21.(前編)
辺境の開拓村に、実直で気苦労の絶え無さそうなフレデリクさんが村長をしている村からの七名を手始めとし、ここ数日で、合計すると十五名程の若者が、新たに入植した。
俺は、そんな若者たちの為にも開拓に精を出して、この数日間である程度の面積の荒地を耕作可能な土壌へと整備した。
勿論、魔法を盛大に使った。ので、俺は、それなりに疲労している。
疲労はしているのたが、心地良い満足感に浸っていた。
そう。俺は、辺境の開拓村にて、念願の長閑で充実した日々を繰り返しているのだった。
そして、今。俺は、辺境に戻ってきてからも日課となっている、荒野の巡回の最中だ。
現在位置は、城壁からも少し離れた、荒野の、ど真ん中。
魔物の大量発生以降は、こうして定期的に、荒野に少し踏み込んだ場所まで足を延ばすようになっていた。
ちなみに、現在は、少し前に数頭の小型の魔物に遭遇し駆除したので、行軍を一旦停止中。
随行していた第二中隊の辺境守備兵の大多数の人員に、素材採取と魔物の残骸処理を任せて、俺とクリスと兵士数名で、周囲を警戒している。
「ん?」
「アルフレッド様、どうされ...」
「全員、警戒態勢!」
俺の号令に即座に反応した兵士たちが、一斉に陣形を整え、武器を構えて周囲を警戒する。
ご隠居様の鍛えた辺境守備兵は、精鋭揃いだ。
辺境という実践の場に困らない環境も寄与しているのだろうが、危機に際して迅速な対処が出来るように訓練が行き届いている。
「北東の方向に、人影あり!」
「魔物数匹に、追われ襲われている模様です!」
「第三、第四で救助に向かえ!」
「「はっ!」」
「第五は、その支援を!」
「承知致しました!」
既に飛び出す気満々で走り出す寸前だった連中、部隊の中で北東に布陣していた二小隊を、速度優先で救助に向かわせて、その後方支援と警戒のために一小隊を後追いさせる。
そして。改めて、俺は、周囲の状況を精査。他に、脅威が無い事を確認する。
俺と同様に周囲の安全確認を行った残りの各小隊からも、間髪入れずに報告が届く。
「クリス。報告を」
「はい。周囲の見える範囲内には、他に脅威となるものは見当たりません」
「駆除した魔物の、処理状況は?」
「素材採取は、完了。残骸処理も、ほぼ完了しております」
「第六は、残骸処理を継続。第二は、その警護を」
「「はっ!」」
「第一は、私と共に、第三から第五までと合流する」
「承知致しました」
「第二と第六も、作業が完了次第、合流するように」
「「承知致しました!」」
俺は、周囲への警戒を継続して、前方の様子にも注視しながら、馬を進める。
先行していた兵士たちの顔が判別できる程度まで近付いた所で、一旦停止。
魔物の討伐は、ほぼ完了したようだ。
兵士たちは、周囲の警戒と、討伐した魔物の処理と、救助した被害者の手当や介助を、役割分担して的確に対処している。
ただし。
救助した人物に対しても緩やかな警戒態勢をとっており、微妙な困惑の雰囲気も漂ってくる。
まあ、確かに。荒野にかなり入り込んだ場所で遭遇した、辺境の開拓村とは正反対の方角から逃げて来たと思われる人物が、単なる迷子である訳はない、か。
厄介事の到来、という奴だな。間違いなく。
場合によっては、俺すなわちローズベリー伯爵は、この場に居なかった事にする必要があるかもしれない。
と、いう事で。俺は、クリスに、先行して状況確認を行うよう、無言で合図を出した。
* * * * *
ローズベリー伯爵領の北西部にある農村地帯と領都と王都で一仕事して辺境の屋敷に戻って来た途端、アレクが、リチャードさんの元での引継ぎという名目の猛特訓に、問答無用で突入した。
現在、アレクは、不在となっている。
そのため、俺の補佐役が、一時的に交代している。のだが、何かと不都合があったりする。
大変遺憾ながら、将来の執事代理というか執事補佐の候補として試験採用中のクリスが、俺にとっては少しばかり扱い辛いのだ。
クリストファー・クリフォード、二十七歳。昨年に代替わりしたばかりの、クリフォード男爵、その人。
クリフォード男爵家は代々、ローズベリー伯爵家に仕える家柄なのだが、クリスは、少し前まで修行という名目で他家に仕えていた、らしい。
だから、こと業務に関しては、卒なく熟し、かなり有能だ。
そう。有能ではある、のだ。
有能にも関わらず、余計な一言などあるため、俺にとっては相手をすると微妙に疲れる人物、だったりする。
それと。二十七歳で恋人もなく独身である事に強烈な危機感を感じているそうで、焦っていると言うか、異性にがっついている。
しかも。容姿は悪くないにも関わらず、チャラい言動と振る舞いが仇となり、女性とは長続きせず直ぐに逃げられてしまう、らしい。
そんな、ある意味で可哀そうな悪循環に自業自得で陥っているのが、今のクリスなのだ。
などと、思わず現実逃避して自らの思考の中に逃げ込みたくなるような状況が、目の前で繰り広げられていた。
そう。そんなクリスが、今日もまた、俺の手が微妙に届かない所で、盛大かつ元気に脱線し始めたのだった。
「皆の者。行くぞ!」
「「「おう!」」」
冷静さをかなぐり捨て、超ハイテンションになって、突撃していくクリス。
そんなクリスに便乗して、我先にと追従するお調子者の兵士たち、多数。
一部のリア充や既婚で冷静な兵士たちが、俺の方を見るが...。
「あ~。暴走する若者たちを放置する訳にもいかない、よな?」
「「「御意」」」
「残っているのは、やはり、第一が多い、かな」
「はい」
「では。第一は、私の護衛という名目で、後詰め。他は、そこで担架を準備中の三人以外、クリスを支援して、探索と救出に」
「「「承知致しました」」」
「ああ。クリスの代わりの副官は、ジェイク第一小隊長、頼む」
「了解」
「はあ。ジェイクにはミランダが居てくれて、良かったよ」
「...」
「リア充爆発しろ、と思う事もあるけど。ミランダさまさま、だよな...」
俺のボヤキに、視線を外してスルーするジェイク。
開拓村の若者のリーダー格であり、俺にとっても兄貴分みたいなジェイクが、やっと、常に仲良しコンビを組んでいた幼馴染のミランダと婚約したので、これ幸いと揶揄ってみた。
が、取り付く島もない。残念、だ。
と、現実逃避も程々にして、気は重いが、目の前の問題への対処に取り掛かる事とする。
「まずは、この美少年の治療から、だな...」
「承知致しました。周囲の警戒はお任せ下さい」
「ああ。頼むよ」
「ところで、アルフレッド様。この後、この少年はどう致しますか?」
「う~ん。俺の治癒魔法じゃあ、応急処置にしかならないんだが、荒野で隊を分ける訳には行かないので、慎重に運搬して、クルスたちに合流してから屋敷に搬送する、かな」
「致し方ない、ですね。かなりの重傷、なのですが...」
「まあ、頑張ってみるよ」
俺は、兵士たちによって応急処置がされ担架に乗せられている少年の方へと、治癒魔法を施すべく、足早に近付いて行くのだった。