。が、何とか、満身創痍の護衛数名が、自らも剣を持ち戦っていたと思われる少女二人を、守り切った、といった感じだった。

 辺境守備隊の一小隊が護衛につき、怪我の手当てをしている。が、これは拙い、な。

 金髪碧眼の美少女が、二人。で、一人は軽傷のようだが、もう一人は重傷のようだ。

 護衛達の方は、ほぼ全員が重体、のように見える。

 これは...。護衛達を、何名助ける事が出来るか、微妙な感じだな。

 残念ながら、俺の治癒魔法では、瀕死の重傷までは回復させれない。

 あくまでも、傷口を塞ぐくらいまでしか出来ない、応急処置のレベルのものなのだ。

 ラヴィニアさんや白猫ドラゴンのエレノア、修行を積んだ後のジェシカさんであれば、対処できるのだろうが...遣る瀬無い、不甲斐ない、と自らの力不足に臍を噛む。


「ジェイク。この少年は頼む」

「はい」

「俺は、あちらの治療にあたる」

「承知。どうぞ、こちらは気にせず、お向かい下さい」

「頼む」


 俺は、騎乗する馬を、加速する。

 クリスと一部の兵士たちが、撤退する襲撃者の集団を追撃するのを視野に捉えながら、戦闘領域の後方、負傷者が集められている場所へと、大急ぎで向かうのだった。


 * * * * *


 我が国。というと、白地に赤丸を国旗とする国をついつい連想してしまう訳だが、今の俺、アルフレッド・プリムローズであるローズベリー伯爵にとっては、プランタジネット王国が我が国だ。

 現代日本で過ごしていた時には、たぶん、あまり国家に属すといった感覚は無かったと思うのだが、現時点でも、やはり、国家に属しているという感覚は余りなかったりする。

 この世界における恩人であり、先代のローズベリー伯爵であるアーチボルド・プリムローズ氏の娘さんが王妃様だったなんて、つい最近まで知ることがなかった程、普段の生活には王国という枠を感じる事が少ない。筈だ、たぶん。


 ただ。ここは、不毛の地である凶暴な魔物が闊歩する荒野と王国の境界に位置する辺境で、俺は、辺境伯という地位も継承した立場なので、王国の一員であることを意識しておく必要がある。

 何故なら。プランタジネット王国は、強大な国でも大陸を制覇した広大な国でもなく、北方に位置する列島のその極一部を治める小国でしかないので、当然ながら、領地を接した隣国があるからだ。

 そして。この不毛な荒野には、我が国だけではなく、我が国と東の険しい山脈を隔てて隣接する隣国もまた、面しているのだ。

 だから。辺境伯が警戒する対象には、不毛の大地に住まう気紛れで凶暴な魔物達だけでなく、荒野からこちらの隙を窺っているかもしれない隣国の軍隊や盗賊団なども含まれている。

 とは言え。先代であるご隠居様がこの地を治めていた数十年間、一度も、隣国がちょっかいを掛けてきた事は無い、という話だったが...。


 ちなみに。俺のゲームでの知識がこの世界に当て嵌まるのならば、海の向こうには大陸があり、その大陸には世界征服を目論む野心的な国家もあった、ような気がする。

 が。まあ、それは兎も角。

 俺は、今、その隣国の存在を、まざまざと感じざるを得ない状況に陥っていた。


 そう。本日何度目かの現実逃避から戻って、現実に目を向ける、と。

 一人だけ軽傷で済んだ、俺とほぼ同年齢に見える金髪碧眼の美少女が、俺の目の前に立っていた。

 かなり薄汚れてボロボロには為っていたが、仕立ての良い質素だが良質なワンピースを身に付けた美少女。

 そんな少女が、綺麗な所作で凛とした姿勢を維持したまま、(おもむろ)に、軽く礼をする。


「この度は、危ない所を助けて下さり、ありがとうございました」

「いえ。荒野で魔物や賊に襲われている人々を助けるのは、我々の職務でもあり、当然の事をしたまでですので、礼には及びません」

「それに、姉と弟の怪我を治療して下さり、ありがとうございました」

「ああ。残念ながら、あくまでも応急処置です。取り敢えず、主要な傷口は簡単に塞ぎましたが、速やかに本格的な治療が必要な状態であることに変わりはありません」

「それでも、まずは、お礼を」

「お気になさらずに。それよりも...」

「ラトランド公国の第二公女として、御礼申し上げます。この度は、ご助力、ありがとうございました」

「...」

「パトリシア・ラトランド、です。貴殿のお名前を、伺っても宜しいでしょうか?」

「はあ。仕方ありませんね」

「申し訳ありません」

「ローズベリー伯爵、アルフレッド・プリムローズ、です。当家での保護を、求められますか?」

「はい。姉と弟ともども、よろしくお願い致します」

「承知致しました。それでは、当家のお屋敷まで、御同道下さい」

「すいません。本当に...」


 先程まで凛としていた美少女が、今はシュンと悄気(しょげ)返っていた。

 ある意味、恩を仇で返す、と言えなくもない行動を取った訳だから、気も咎めるのだろう。

 ただ。彼女たちの現状を考えると、致し方のない最善の策だった、とも言える。


 まあ。重傷だったもう一人の、美女と言っても良いお年頃だと思われる金髪碧眼の女の子に治癒魔法を施していた際に、薄々は気付いていたのだ。

 お隣の国、連合公国に属する、いくつかある公国の中の一つから避難して来た、どこかの公家に連なる子供たちであろう、とは。

 目の前のシュンとしている少女もそうだが、彼女たちはお姫様、と感じさせる何かがある。

 血筋、というよりは育ち、だとは思うのだが、気品というか気概、というか気質というか資質みたいな、風格というにはまだまだ大袈裟だが、何やら感じさせるものが彼女たちにはあった。

 たぶん。彼女たちの両親は、親としても施政者としても立派な人たち、なのだろうと思う。


 とは言え。

 俺が、隣国のトラブルにどっぷり巻き込まれてしまったのは、間違えようのない事実だった。


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