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17.(前編)

 ローズベリー伯爵領の北西部に位置する豊かな農村地帯にある、長閑(のどか)な農村。

 アレクの機転と話術により昼食の席での危機を脱した俺は、今、村長の奥様であるロレッタさんの案内で、容疑が晴れた元容疑者の一人である、ある青年のお宅へと向かっていた。


 この小さな農村は、領都と隣のペンブルック伯爵領とを結ぶ主要街道からは少し東に外れた場所に位置しているのだが、村の東側には、遠くに、鬱蒼(うっそう)と生い茂る巨木で構成された広大な森林が見えている。

 この広大な森林は、通称「魔の森」と呼ばれ、下手に人手を入れると手痛いしっぺ返しがあると信じられている、不思議な森だ。

 そして。この魔の森のその向こう側に、辺境の開拓村と辺境伯の屋敷がある、筈だ。

 つまり、ローズベリー伯爵領は、魔の森で東西に分断されている、と言うことも出来るのだ。

 魔の森がなければ、ここから辺境までは直ぐの距離なのだが、魔の森が在るからこそ、肥沃な農地が魔物や隣国などの外敵から守られている、とも言えるので、少し複雑な心境だ。


 そんな鬱蒼とした遠くの森を肥沃で広大な農地越しに眺めながら歩いていた俺は、あっと言う間に、村の東の外れにある質素な家屋へと辿り着いた。

 ここが、本日午後も俺がこの村に留まる事とした目的である、話を聞かせて貰うことに為っているある青年のお宅。

 辺境の開拓村に移住する意思を堅持してくれているセドリックさんが、妹さんと二人で暮らしている家、なのだそうだ。

 ここに着くまでの道すがら、ロレッタさんから、セドリックさんとその妹のジェシカさんについての自慢話やら誉め言葉オンパレードの弾丸トークやらを、俺一人で拝聴した。

 ちなみに、アレクとその専属メイド役(?)であるグレンダさんは、村長宅に残って事務処理中。

 今回の、村にある共同井戸で健康被害が申告された問題に関して、後始末のための書類作成をアレクと村長さんで行い、それをグレンダさんが手伝っている筈だ。

 セドリックさん宅の訪問は、俺が自分から言い出した事とはいえ、今、少しばかり後悔していたりする。

 よくよく考えれば、事後処理のために村長であるフレデリクさんは居残り組で確定だし、アレクが残れば名目上はその専属であるグレンダさんも残るので、必然的に、俺が村人のお宅訪問を希望するとロレッタさんが案内役になる、というのは自明の理だった。

 そう。不本意ながらも俺が地雷を踏みまくり状態になってしまうロレッタさんと、ペアで行動。

 人妻とはいえ、美人でまだまだ若くて明るく知性の光る女性とご一緒できるのは、大変光栄なのだが、自爆してしまった際に救出してくれる第三者が居ないのは困る。

 つまりは、余計な事は喋らないようにと俺の口数が少なくなり、ロレッタさんの独演会となる、という現状は、当然の帰結なのだった。


「セドリックくん、入るわよ~。ジェシカちゃん、居る?」

「は~い。ロレッタさん、いらしゃい!」

「ジェシカちゃん、お邪魔するわよ。セドリックくんは、居るわよね?」

「はい。ちゃんと、自宅待機してますよ」

「えっと、お邪魔して良いのかな?」

「はいはい、どーぞ。良いわよね、ジェシカちゃん」

「はい。何もありませんが、どうぞ、こちらへ」


 昼間とはいえ、質素な家屋の中は、少し薄暗い。

 そんな家の中から、にこやかに招き入れてくれた十代前半に見える元気で可愛らしい女の子。

 そんな彼女は、白銀色の眩しい後光を、(まと)っていたのだった。


 * * * * *


 俺は今、セドリックさん宅の小ぢんまりした食卓で、美人なお姉さんと可愛い少女とイケメンな好青年に囲まれて、お茶をしていた。

 何とも美形率の高い場所に紛れ込んでしまった訳だが、しかもこの三人、叔母さんと姪っ子と甥っ子という関係で、親戚同士なのだそうだ。

 ロレッタさんについては、さておき。

 セドリックさんは、ロレッタさんの双子のお姉さんの息子さんで、村の若者たちの中でもリーダー格の頼りになる細マッチョな青年、十七歳。

 ジェシカさんは、将来は美人さんになること間違いなしの元気印で活発な女の子で、十二歳。

 二人の父親は物心つく前に事故死していて、母親は数年前に流行り病で亡くなっているため、現在はこの家で二人暮らし。というのが、ロレッタさんからお聞きしたお話だった。


 セドリックさんとは、今日の午前中にも、井戸を故意に汚染させたという濡れ衣に関連してお話を色々と聞いたのだが、その際に、開拓村への移住の意思についても改めて確認していた。

 セドリックさんの意思は、他の移住予定者たちと比べて、明かに固かった。

 一方で、この村に来てから耳にした開拓村に対する評判は、あまり良いとは言えなかったのだ。

 そこで、ご隠居様に指示されて俺が用意した辺境の開拓村への移住者募集の告知の何処に不備があったのかを確認する為にも、セドリックさんから少し話をお聞きしたいと思い、この場を設けて貰ったのだが...。


「辺境の開拓村への移住者の受け入れは、先日の魔物襲来で一旦は中断しているけど、近日中に再開の告知が回ってくると思うよ」

「そうですか。では、仲間たちと、急いで開拓村までの移動の段取りについて相談しないと駄目ですね」

「ま、まあ。開拓村の方は、早く来てもらう分にはウェルカムだが、締め切りや定員に制限がある訳ではないので、そんなに急いで来てくれなくても問題はないんだけど...」

「そうですか。けど、やはり、良い土地は早い者勝ち、なんですよね?」

「う~ん。募集の案内にも記載されていたと思うんだけど、入植して暫くは共同農地での雇用者になる、という条件は理解しているよね?」

「はい」

「入植して一定期間が経過した後に分配される新規農地も、個々の条件にそれ程の差異は無いし、自由に選択できる訳ではない、というのも理解してるよね?」

「はい。表向きは、そうらしいですね」

「いや、表も裏もないんだけど...」

「たぶん、アルフレッド様がそう仰るのであれば、それが事実なんでしょうが...。土地を得ることが出来ずに苦労してきた者にとっては、なかなか信じられない話、なんです」

「まあ、そうなんだろうね。話が美味過ぎる、と思ってしまうのは、無理もないとは思うのだが...」


 う~む。募集の告知内容に不備があるというよりは、条件が良すぎて信じきれない、といった感じなんだな。

 この国の識字率も決して高い訳では無いので、農村では文字が読めない人もまだまだ少なくないから、自分で読めないと更に疑心暗鬼に陥る、といった側面もありそうだし。


「そう言えば、セドリックさんは、文字が読めるんですよね?」

「はい。母から教わりましたので」

「そうですか」

「そうなの。ジョアンナ姉さんって、優しい人だったけど、そういう処は物凄く厳しかったのよね」

「まあ、読み書きと計算は、出来ないと損することが多いですからね」

「そうなのよ。子供の頃は、ついつい面倒臭くなってサボりがちだったけど、姉さんが物凄く厳しくて、よく泣きそうになったものだわ」

「実際、その有難さを何度も実感しているので、今となっては感謝しかありませんが...」

「そうね。私も、姉さんには物凄く感謝してるわ。ジェシカちゃんも、そうでしょ?」

「ええっ? あ、はい。勿論です」

「ジェシカちゃんは、今もずっと、勉強、頑張ってるものね!」

「はい。ただ、やっぱり、学問って難しいです。庶民がお医者様になるのは並大抵な事ではない、って実感する毎日で...」


 ロレッタさんが本格的に喋り出すと、話の方向性を意図的に誘導するなど俺にはハードルが高すぎて無理だが、今回は良い塩梅で話題が遷移している。

 セドリックさんの話も聞きたかったのだが、初顔合わせで白銀色の眩しい後光を纏っていたジェシカさんにも、色々と確認したいと思っていたのだ。

 窓から日が差す明るい部屋で改めて見ると、ラヴィニアさん程では無かったようだが、ジェシカさんの白銀色のオーラも、それなりに魔法能力が高いと推定されるレベルだった。

 つまり。治癒魔法の素質がある可能性が高いので、それを活かす気があるか確認したかった訳なのだが、医師志望というのであれば好都合だ。

 貴重な適性を持つ人材が、その適性を活かせる職業を志望している。のであれば、話は早い。


「ジェシカさんは、医師志望なんですか?」

「はい。ですが...」

「ジェシカちゃんは、物凄く頭が良いし手先も器用なので、見込みはあると思うの」

「成る程。治癒魔法が使える、とか?」

「いえ。母は使えたのですが、私には...」

「ごめんなさいね。ジョアンナ姉さんの訓練方法を、私がちゃんと覚えていれば良かったんだけど」

「そ、そんなこと...」

「ロレッタさんも、治癒魔法を使えるのですか?」

「いいえ。残念ながら、私は姉さんと違って全く魔法を使えないのよね」

「でも、ロレッタ叔母さんは、弓の名手だったって」

「ほお、そうなんですか?」

「もう、ジェシカちゃんったら、昔の話を」

「だって、母さんと一緒に冒険者として色々な所を旅して回ってたって」

「昔の話、よ。昔、のね。そんな事より、ジェシカちゃんの話でしょ」


 話は、ロレッタさんのペースでサクサクと進んでいく。

 その合間合間に辛うじて何とか、俺の聞きたい内容も少しずつ紛れ込ませる事には成功していた。

 疲労感が半端ないのだが、兎にも角にも目標達成まであと一息、の筈だ。たぶん。


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