19.(後編)
王都の王宮にほど近い一角にありながら広大な敷地を保有するノーフォーク公爵のお屋敷、その少し奥まった閑静な場所にある中庭に面した明るく開放的な雰囲気の、広々とした応接室。
ラヴィニアさんを訪ねて来た俺は、そんな場所で、ノーフォーク公爵夫人でありラヴィニアさんの養母でもあるオフィーリアさんと、見詰め合っていた。
オフィーリアさんの無邪気な笑顔に、思わず、見惚れてしまったのだ。
アレクの、控えめな咳払い。
で、ハッと気付く。
ま、拙い。アホ面で、まじまじと見つめ過ぎた。
ラヴィニアさんの後ろで、現在は出来る侍女と化している元冒険者で魔法少女なエカテリーナさんが、呆れた顔で俺を見ている。
オフィーリアさんは、可愛らしい満面の笑顔。ただし、小さな悪戯っ子のよう。
「あら、まあ!」
「...」
ラヴィニアさんの無言が怖い。
ラヴィニアさん一筋な侍女のミッシェルさんは、ラヴィニアさんの後ろで、能面のような笑顔。
ラヴィニアさんの膝の上からは、白猫ドラゴンのエレノアさんが、阿呆と言いたげな顔で俺を見ている。ような気がする。
唯々。オフィーリアさんだけ、ワクワク顔で、心底楽しそうだ。
さて。如何したものだろうか。
俺の額から、一筋の汗が流れ落ちた。たぶん。
と。その時。
見た目は完璧侍女な元祖魔法少女であるエカテリーナさんから、魔法発動の気配。
思わず身構える、と...。
ラヴィニアさんの頭上、俺から見て右上に、魔法が発動。
ポンッと出現した、カラフルな可愛らしい「ぷんぷん!」という飾り文字が、躍った。
「は?」
「あらあら!」
「...」
そう。幻覚魔法で、ピカピカとカラフルに光り踊る文字が、空中に描かれていた。
何をやっている、エカテリーナさん。
これぞ、幻覚魔法の有効活用、ってか?
思わず、ジト目で、真面目な侍女の振りして魔法を発動し続けるエカテリーナさんを見る。
スッと、目を逸らすエカテリーナさん。
オフィーリアさんは、ニコニコとハイテンションを継続中。そして、何やら期待の表情。
ラヴィニアさんは、いつもの無表情。に、そこはかとなく焦りが混じっている、ような気がする。
「ほらほら、ニアちゃん?」
「...」
「さあ、練習の成果を、見せて頂戴!」
更に謎のハイテンションがグレードアップする、オフィーリアさん。
ラヴィニアさんの額からは、一筋の汗。
妙な緊張感に、俺も、呑まれてしまいそうになる。
一瞬の静寂。
「ぷんぷんっ!」
ラヴィニアさんが、ソファーに座ったまま、頬を膨らませ、ポーズを付けて言った。
な、なんじゃそりゃ。
か、可愛いけど...。
「ほらほら、ニアちゃん。もう一つ!」
「...」
「お嬢様、ファイト!」
オフィーリアさんが、期待に満ち満ちたキラキラ笑顔で、更に無邪気に煽る。
魔法少女なエカテリーナさんも、小さく力瘤を作りながら小声で励まし、何やらタイミングを計っている。
ラヴィニアさんは、諦観の境地が極わずかに入った美人さんな無表情で、深呼吸。
一瞬の静寂。
「てへ!」
間髪入れず、ラヴィニアさんの頭上に、カラフルな飾り文字の「てへ」と桃色のハートマークが踊る。
ラヴィニアさんは、可愛らしく「てへ」のポーズ。だが、やっぱり、顔はいつもの鉄壁な無表情。
オフィーリアさんは、満足そうなニコニコ笑顔で、うんうんと頷いている。
エカテリーナさんは、小さくガッツポーズ。
ミッシェルさんからは、諦めと哀愁が漂っていた。
俺は、全力で思った。
折角のクール系美少女に、変な一発芸を仕込むんじゃない! と。
* * * * *
真っ暗な森林の中の、適度な間隔で配置された街灯に照らされ暗くはない一本道。
厳重に警備されている敷地内を正門へと向かう馬車に揺られながら、俺は、ため息を吐く。
疲れた。
すっかり馴染んでいるラヴィニアさんの姿を見て、安堵。
仲の良いラヴィニアさんとオフィーリアさんの会話を聞いて、ほっこり。
変わらぬエカテリーナさんとミッシェルさんの態度に、安心。
すっかり白猫姿が板に付いた竜のエレノアさんからも、こっそりと情報収集が出来た。
勿論。当初の目的である、ジェシカさんへの治癒魔法の基礎のレクチャーについても、了承を得た。
そして。
ラヴィニアさんの、お茶目な新しい一発芸もいくつか見ることが出来た。
と、いうか。目指す方向性を、間違っていないか? 可愛いけど。
格式高い公爵家の養女になった、筈なんだがなぁ...。
まあ。兎に角。色々と、肩の荷が下りた一日だった。が、疲労度も半端なかった。
少し談笑してお願い事を済ませたら速やかにお暇するつもりの訪問が、ほぼ半日の滞在となったのだ。
しかも、中身が濃かった。
というか、ノーフォーク公爵家の女性陣は、容赦がない。
好き勝手に振り回されて、あっと言う間に時間が経った。
昼過ぎに訪れたのに、今はもう、どっぷりと日が暮れてしまっている。
しかし。型破りな人だと元から分かってはいたが、ここまで周囲に影響を及ぼす程とは思わなかった。
冒険者で魔法少女なエカテリーナさんに、ラヴィニアさんの護衛兼相談役をお願いしたのは拙かった、のかもしれない。と、今更ながらに思う。
いやいや。でも、皆さん、活き活きとしていたのは確かだから、これで良かった、のかも。というか、エカテリーナさん所為ではなく、ノーフォーク公爵家の家風、だろうか...。
いつもの硬い無表情から少し角の取れた微笑みで、オフィーリアさんと一緒に見送ってくれた、ラヴィニアさんの姿を思い返す。
まあ。あの笑顔を見られたのだから、良しとすべき、だよな。たぶん。
こうして。俺の長い一日は、多大な疲労と多少の安堵を得て、終わるのだった。