18.(後編)
ローズベリー伯爵家の豪華な馬車に揺られて、王都へと続く夜の街道を急ぐ。
アレクが手際よく手配した馬車に乗り込み、ヴェネッサさんたちメイドの小母様たちが手早く準備してくれた心尽くしのお弁当を持って、慌ただしく領都を出発したのが十四時過ぎ。
身嗜みなどブラッシュアップされてお疲れの二人、田舎育ちのほのぼの令嬢という触れ込みのジェシカさんとドジっ子メイドから侍女見習いにクラスチェンジを目指しているグレンダさんは、姿勢良く居住まいを正した状態のままで、爆睡していた。
緊張しつつも睡魔に勝てなかった、といった感じなんだろうが、器用なものだ。
アレクもまた、姿勢正しく背筋を伸ばして座席に座った状態で目を瞑っている。が、休息は取ってはいるものの眠ってはいない筈、だ。たぶん。
ちなみに、俺はと言えば、ただ無言でぼおっーと、馬車の窓から外の景色を眺め続けていた。
王都へと続く主要街道の王都にほど近い場所だけあって、少し前までは時折りすれ違う馬車もあったのだが、流石に日が暮れてからかなり経過したこの時間帯になると、周囲は無人状態になった。
静寂が支配する暗闇の中を、俺たちが乗る馬車が駆ける音のみが響く。
街道から少し離れた場所に散見される小さな集落を通り過ぎる度に、そこから漏れる控えめな明かりで周囲が薄っすらと浮かび上がるが、基本的には暗闇が延々と続く。
いや。街灯など人口の明かりはなくとも、月明かりや星明りで、意外と周囲の風景は見えている。
夜の長閑な農村地帯を豪華で乗り心地の良い馬車に揺られながら、俺は唯々、外の景色を眺めていた。
「アルフレッド様。間もなく、王都に到着致しますが、予定通り邸宅の方への直行で宜しいでしょうか?」
「ああ。思ったよりも早いけど、予定通りで」
「承知致しました」
外の景色が少し明るくなったと思ったら、王都の明かりが見える位置に入ったようだ。
黙々と馬車を走らせてくれている御者さんは、遠慮がちに声を掛けて最終の予定を確認した後、また黙々と馬車を御す仕事へと戻っていった。
二人のお疲れ女性は、相変わらずだったが、アレクの方は、いつの間にか目を開けている。
「アレク。この時間だと、晩飯は外に出ることになるのか?」
「いや。たぶん、ジャネット伯母さんが何か簡単なものを作ってくれるよ」
「ジャネットおばさん?」
「ああ、アルは覚えていないか...」
「すまん。たぶん、紹介しては貰ったのだろうが、前回の初王都でお世話になった方々の名前は、キチンと覚えられなかった」
「そうだろうな。あれだけの強行軍で大人数の初見メンバーから一斉に寄ってたかっての世話焼きされると、まあ、混乱するな」
「ははは...」
「ジャネット伯母さんは、ローズベリー伯爵家のメイド長で、ここ暫くは王都の邸宅を管理している人だ」
「成る程。で、おばさん?」
「ああ。俺にとっては、母の姉、だな。爺様の娘、長女だ」
「へえ~。アレクの伯母さんで、メイド長、か。...思い出せん」
「まあ、会えば、嫌でも思い出すと思うけど」
「そ、そうか?」
「ああ。あの爺様の娘、だからなぁ...」
「...」
何となく、アレクの言わんとするところは想像がつくが、まあ、ある意味で安心、だった。
メイド長のジャネットさんは頼りになること間違いなし、だろう。
ただし。
今夜は、パワフルな事情聴取にさらされること確定、だな。
果たして、いつ、俺は休息を取れるようになるのだろうか...。
* * * * *
王都のローズベリー伯爵邸に到着したのは、夜の十時過ぎ。
殆どの邸宅内の明かりが消えて寝静まっていた所に、俺たちの乗る馬車が正面玄関に到着するや否や、邸宅内は一気に活気づいて活動を再開したかのようだった。
速やかに馬車から降りて邸宅へと入り、少し無理をさせてしまった馬たちをゆっくりと休ませてやるよう指示。
出迎えてくれたベテランの従僕とメイドさんの案内で、談話室的な部屋に移動し、座り心地の良いソファーに埋もれるように座って寛ぐ。
ほっと一息ついていると、所作の洗練されたベテランのメイドさんが、お茶を用意してくれた。
「ありがとう。この後は、何か簡単な物で良いので、夕食を用意して貰えないだろうか」
「承知致しました、アルフレッド様」
「...アル」
「ん?」
「彼女が、メイド長のジャネットだ」
「そ、そうか」
アレクが、絶妙なタイミングでフォローを入れてくれた、のだが...。
申し訳ない。全く、覚えていなかった。
彼女ほど印象的な大人の女性であれば、覚えていそうなものだが。俺の記憶力は、思った以上に残念な性能だったようだ。
「ジャネットさん。遅い時間に申し訳ないが、簡単な食事で良いので少し急ぎで頼みます」
「はい。今、他の者が準備中ですので、暫くお待ち下さい」
「そうですか。では、準備が出来るまで、ジャネットさんに少しお聞きしても良いですか?」
「はい。ご遠慮なく、仰って下さい」
「ありがとう」
俺は、ジャネットさんにニコリと笑い掛けてから、大人しくソファーに座っているジェシカさんとグレンダさんに視線を向ける。
ジャネットさんが、にこやかな表情のまま、ジェシカさんとグレンダさんを見る。
二人は、スッと姿勢を正し、ジャネットさんに軽く頭を下げた。
「今回の王都を訪れた目的は、この二人を教育する段取りの手配、なんです」
「左様でございますか」
「ええ。田舎育ちのほのぼの令嬢であるジェシカさんには、医療に関する知識と技術を」
「ご令嬢に、医療のノウハウ、ですか?」
「そうです。令嬢教育は程々に、治癒魔法の基本も含めた医療従事者としての基礎を習得させたい、と考えています」
「...」
「ドジっ子メイドの侍女見習いであるグレンダさんには、侍女として一人前になるための教育と訓練、ですね」
「侍女、でございますか...。ローズベリー伯爵家の流儀で、よろしいのですね?」
「勿論、です。ローズベリー伯爵家のメイドとして使えるレベルの技量と、侍女として必要な教養。この二つを、徹底的に叩き込んで欲しいと考えています」
「承知致しました」
「ありがとう。明日から始められるだろうか?」
「侍女見習いのグレンダさんについては、今直ぐでも問題はございません」
「ああ。ジェシカさんに対する治癒魔法の実践については、私に少し心当たりがあるんだ」
「左様でございますか。であれば、医療従事者として基礎教育については、少しお時間を頂く事になりますが、手配させて頂きます」
「助かるよ。ただ、ジェシカさんには、五か月後に一旦、故郷に戻って医療行為に従事して貰う予定なので、あまり時間は無いのだが、大丈夫だろうか?」
「承知致しました。ジェシカ様の努力と能力次第だとは思われますが、そのような条件で調整するように致します」
「余計な仕事を増やしてしまい、申し訳ない」
「いいえ。アルフレッド様がローズベリー伯爵家にとって有用だと判断された事を実現するのは、わたくし達にとっても重要な業務です」
「ありがとう」
「当然の事ですから、お気遣いは不要です」
ジャネットさんが迷いなく、漢前に、キリリと言い切ったところで、もう一人の熟練メイドさんが静かに部屋に入ってきて、ジャネットさんに耳打ちする。
ジャネットさんが頷くと、その熟練メイドさんは、一礼してスッと退室して行った。
「アルフレッド様、皆さま。お食事の用意が出来ました。ご案内致しますので、こちらへどうぞ」
「ありがとう。では、皆、遅くなったけど、夕食にしようか」
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
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お陰様で、やっと、最初の目標である10万字を突破しました。次の目標に向けて頑張りますので、引き続き、よろしくお願い致します。




